奥鬼怒 湯沢

2002年9月21日から2日間
堀田、櫻井(記)


金曜日仕事を終えてから、苦手な夜更かしをして車を今市-川治温泉-奥鬼怒温泉へと走らす。

浦和を22時に出て川俣湖畔に3時間で着けば上等か。

翌朝見ると、出合には真新しい白い橋が懸かっていた。

この橋へ下るところがわからず結局車道から適当なやぶの斜面を下った。

橋を渡ると登山道が新しく、噴泉塔までは導いてくれるものと信じてこの道をたどる。

左下には穏やかな湯沢の流れが見える。

ぶなが中心の広葉樹林は緑が柔らかく、やぶも薄いのでとても明るい。

栃の実がたくさん落ちている。

ほとんどは外皮を剥かれ持って行かれているがはたしてどの四つ足の仕業だろう。

湯沢という名の通り、ところどころに湯が湧いている。

硫黄のにおいがきついところもある。

もっとも整備された河原の噴泉にはブルーシートで湯殿ができており単独の先客が浸かっていた。

脱いだものを遠くに干したその人は、私の連れが若い女性だと気が付いたときにはいくらかバツの悪そうな顔をしていたが、剃毛を得意とする現役の看護婦であるH嬢は「あら、何も履いてなかったのね」

と涼しい顔で小さく言っただけだった。

湯の温度を聞くとその若い男性はこちらを向かないまま「熱いです」と返事をした。

さらに進むと左からの枝沢の奥にモクモクと水蒸気を吐いている岩場がある。

荷物を置いてその枝沢を50mも進むとみごとに熱い湯が岩のすきまから湧いている。

足下を流れる沢の水がちょうど良い湯温になっている。

周囲は狭い沢地形だが、ここに湯殿を作って一夜の宿としたらさぞかし爽快だろう。

沢を詰めて尾根に出るばかりが山じゃないという心境に達したら、もう一度ここに来ようと思う。

出合から約3時間で憤泉塔に着く。

なるほど奇景だ。

左奥には湯沢のゴルジュ帯が暗く奥へ続いているが、右手にはわき出した噴出物が小さな塔を作り、周囲の岩も白、黄色に塗られている。

ゴルジュのドウドウと、噴泉の水蒸気、足元の熱気もあり非日常もかなりなものだ。

小さな湯だまりがあったのでその縁に腰掛けて膝までの湯治としゃれる。

この湯で自分に治すべきものがあるとすればそれは山に来てからの怠惰だろうか?

噴泉塔からは左手にしばらくの高巻きでゴルジュ帯をやりすごし1時間ほどで大岩沢の出合に着く。

谷の浅い明るい広い河原だ。

砂地も流木も豊富でその魅力に負けてこの日の宿とする。

充分な時間をかけて岩、小石を取り除き、隙間を詰めてツエルト一張り分の平坦な砂地を作る。

流木を2時間分程度集めれば、あとは明るいうちからの酒と昼寝になった。

不思議にブヨや蚊は出なかった。

足の長いクモのようなザトウムシはうようよといてH嬢、こちらは苦手らしく見つけるたびに大きな声を上げていた。

乾いた流木は苦もなくたきびの火となってあすの早朝また着なければならないシャツを乾かす。

5合持ってきた日本酒も意識を乱す前にはなくなり、沢の流れと時々はぜるたきびの音だけが暗闇に聞こえていた。

次の朝、やや重暗い雲が樹間の空に見えているがまだ高く密度もない。

歩き出すとすぐに連瀑帯だ。

ほとんどが階段状の容易な滝だがチョックストーンの滝は側壁が迫る暗いなかに厳しく立ち上がっていて登れない。

やや手応えのありそうな左の側壁を巻いていくことにする。

灌木でランナーは豊富にとれるが傾斜がきついのでバランスが難しい。

針葉樹の落ち葉がたまった草付きも安定せずにいやらしい。

ここを2ピッチ巻くと懸垂なしでまた沢床に戻る。

ここから先にはもう緊張するところはなかった。

2050mまではなるべく右手の沢へ入り2050mからは左へ寄りながら流水をたどると2200mくらいで水が枯れる。

あとは下草の少ない樹林をどんどん登って昼前に念仏平の上の一般道と出会った。

下り着く加仁湯は一流の温泉旅館になっていた。

ランプの湯としてあこがれたのはもう20年も前だったことを思い知らされた。

連休の中日でもあり、宿の湯はあきらめて共同の「上人一休の湯」

で汗を流した。

新しい清潔な施設で500円、無難な選択だろう。

明るい樹林と噴泉、河原のたき火と期待通りの沢だった。

途中長年会いたくても会えなかった日本一小さな鳥キクイタダキにも会えた。

欲張らずに向かったこの沢からは思った以上のおみやげをもらった気分になれた。