利尻山南稜

1997年5月6日~8日
櫻井(記)、荒井、大滝

利尻山南稜から北稜。「岩と雪の稜」というよりも「氷と風の稜」でした。

5月5日

15:30稚内  17:20鴛泊  19:00ヤムナイ沢出合い

羽田から直行便100分で稚内。フェリーに乗り継ぎ90分で鴛泊。東村山の家を出て10時間後にはもう出合いのテントの中にいた。時間だけを見ればもう利尻は「さいはて」とは言えそうもない。

 

5月6日

6:00ヤムナイ沢出合い 7:00大曲り手前の台地で天気待ち 14:00行動再開 16:30
950m地点設営

ヤムナイ沢右岸の林道をしばらく行き沢に降りる。標高300m程度だが沢には十分雪が残っている。大曲り手前の台地にくると雨が降り出したのでテントを張り、中で様子をみることにした。昼過ぎから雨が上がり日も差し始めたのでふたたび歩き出す。砂防ダムのすぐ手前から左の雪の斜面に入り、斜上する。稜線を吹く風がまわりこんで雪面のザラメ雪を吹き飛ばす。露出している手や頬にビシビシと当たってこれがかなり痛い。

700mあたりで稜線に上がる。稜線は弱いブリザード。ハイ松の密生する稜線を避けて左斜面に雪面を拾いながら進む。900mを越えたあたりで雪を削りテントを張る。一時強かった風も日暮れには弱くなり、鬼脇や本土の街の夜景が美しかった。

5月7日

4:40 出発 5:40 1300mピークからのアプザイレン 6:40 最低コル 8:30 大槍基部 10:50 P2ピーク 12:30 バットレス取り付き 15:00 S字状ルンゼ上 16:00 北峰ピーク 17:00 八合目長官小屋

快晴無風の中ブッシュ混じりの雪稜にアイゼンをきかせる。1300mピークからは20mのアプザイレン。大槍、バットレスが目の前に大きく立ちはだかる。思ったより雪が少なく、壁は黒々として困難が予想される。小さな登降をくりかえすと最低コルへのアプザイレンとなる。左へ振られながらの20mとブッシュのなかの15mをつづけて下る。ここから大槍まではフレーク状の岩稜の右の雪面を快適に登る。雪の状態も天気も良く、はるか足もとの海岸線を見ながら鼻歌も飛び出すところだ。大槍は基部5mほどがきびしく、かぶり気味のクラックをブッシュたよりに強引に越す。雪が詰まっていれば楽だったかもしれない。ここから左に回り込んでP2とのコルに出る。風が強くなる。全ての岩の表面はベルグラで厚く覆われている。P2はブッシュの稜を登り20mほど行き最後に岩を抱き込んで右に回り込むと下降点にでる。ここは右の雪のつまったガリーをしたからつめても良い。

いよいよ有名なP2のアプザイレンとなる。最初は20mほどリッジに沿って降り土と石のピナクルに着く。私はヤムナイ側へ下って右に大きくそれてしまったためこのピナクルへのトラバースに大変苦労した。土と石のピナクルは直径1m高さ1mのきのこ土!。たくさんの残置ロープ、シュリンゲが「まあ、我々も大丈夫だろう」と思わせる。ここから泥のナイフリッジに沿って35m降りるとP1とのコルに立つ。強い西風の吹くコルに立ちこの泥のナイフリッジを見上げていると、来ては行けないところに来てしまった気分になる。P1は途中からトラバースしブッシュと泥の浅いルンゼを肩に出る。傾斜が強いのでここからロープをつける。ひだりから回り込み容易なクライダウンでバットレスとのコルに出る。そのまま15mほど岩の詰まった凹角を登りバットレスの基部に着く。ここまで3ピッチ。コルの通過では強い西風にロープが空中で水平に弧を描いた。バットレスの取り付きには新しいリングボルトが2つとハーケンが2つ残置されていた。

ここで12:30と昼を過ぎてしまい、八合目の小屋に着くためにはタイムリミットぎりぎりとなっていた。スピーディーな登攀をするぞっ、と気合いを入れ直してバットレスに取り付く。1ピッチ目はバンドを右はしまで行きA0で4mほど上がり右上してチムニーに入る。チムニーを残置を信じてズリ上がる。フェース状を左上するとハイ松の太いのがたくさん出てきてここでアンカーを取る。35m、IV級A0。2ピッチ目はこのハイ松の中を登り左上の浅いルンゼを目指して傾斜の落ちたフェースを登る。浅いルンゼを登り切ったところでまたハイ松にアンカー。30m、III級。3ピッチ目、広いバンドを右にすすみルンゼへ入る。すぐに2mほどのツララ状氷瀑。これを左から越えてさらにちいさな氷瀑を抜けると雪の豊富に詰まったS字状ルンゼが見えてくる。S字状に少し入って左のハイ松でアンカー。40m、III級。S字状ルンゼを歩くようにして難なく上がると南峰下のリッジにでる。35m、II級。強い風とホワイトアウト。ロープピッチが終わっても少しも楽にならない。これが利尻か、と実感する。岩峰を2つ右から巻くと小さな祠に出会う。これはあとから南峰直下のものとわかった。一般ルートの証拠が現れ、幾分緊張が和らいだ。3人で握手を交わす。風が強く荷物を下ろして休むような気分にはなれない。さらに稜上を忠実にしばらくいくと雪のピーク、本峰に立った。そして立派な祠のある北峰ピーク。いくらか風が和らぎ、話をする余裕ができる。ほんの数分、ガスが切れ、島の大半を覆うマシュマロの様な雲海が見下ろせ、そして雲の波のすぐ先にローソク岩が氷りついたまま立っているのがわかった。台風なみのメイストームはすぐそこまで来ている。急いで八合目の小屋をめざし北峰を駆け下った。

5月8日

16:00 八合目小屋 19:00 鴛泊

7日の夜から8日の昼過ぎまで暴風雪となった。この長官小屋は鉄骨作りの丈夫なもので、われわれは、安心して停滞できた。しかし、ここに7日中にたどり着かなかったら、と思うと紙一重の幸運に感謝せずにいられない。ぶ厚いベルグラ、エビノシッポ、絶え間ない強いブリザード、数時間も一定しない天気。

ここでは細かいルートやテクニックの話だけをしていても全く通用しない。しんどい「山」そのものを楽しめる図太さが求められる。華麗なテクニックをスマートにこなす意味もチャンスも与えられないのだ。5月でさえこんな状態のこの山で厳冬期に記録を残したクライマーたちに敬意を表します。