北アルプス 屏風尾根~赤沢岳北西尾根~黒部別山南尾根~ハシゴ谷乗越

2001年12月22日から16日間
朱宮(日本山岳会青年部)、三好(記)


12月22日(土)

雪、時々突風 昼頃少し晴れ間

日向山ゲート~扇沢~大沢小屋

16日間分で、歩き出しの重さは二人とも35kg前後か。

扇沢までは除雪された歩道をひたすら歩く。

時々除雪車や関電の乗用車が通過していく。

扇沢からのラッセルはずっと腿から腰程度。

始めは荷物を持ってラッセルしていたが、途中まである林道から離れると雪が段々重くなってきたので、空荷でラッセル、荷物を取りに戻るを繰り返す。

はじめは川の左岸を進むが,途中で橋を渡り右岸を進む。

幾つか堰堤の脇を越えていくが、雪崩れそうな斜面が所々あり緊張する。

風はいっそう強くなり心ばかりが焦るが、一向に進まない。

暗くなりかけた頃にようやく大沢小屋に着いた。

12月23日(日)

朝雪、昼から曇り時々晴れ、夕方快晴

大沢小屋~2200m

寝坊する。

大沢小屋のすぐ裏側の樹林帯の斜面から取り付く。

はじめは尾根の左側の斜面をゆくが、尾根に上がる部分は傾斜が強く、灌木を握りしめ乗り越していく。

尾根上に上がると、腿から腰、傾斜がきついと胸くらいのラッセルが続く。

空荷でラッセルするが、ラッセルよりも荷物を上げるのが大変だった。

朱宮が1996年の正月に屏風尾根を通過した時に比べて(大沢小屋から爺の肩の小屋まで1日で到達)格段に速度が遅く、積雪量がその時の2倍か3倍くらい違うのではないかと思う。

12月24日(月)

8:00くらいまで晴れ、その後雪

2200m~稜線上~赤沢岳頂上~北西尾根2320m

携帯が繋がるので電話してみようかと言うが、朝早いのでやめてしまった。

腿から腰のラッセルが続く。

雪崩危険個所があると聞いていたが、実際には雪質も比較的安定しており不安は感じなかった。

上部は下降する場合に視界がないと尾根をはずしそうなので、赤布を数カ所つける。

稜線上に上がると風が強く、雪は飛ばされていて少ないが、ハイマツに薄く乗った雪に時々足がはまって歩きにくい。

北西尾根は始め傾斜がきつく、露岩が多く見えて怖そうだが、クラストした雪を拾うようにして下れる。

すぐに雪が多くなり、樹林帯が出てくる箇所で幕営。

12月25日(火)

快晴、16:00くらいから曇り始め

2320m~赤沢側に派生する尾根~赤沢出合

下りだが、腿から腰くらいのラッセル。

樹林帯の中で見通しが悪く、派生する尾根に入り込みそうになる。

間違えるとちょっとした登り返しがつらい。

一番わかりにくそうな場所には赤布があった。

赤いヘリがはじめは別山の上空を飛んでいたが、やがて赤沢岳周辺を旋回していたので、私達を捜しているのだろうか、樹林帯の中なので見えないだろう、でも屏風尾根のトレースは確認できるだろうと話しながら下る。

途中傾斜の強いところでは、露岩混じり草付きに雪が乗っているだけで下りにくく、始めはクライムダウンするが時間がかかるため、1935mの後あたりでは懸垂する(30m)。

1791mの後の岩場も1箇所懸垂(5m)。

ここはウサギの足跡を見たら尾根の左側を巻いても行けた。

赤沢に派生する尾根に入ってからはなるべく尾根沿いに懸垂4回で赤沢に付く。

赤沢岳北西尾根は登り返すとなるとルート取りを考えてしまう。

出合の樹林帯の中で幕営。

12月26日(水)

雪、昼頃少し太陽がのぞく

赤沢出合~内蔵助出合~尾根上~1350m

雪崩そうな斜面を避けるようにして、右岸、左岸、右岸伝いに内蔵助出合まで進む。

水量はそれ程多くなく石を伝って行けるので、足は濡れない。

膝から腿のラッセルで、一昨年より少し多いか変わらないか。

ものすごく多いとは感じない。

日程もまだ十分にあり特にここからのエスケープは考えていなかった。

年内中には南尾根を抜けられるだろうと考えていた。

年明けは天候悪化が予想されていたので年内中にここを抜けたいと考えていたし、また十分に抜けられると考えていた。

内蔵助出合から下流は進みにくく、橋を渡ったすぐの斜面から取りつくことにする。

下部の雪壁は塊状の雪塊が堆積した上に新雪の乗った所もあり、気持ちのよいものではない。

急な壁状で薄く雪が載っているだけの箇所では、この重荷で通過できる場所を探すのに左、中央、右と苦労した。

結局右側のブッシュを掴んで強引に登るが、腕がすぐパンプしてつらい。

さらに進んで側壁にぶつかったところで右へトラバースし、尾根上に出る。

尾根上は傾斜の強い岩場に当たるため、ブッシュを伝うように、黒部川側をトラバース後、急な雪壁を直上して尾根に戻る(50m)。

この雪壁は黒部川に直接落ち込んでおり高度感がある。

ナイフリッジを少し進み、岩場の基部で幕営。

雪が多くの水分を含んでいて、体が濡れる。

12月27日(木)

雪、昼頃少し晴れ間(雪は降り続いていた)

1350m~くの字雪原~P6

幕営地が狭く、物を落とさないようにパッキング。

初めは尾根沿いを行くが、すぐに通過が困難な岩稜となり、尾根の左側をひたすらトラバース。

尾根に戻れる場所を探しながら進むがなかなかいいところがない。

やっと適当な場所が見つかって登って行くと、くの字雪原手前で尾根に戻れた。

過去の記録の適当に左にトラバースして尾根へと言うのはこういうことかと妙に納得した。

P6ルンゼには顕著な弱層なく、トラバース後、ルンゼの左側に沿って進む。

尾根に上がる直前は傾斜が強く、草付きも出てくるので荷物を上げるためにロープを出す。

先行した朱宮は二段岩壁手前まで偵察。

雪の水分で、全身がずぶぬれとなった。

12月28日(金)

雪。

P6~二段岩壁取付~1800m

ハーネスもヤッケもバリバリに凍る。

緩い雪稜から一箇所の懸垂、傾斜の強いブッシュ帯を進むと二段岩壁に着く。

1P目はブッシュを掴んで急な凹状を直上右後、傾斜の緩いスラブ。

2P目は直上後、右上してハングに挟まれた傾斜の強い凹角に入り、細いナイフリッジに乗り上げる。

左上にもピンが見えるが敗退用らしい。

荷物がまだまだ重く、また、一つユマールを紛失してしまったのもあって、傾斜の強い箇所での背負っての荷上げに時間がかかる。

インクノットもがちがちに固まってなかなか取れない。

次の岩場の基部で幕営。

今日木下君たちが入山の筈だが無線は何も入らなかった。

多分入山しなかっただろう。

進み具合、今後の天候を考えると気が重くなる。

12月29日(土)

快晴

1800m~ピナクル群終了~P5~P4~1780m

さらにハーネスが凍って履けず、溶かすのが大変だ。

テントの中でハーネスを履くようにしよう。

3段あるピナクルでは左から回って直上後、下降し、トラバースに入る。

このトラバースの雪質がふかふかで悪い。

P5ルンゼは右端を樹木伝いに進んで、ハングの下を左にトラバースし、樹木の間を直上する(70m)。

快晴のため、雪がくさってきて足に張り付き歩きにくいが、日陰に入った途端に雪がさらさらとなり、今度は固めて歩くのに時間がかかる。

時々ハング上の木々の上に堆積した雪が溶けて落ち、ルンゼを他の雪塊を従えて落ちていって、少々緊張する。

次のハングは右にトラバースし、P5の肩に出る。

P4まで進むが、荒天に備えて戻って雪洞を掘る。

選んだ場所が悪く、半雪洞となる。

無線は、遠くのインターでのトラック無線しか入らない。

12月30日(日)

風雪。

沈殿。

最初の半雪洞は吹き溜まりとなり、となりに新しい雪洞を掘り、テントを入れる。

食事は半分だけ取る。

快適だが、外の状況がわかりにくい。

無線を色々と合わせてみるが入らない。

南尾根のトラバースの悪さを考えると、戻ることは選択肢の中から消えていた。

また進行状況やルートの不確定性から馬場島へはもう考えていなかった。

この時点では二つの選択肢すなわち真砂尾根経由室堂か、内蔵助谷経由赤沢岳北西尾根を考えていた。

状況から考えて後者の方か。

だが内蔵助谷は今後の積雪を考えると通るのが難しくなる。

真砂尾根とすれば3~4日間程度で行けるかどうか、しかし仮に室堂までその日程で行けたとしてそこから立山駅まではさらに2~3日かかるだろう、もっと予備を持ってくればよかったと後悔した。

12月31日(月)

小雪のち快晴

1780m~P4~大キレット~P2P3のコル

雪が小雪となり、視界もよくなってきた。

一昨日のトレースはなくなり、ラッセルし直しで、ルート取りも変えてP4まで忠実に尾根上の樹林帯を進む。

一昨日通ったP4直下の雪面は幾つか切れ込みが入り、雪崩れそうだった。

2回の懸垂で大キレットに着く。

キレットの位置が上からでは全くわからず、やや右寄りに懸垂したため、最後は40mで急雪壁に着地した。

急雪壁(昔の固定ロープあり)からルンゼ、見事なナイフリッジ。

いつの間にか快晴となる。

次のコルへはナイフリッジを切り崩しながら慎重にクライムダウン。

ザックだけロープをつけて降ろす。

正面の雪壁は頭以上のラッセルとなり、進まない。

後は胸から腰ラッセル。

P2P3へのコルへは最後懸垂で降りる(15m)。

雪庇を避けて風が当たらないようにブロックを積んで幕営。

行動食は残ったら貯めるようにする。

無線入らない。

1月1日(火)

曇りのち風雪

コル~P1~南峰~2315m

頭以上の雪壁を堀って進み(20m)、雪稜へ。

雪庇を避けつつ、尾根上もしくは尾根の左側を進む。

大タテガビン第一尾根はとても行けそうに見えない。

P2は懸垂15m。

岩稜帯を左から巻き、ブッシュを強引に掴んで登り、ちょっとした岩場の直登をする。

あとはただただ腿から腰までのラッセルを繰り返す。

見えるコルから少し進んで風が弱い所で幕営。

疲れが溜まっているのか思ったよりも進まない。

必要の無いものはハシゴ谷でデポして軽くするしかない。

それでも進めるだろうか。

やはり、年始の寒気到来は免れない。

雪に捕まってしまった。

相変わらず、無線は入りもしない。

5月だってすぐ近くに居てもほとんど繋がらなかったのだ。

仕方ないんだろうと思う。

1月2日(水)

風雪

2315m~ハシゴ谷乗越

朝テントを出ると、雪煙を上げた後立が見えた。

視界がよいうちに、空荷でハシゴ谷乗越への分岐まで急いでラッセルし、分岐を確認する。

下りでも大体腰くらいのラッセルで、胸まではまって身動きが取れなくなると、セカンドがラッセル交代するを繰り返す。

所々に赤布があり視界は悪くなっても道をはずすことはない。

ハシゴ谷乗越に着いた時点で風が猛烈に強くなり、風雪に備えて雪洞を掘って中にテントを張る。

ダム下山は、この降雪では雪崩の危険が多すぎて停滞して状況を見るしかないと考えた。

一方、真砂尾根から室堂経由立山駅にしてもこの積雪では最終下山日を過ぎてしまうが、雪崩の心配は少なく、じりじりと稜線前までは進めるのではないか。

しかし無線は4日か5日までに入れなければ相当に心配するだろう。

少しでも上に行けば、連絡出来るだろうか。

食い延ばしすれば日程は延ばせる。

連絡が取りたいと思う。

とにかく明日は進んでみて様子を見ようと考えた。

1月3日(木)

風雪

ハシゴ谷乗越~2226m

高層天気図でも猛烈な寒気が入っている。

ただ、気温は低いが、風は弱くなり、真砂尾根に出発することにする。

全然固まらない雪質で、胸から腰ラッセルが続く。

まる一日で進めた距離は標高差200m、ほんのわずかだ。

黒部だからこんなものなんだろうなと思いつつも、進めないのも事実だ。

テントに入った後に三好の足を見ると親指の側面が少し黒くなっていて(感覚はある)、朱宮も手がしびれていると言うし、そもそもこの進行状況では戻って、天候待ち、ダム下山しか選択肢がない。

明日の行動距離も少ないため、食事は半分ずつとする。

無線が通じないかと試そうとしたところで、ラジオで「連絡取れず行方不明」と報道されていて驚く。何が起こったんだろうか。

ひたすら無線を試みるが、受信は出来ても送信は全く通じないようだ。

捜索願いが出てしまっている以上は、とにかく連絡を付けなくてはならない。

翌日は降りるにしても、結局天気待ちすることや無線の通りやすさを考えて、ハシゴ谷乗越までにしようということになる。

連絡がとれたら、昨年の内蔵助谷の雪崩事故、その後にハシゴ谷停滞パーティがピックアップされたことを考えれば、もうヘリのピックアップを待つしか私達には選択肢が残されないんだろう。

これ以上の迷惑をかけないためには、その指示に従うしかないんだろう。

連絡がつかなければ天気の回復と雪の状態を見てダム下山しかない。

1月4日(金)

風雪つよし

2226m~ハシゴ谷乗越

夜中から風が強いのが続いている。

朝も半分だけ食べる。

ラジオから県警が午前3時に出発と流れて、申し訳ない気持ちでやるせない。

朝から無線をずっと続けるが相変わらず受信はあっても送信は通じない。

無線をお腹に入れ、乾いた靴下で出発。

昨日のトレースは全くなく、ラッセルし直し。

さすがに下りなので楽だ。

13:00に無線を入れると、大観峰からという声が入るが、こちらから呼びかけても何も返答なし。

届いていないようだ。

毎時開局とのことなので、とりあえず雪洞探しをする。

ハシゴ谷の雪洞は積雪で埋もれてどこにあるかわからなくなっている。

一昨日よりもかなり下方に雪洞を発見し、整備し直す。

15:00、やっと無線が通じる。

松原さんで、黒四ダムからとのこと。

ハシゴ谷乗越で停滞と連絡。

「すみませんが、すでに緊急体制に入っています、今後はこちらの指示に従ってください」との連絡を受ける。

二人で顔を見合し、了解と答えることしか出来ない。

18:00、食料、燃料、怪我の状態、電池残量を伝えて欲しいとの連絡。

電池(アルカリ)を新しく交換したが、低温のせいかすぐ送信できなくなる。

しかし、受信はできたので、そのまま暖める。

三好の足の親指はすでに水泡になっていて、水泡が潰れないように乾いた靴下に履き替え、象足、シュラフに入る。

食事は、朝食のラーメンとレーション、夕食のジフィーズ等を二人で一食ずつもしくはそれ以下とする。

これくらいは食べないと手足が冷えてくる。

1月5日(土)

風雪、のち風弱くなる

色々考えすぎてなかなか寝付けなかったためか、起きたら7:00を過ぎていて、交信が終わってしまっていた。

雪洞の入り口が埋まっていたので掘り出す。

一時間ごとに開局するが、12:00になってやっと交信できた。

12:00、ヘリが飛んだ時の注意、ハーネスをつけておくこと、物をまとめておくこと、荷物はデポの可能性高いとの連絡。

食事燃料ともに7日分、電池はリチウム4本、三好は両足親指に水泡、朱宮は両手指にしびれと状況を報告する。

無線、電池共に暖めていたが、やはり送信が出来ず、リチウム電池に変えると通話状況自体もよくなったらしい。

結局アルカリ電池は全く使えない。

16:00、明日からの交信は7、12、16時。

毎時開局はしている。

黒部平の捜索隊は撤収、黒四ダムに松原、宗像、木下、上市警察に浅田、櫻井が待機していると連絡。

1月6日(日)

小雪 のち太陽がのぞく

積雪もあまりなかったようで、今日は除雪しないで済んだ。

落ちてきた雪洞の天井だけ削って出す。

7:00、状況がよければ、ヘリが飛ぶかもしれないと連絡、毎時開局することになる。

10:00、太陽がのぞいている。

視界は真砂尾根で2200m上まで、別山は斜面の途中まで見える程度。

尾根までラッセル。

雪がしまってきている。

富山側からのヘリ進入失敗、長野側では東邦航空が準備しているとの連絡。

こんな視界でも動いてくれているのかと驚く。

12:50、ラジオの天気予報で、今日曇り時々雪、明日曇り時々晴れとの予報。

13:30、無線でも明日の天気の連絡が入る。

以降、特に無線連絡入らず。

16:00前後も何か無線に入ったが、聞こえなかったので確認するが、特にないとのこと。

時計の気圧計でも上昇傾向にあり明日はヘリが飛ぶだろう。

しかし、ラジオで篠原さんの事故の報が入り、改めてこんな危険を冒して救助してもらっていいんだろうかと思う。

自分達で下山できなかったか。

いや、これ以上の迷惑はかけられない。

考えて眠れない。

1月7日(月)

晴れ

6:50、ヘリが7:00に飛ぶとの連絡。

一応大まかに出発の準備をしていたが、15分後に到着すると聞いて大慌てでテントをたたみ荷物をまとめる。

稜線上は雪煙が上がっており、上空の風が強そうだ。

回りに何もない所へ出るよう聞いていたので、カンバの木が近い雪洞から離れて立っていると、ヘリから何か言っているが聞こえない。

無線を通じて、ホバリングに備えてテント(雪洞)の近くで伏せるように言っているとの連絡。

7:30頃、風が強いため、燃料消費するまで待機と無線を通じて連絡が入る。

8:00頃、ヘリから一人が降りる。

吊り上げ用のチューブを装着し、一緒にヘリに上げられる。

三好、朱宮の順でピックアップされ、毛布で包まれる。

20分あまりの飛行ののち富山県立中央病院まで運ばれる。

集中治療室で医師の診察を受ける。

朱宮は症状も軽く両手両足の湯煎のみ、三好も湯煎と足の水泡は水を抜いて消毒のみ。

浅田、桜井、瀧島、倉田、朱宮(父)、三好(母)と会う。

県警の方から行動の概要を聞かれる。

また、三好が治療中に、治療の終わった朱宮が報道陣のインタビューに答える。

病院を後にし、防災ヘリセンター事務所、上市警察署、県警本部、黒部観光、関西電力に挨拶に行く。

色々な所で31日下山の計画だったこと、25日にヘリで発見出来なかったこと、無線連絡がなかったこと、雪が多いこと、天候が悪かったことにこだわっているのに驚く。

違和感も大きい。

計画書には予備なしで、実際にかかりそうな日程を書いておいた方がよかったのだろうか。

赤沢岳で連絡すればよかったか。

5月に無線が通じなかったことを再確認しておけばよかったか。

雪が多いのも、天候が悪いのも特に今年がというわけじゃない。

ただ、私達が進めなかっただけだと思っていた。

日数把握が甘かった。

経験が浅かった。

この日は上市鉱泉にて宿泊。

1月8日(月)

曇り

上市警察署へ挨拶後、帰京。

 

 

槍ヶ岳 北鎌尾根(途中まで)

2001年12月30日から4日間
石原(愛媛大WV山岳部OB)、赤井(記)


12月30日

大町駅6:15 葛温泉6:45 七倉7:30 高瀬ダム9:30 湯俣13:50

朝から予想通り雪、週間予報もほとんど雪。

心配ながらもタクシーで葛温泉まで行く。

30分ほど歩いて、登山届を七倉の指導センターに提出、お茶をご馳走になる。

昨日10パーティ、今日5パーティ入ったとのこと。

湯俣までひたすら単調な歩き。

荷物が重い。

千天出合まで今日中に行きたかったが時間がかかりそうなため、湯俣にて幕営。

他に3張りあった。

1日めだけでも豪華にと飯は鍋物。

もって来たビールをすべて飲み、明日に備え軽量化をする。

 

12月31日

曇りのち晴れ

湯俣7:30 千天出合10:00 P2基部11:00 P2、P3中間14:50

北鎌のルート中で1番悪いと聞いたアプローチだったが、結構雪が積もっていたがトレースもバッチリあり。

それほどでもなかった。

渡渉はアイゼンをつけ飛び石にて4箇所とも濡れずに越え、吊橋も残っていた。

P2へののぼりにて途中、1箇所50mいっぱいロープを出して登る。

(赤井リード)途中、悪天を予想してか6パーティ程が引き返してくのとすれ違った。

前のパーテイ(墨田山の会?)がP3を登っていくのを見たが途中にテントを張れる場所もなさそうなため少し戻ってP2、3中間部で幕営。

ラジオにて天気予報を聞くと元旦の西日本はすべて雨、名古屋も昼から雨。

明日の天気が心配だ。

 

1月1日

P2、3中間7:00 P4手前8:50(撤退) P2基部 11:00 千天出合12:00 湯俣14:00 無名避難小屋16:00

撤収すべきか進むべきか迷ったが、とりあえずP5まで行こうと出発した。

途中、旧知の緑山岳会の広島パーティすれ違う。

話を聞くとやはり天気が荒れそうなため撤収とのこと。

とりあえず、進むことにする。

昼まではもってくれるかと思った、天気もすぐに崩れだし、P4手前で私らも撤収することにした。

P2のくだりで昨日ロープを出した場所にて懸垂2回。

無名避難小屋にてとまる。

広島パーティが先にいて寝ていた。

薪ストーブに火をつけようとしたがうまくいかず。

残った、ウイスキーを飲みながら自分のガスを使いまくってウエア類を乾かす。

私のヤッケが中まで濡れて乾かず、”シミテッククスどころかゴミテックスですね?”と私のヤッケは石原君にボロクソ言われてしまった・・・。

 

1月2日

無名避難小屋7:30 高瀬ダム9:30 七倉10:30 葛温泉11:20

朝、ウイスキーの飲みすぎで少々頭が痛かったが、小屋はやはり快適だった。

適当に出発。

高瀬ダムから先は行きよりも路面が凍結していて歩きずらかった。

葛温泉にて温泉に入り(500円)登攀終了。

今年の正月も去年に引き続き敗退山行となってしまった。

残念。

 

南アルプス 農鳥岳 大井川東俣滝ノ沢(敗退の記)

2001年12月30日~2002年1月1日
森広、櫻井、大滝(記)


12月29日

深夜、奈良田第一発電所に着く。

車5~6台あり。

テントが張りにくいので、少し戻って奈良田橋の袂に張った。

 

12月30日

7:50発 小雪ちらつく。

林道や登山道に雪10センチ程あり。

小尾根を巻く辺りでスパッツ着用。

大門沢小屋手前5分位の右から入り込んだ沢に、氷瀑があった。

つららの集合体だが、段々になっているので登れそうだ。

1ピッチ分ありそうだ。

小屋を覗くとテントが1張りあった。

窓が大きく明るい小屋だ。

水も流れている。

しばらく山腹を巻いて行くと広い河原に出る。

そこからラッセルが始まった。

膝下、膝上、樹林帯に入ると、急斜面になるので腰くらいまである。

一気にぺースは落ち、労多く時間だけが過ぎていく。

なかなかテントスペースが見つからないが、4時、2200mと言う看板の所が、かろうじて3人用テントが張れた。

ここ以下にもここ以上にもいい所は無かった。

一晩中吹雪いていた。

大変なラッセルと、今後の悪天候予報とで、我々の意気は消沈した。

翌日進んでも、滝ノ沢まで辿り着かないかも知れない。

着いたとしても、谷に入ってから雪になるかも知れない。

そうしたら、雪崩が怖い。

降雪が無くても、氷の部分が終わってからのラッセルでどれだけ時間がかかるか知れない。

風雪のテントの中で各人、心境悶々とした。

結論は、稜線まで、行ければ農鳥岳まで行こう、と言うことになった。

朝まで吹雪いていたので、ゆっくりと起きて準備をしていたら、若い男性二人が上がってきて、そのままラッセルに突入して行った。

8:40発 僕達も直ぐ後を追ったが、追いつけない。

ラッセルしている人に追いつけない。

凄いパワーだ。

空はどんどん晴れて快晴になった。

富士山や、駿河湾、伊豆半島も見える。

・・田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ・・
猛烈なラッセルを抜きつ抜かれつして、12時頃稜線に着いた。

半端じゃない強風だ。

塩見岳、荒川岳が良く見える。

大井川方面を遠望し、相談の結果、下山することにした。

大門沢小屋には15時に着いた。

小屋の上の方で45センチ位の積雪があった。

小屋の中から富士山が見える。

 

2002年1月1日

謹賀新年 8:30発。

晴れ。

午後から曇り。

例の氷に向かう。

近づくと左にもあった。

右が25m、左が15m。

全体的に氷は薄い。

段の所でランナーを採って行けば大丈夫だろう。

右の滝をスクリュウ4本25mで抜け、左の潅木でビレー。

Ⅳ級?潅木で懸垂。

左の滝は15m位だが良く凍っている。

ここも段々になっている。

抜ける所が難しく、右アックスのブレードを氷と岩の間に噛ませて、左足を高い位置の氷から飛び出している岩に苦労して持ち上げ、左のアックスを薄氷にコチンとあてがい、乗り越した。

Ⅳ級?
スクリュウ3本 右の潅木で懸垂。

12時頃止めて下山。

14:20駐車場に着いた。

 

マチガ沢~シンセン左俣~東尾根~谷川岳~天神尾根

2001年12月1日から2日間
瀧島、倉田、三好、一ノ瀬、池﨑(記)


11/30の22時に車で府中を出発。

水上を降りると途中から雪が降り出す。

道を登っていくにつれて道路に雪が積もってくる。

立体駐車場はスキー場の駐車場だけの事はありものすごく快適。

持参したビールを飲んでぬくぬくと寝る。

 

12/1は7:30に駐車場を出発、約30分でマチガ沢出会い着。

巌剛新道を登り見晴台で一本。

ここでフル装備になりマチガ沢に下降。

マチガ沢伝いにしばらく登りシンセンへの分岐で1本。

ここから見上げるとシンセンのコル部分はガスっている。

しばらくガレが続くが、斜度がきつくなってくると雪の斜面に変ってくる。

雪面を横切ってささやかな鞍部状の場所に付く。

ここからコルまでの2ピッチをロープを出して倉田さんリードで登る。

シンセンのコルから三好・倉田さんトップでガンガン登る。

第2岩峰はロープを出して三好さんトップで取り付く。

が、悪いらしくなかなか進めない。

しかし空身になって結局登ってしまう。

さすが。

その後、倉田・瀧島・一ノ瀬・池崎の順に登る。

いざ自分が登ってみると結構いやな感じ。

でだしでいきなり奥側の足元が切れ落ちてて、まずは体を壁に預けるまででちょっとびびる。

取り付いてからは広がらない足を無理やり広げて両側面のホールドに爪を引っ掛け2~3mくらい登る。

すると草付きがあり、ダブルアックスでぐいっと上がる。

ここから少し傾斜がゆるくなりブッシュにつかまりなんとか登る。

秀峰の過去の記録にも一人で登った記録とかあるが、ここはなんだかいやらしかった。

ルート間違えてたのか??この後、しばらく登った岩陰で16時頃ビバーク準備。

吹き溜まった雪を均してツエルトを2つ張る。

 

12/2は6時過ぎ起床。

ラーメンを食べて準備して8時出発。

ガスってて視界は良くない。

第1岩峰(?)は右から大きく巻いて雪の斜面を登り、ナイフリッジ状の尾根で小休止。

ガスの向こうにかすかに岩峰が見えて「もしや実はこれが第1岩峰か」なんて心配をよそに、その最後の岩峰を左から巻いて稜線に出る。

ちょっと右に上ってオキノ耳12:45着。

風があり視界も効かず、皆でお疲れ様でしたの握手をして小屋に向けてすぐ出発。

トマノ耳まではトレースが無く膝下くらいのラッセル。

トマノ耳から小屋までは打って変わって沢山のトレースがついており、あっという間に小屋着。

小屋で休憩していると櫻井さんが入ってきた。

雪訓パーティは30分くらい前からすぐ下の斜面で雪訓を始めているらしい。

一息ついた後、雪訓に合流。

14時過ぎに下山開始。

西黒尾根を下山予定であったが、時間が押してきていたので天神尾根からゴンドラを使って下山することとなる。

下から見ると山頂は天気はいいが、登ってきた東尾根はガスの中。

ずっとこんな感じだったのかな。

天神平スキー場で30分ほどビーコンの実践をしたが、ノイズが多いのか皆苦戦。

その後ゴンドラに乗り下山。

そして温泉に浸かり、とんかつを食べて帰宅。

ひれかつ定食¥1300はマスクメロンの切れ端とファイブミニ付きであった...不思議。

私にとってはちょっとスパイシーな東尾根だった。

もっと登り込まねばいかん。

 

双子尾根~杓子岳~唐松岳~八方尾根

2001年11月23日から3日間
瀧島、三好、一ノ瀬、池﨑(記)


22日夜、猿倉まで車で入り駐車場でテント泊。

快晴。

23日は猿倉小屋を通り過ぎ、双子尾根へ。

小日向のコルから取り付こうとするがまだ雪が少なく藪だらけ。

三好さんが果敢に突っ込むが藪がひどく登山道に戻る。

しばらく登山道を進んで、途中から双子尾根の地図にある2284m地点を目指して直登する。

双子尾根の稜線に出たあとは1ピーク超えて2284m地点に到着。

ここの岩影でテント泊。

テントの設営が終わるころ先行していたと思われるパーティ(小日向のコルから取り付いたのか???)が戻ってきて、うちらの少し上にテントを張っていた。

24日は、昨日の先行していたと思われるパーティが到達した地点から先はトレースが無くなる。

ラッセル交じりではあるが天気が良くて気持ちいい。

稜線の両側が切れてくると、雪がまだ少ないのか、岩を掴むと時々浮いていてひやっとする。

最後の杓子岳へ抜けるやせた雪陵部分でロープを出した以外は特に問題無く杓子岳に出ることが出来た。

稜線上はちょっと風が強い。

ヤッケの下に一枚着込んでフードをかぶって稜線を歩き出す。

稜線歩きにちょっと飽きてきた所で不帰への下りになる。

最低鞍部でテント泊。

稜線上で寒いかと思って着込んで寝たがまったく寒くなかった。

25日は朝から不帰キレット。

この日も天気がよく、時々振り返っては歩いてきた道を見て爽快な気分になる。

だいぶ先ではあったが目視圏内に先行パーティもいてトレースもついており、大きな障害もなく不帰通過。

唐松岳山頂では写真を撮って小屋に向けて下り出す。

瀧島さんはここでアイゼンをはずしてピッケルをポールに替える。

八方尾根に入ると風が弱いところでは春山のようなぽかぽか陽気。

ここで皆アイゼン、ハーネス等を外して身軽になる。

途中尻セード等交えて楽しく下山。

八方池の辺りでは観光客が結構いる。

この時期にもこんなに人がいるんだとちょっとびっくり。

ここから先は疲れた足とプラスチックブーツには辛い石畳を通り過ぎ、クワッドとゴンドラを乗り継いで一気に下山した。

 

足尾 ウメコバ沢 スーパーフレークルート、R6スベリ台(ノーマル)

2001年11月3日
高橋、三好(記)


土日に仕事があるやら、40度を超える熱がでるやら、声が出なくなるやら、もうボロボロ。

しかし、3日だけはなんとか休みを確保でき、ついでに調子もよくなってきたところでどこかゲレンデへと思ったが、足尾フリークの瀧島さんに誘われ、再び寂寥感漂う足尾に向かうことになった。

11月3日(土)

曇りのち晴れのち雨

車発(7:00)~ウメコバ沢出合(8:00)~スーパーフレーク取付(9:00)~懸垂(13:00)~取付(14:00)~スベリ台終了(15:30)~ウメコバ沢出合(17:00)~車(18:00)

間藤駅で仮眠を取って、始発の電車で起きるかと思ったら、予想通り寝過ごした。

林道がかなり荒れていて奥まで車で入れず、ウメコバ沢出合まで1時間あまりの歩き。

ウメコバ沢の2箇所のFIXロープが前回来たときより増えていた。

沢中の石は結構ぬめぬめで滑りやすく、左岸沿いの踏み跡をひろって登る。

今回の参加者は4人だったので、瀧島・一ノ瀬と、高橋・三好に別れる。

私達は、前回見たときにぜひとも登りたいと思ったスーパーフレークルートに取り付くこととする。

1P目(35m)三好

岩の基部にもルート概要が描いてあり、右の門柱の左側のクラック沿いに直上後、フレークをトラバースするはず。

右から回って一旦残置にプロテクションをセットしてから、左のクラックを直上しようとするも、真上のガバに手が届かず、ちっさいホールドで体を上げようとしたら足が滑った。

仕方なく右のクラックを少し登って、左のクラックに入り込んでから直上。

体が慣れていないので、フレークに入るところや、思い切って体を外に出してトラバースするのは緊張する。

でも硬くて気持ちいいピッチ。切り株まで行ってもよかったけど、登り口が見えるところの潅木でピッチを切る。

2P目(20m)高橋

左の切り株までトラバースしてから、被ったクラック目指して登って行く。

ビレイ点のちょっと手前で、左にトラバースする所が少し悪くてモタモタしてしまった。

ビレイ点はハーケン4本だけど、効きが悪い感じ。

3P目(15m)三好

一本リングボルトがあるスラブ上を右上してから、クラックを直上する。

レイバック数手とカムをセットするときはちょっとジャミング。

距離が短くて難しく感じなかったが、ルート図にはⅥ級とも書いてあったので登れてうれしい。

ビレイ点をエイリアンで補強。

ちょうど日が差してきて、ポカポカした中でのんびりビレイ。

4P目(25m)高橋

高橋さんは、左から回り込むように登って行く。

私はイースターの石像との間のチムニーを登った。

久しぶりのチムニーは、やはりもたもたしてしまう。

終了後、懸垂点手前で瀧島・綾一さんを待ちながら行動食をぱくつき、1箇所の懸垂を交えて下る。

残りの時間も半端で、夕方には雨が降るはずなので、短いR6スベリ台に行くことにして移動する。

1P目(20m) 高橋

どこでも行けそうだが、わざと難しいフェースを進んでいるよう。フォローで行ってもびびった。

2P目(20m) 三好

がしがし登る。

終了点は、瀧島・綾一さんで使っているし、スーパーの方に行こうと思っていたので、スベリ台直下でビレイ。

しかし、ビレイしているうちに雨が降ってきたので、ノーマルの方に進むことにする。

3P目(40m)高橋、4P目(30m)三好

傾斜もゆるく、雨だ雨だとさっさか登る。

ピナクル下まで。

懸垂支点までクライムダウンし、ルンゼ状を2回の懸垂を交えて下る。

静かで、荒涼とした足尾。

他にもルートがたくさんある。

アメリカンエイドの練習も出来る。

アイスも出来る。

また来ようと思いながら、雨の林道を歩いて帰途についた。

 

足尾 ウメコバ沢 中央岩峰恵子ちゃんルート、R6滑り台ノーマルルート

 2001年11月3日
瀧島、一ノ瀬(記)


11/2夜東京発、間籐駅で寝ている高橋さんと合流。

ここで仮眠。

カモシカのステンドグラスがかわいい駅。

11/3 7時駅発。

健さんがいそうな足尾銅山を横目に、仮面ライダーとショッカーが戦いそうな、西部警察が犯人を車で追い詰めそうなところを走り、車を止め朝飯食べて出発。

1時間程河原を歩いてウメコバ沢出合いへ。

「この沢がアプローチなのか」自信のない靴と自分になにかが起こる予感。

気を付けていたにもかかわらず、5m程の滝上部で「ずるっ足どぼん」手をついたらそこは深くて「顔からごぼっ」

ずぶ濡れだ。

鼻から水も飲んじゃった。

とりあえず薄手のフリースに着替えて気をとりなおす。

三好・高橋Pは中央岩峰スーパーフレークルートを、瀧島・一ノ瀬Pはその右の門柱(恵子ちゃんルート)に別れて登る。

両ルートとも壁に白ペンでルート名・日付・JMCCと書いてあった。

取付きがスーパーフレークに近いため、2人が登ったあとに取付く。

楽しそうなフレーク。

恵子ちゃんルート(オール瀧島リード)

1P目;チムニー。

プロテクションは左のクラックにとる。

ボールナッツが効いてる。

チムニーの中のチョックストーンを頼りに頭も使ってうんこらしょずりずり、と這い登り右奥のテラスへ出る。

途中ひよってA0しようと掴んだらプロテクションが抜けてしなくて済んだ。やるなってことか。

でもクセになりつつあったのでよかった、がんばったな私。

フレークの向こうから三好さんが顔を出してひゅーひゅーと私をひやかす。

ひきつりながらイエ-。

見下ろす景色にウメコバ沢の立派な滝が奥に2本見えた。

凍ったら凄そう。

2P目;支点は打ったピトンと潅木。

ハンマー持ってきたのに下に置いてきて「だせー」と言われつつ瀧島さんに借り、初めてピンを外しました。

登りはじめいきなりちいさなインコーナーな核心部。

出口は小かぶり。

短いが手足がなく、アブミを垂らす。

私はそれすら頼れず乗れずにふがふが。

瀧島さんの助言でようやく乗っ越す。

3P目;こっからは階段状。

ずんずんとロープが延びる。

コールが聞こえない。

わっせわっせと登ると終了点には三好・高橋Pがひなたぼっこしていた。

下降は枯木にかかるフィックスロープで右下のR8へ懸垂&クライムダウン。

時間は昼過ぎ。

途中陽が差していたが雲の動きは怪しい。

少し沢を下降して岩場をショートなR6スベリ台に移す。

ノーマルルート(オール瀧島リード)

1P目;「さっさと登って降りよう」

先に別ルートをとって登っていた高橋さんを抜いて、背中でそういいながら瀧島さんがずんずん登っていく。

45m程ロープを延ばしてコール。

傾斜は緩く手足ばっちりやさしいルートだがぽつぽつと雨が降り出した。

15時から雨の予報がどんぴしゃり。

岩が濡れていく-、少しでも乾いているうちにと私なりにスピーディーにわしわし登る。

高橋・三好Pもダイレクトルートをノーマルルートに変更して続く。

2~3P目;雨も強くなり瀧島氏なおさらスピーディーに。

私もさぶいし後続に迷惑かけまいと集中してがしがし登る。

支点はピン1つ、あとはナッツで。

下降点はピナクル越えて右手少し先に降りたとこにあり。

ここから懸垂。

この先は狭いガレルンゼ(R6)だがクライムダウンできるのだろう、しかし雨と暮れゆく空にせかされ細木&打ったピンで再度懸垂。

4人が沢に戻った頃はヘッデン点灯となった。

周りはどんどん暗闇になり、その中を高巻&2ラペ。

滝音と暗闇が恐いけど絶対滑れない落ちれない。

緊張の中18時前ようやく出合い着、ほっ。

私としては2週連続のびしょぬれ残業となった。

いい経験です。

帰りは間藤駅で着替えてガチャ分けして駅近くの「石井食堂」でラーメン喰いながらTVでメスナーを観る。

支点少ないし岩は鋭くて手切っちゃったしいろいろあったし、けどうら淋しい松木沢、よかったです。

もちろん人は4人だけでした。

 

谷川岳 一ノ倉沢 烏帽子奥壁凹状岩壁、幽ノ沢 中央壁正面フェース

2001年10月20日から2日間
今野、藤本(トマの風)、柴田(記)


10月20日

柴田、今野(トマの風)

以前の会の仲間からの誘いでひさびさに谷川を目指す。

ここのところ中央道方面が多かったので車窓を流れる関越の夜景は心なしか新鮮に映る。

ロープウェイ前のパーキングステーションに車を止めて軽く飲みさっさと寝る。

4時起きで暗い中を一ノ倉沢出合いまで車で、そこからヘッデンをつけて進む。

あたりは紅葉目当てのカメラマンで大混雑。

一の沢を過ぎたあたりで一度進路を間違えて戻りテールリッジにつく頃にはヘッデン不要になっていた。

メチャ混みかと思ったが案外登ってくるパーティは少ない。

前に1パーティ後ろに2パーティくらい。

中央稜を登る子安・宮下Pと「じゃ衝立の頭で」と再会を約し凹状を目指す。

今野さんとロープを結ぶのは久しぶりだ。

取付きで「先登って良いかな」

自らリードを申し出られやる気マンマンの模様。

先行の姿はなく、中央カンテにも人はいないようでこれなら凹状も大丈夫とクライミング開始。

1P目(今野)台状のバンドを左から越えて易しいフェースに。

2P目(柴田)階段状の容易なフェース。

ピンは貧弱。

3P目(今野)凹状部の手前までの緩いフェース。

中央カンテからの落石を心配しなくても良いので精神的に楽だ。

4P目(柴田) 垂直というほどではないがわりと立った凹状部。

良く見ればホールド・スタンスとも沢山有るが所々浮いているので確かめながら登る。

残置ピンは割と少ない。

最初は右端のラインを、途中から中央部を登った。

5P目(今野)小ハングを越えて右のカンテの向こうへ。

安定したテラスが有りここで小休止しレーションを口に入れる。

直射日光を浴びていると暑いくらいだ。

6P目(柴田)左のふくらんだフェースを越えてその上のクラックにフットジャムを決めたら足が抜けなくなり往生した。

7P目(今野) 草付まじりのフェースを直上。

リードは潅木で2度ランニングを取っていた。

8P目(柴田)フレーク状を直上し垂直のクラックに腕を入れて登る。

スタンスは左のフェースにたくさん有る。

青空を見上げながら終了点まで登る。

終了点につくと9時30分。

先行がいないと時間待ちのストレスがない上、落石の心配がなくて気持ち良い。

無線で中央稜の子安Pに連絡を取るとまだ2-3ピッチ残っている模様。

衝立の頭まで移動し1時間ほど待つとようやく上がってきた。

ここから4人で北稜を懸垂し衝立前沢を経て一ノ倉沢出合いに3時頃につく。

風呂を浴び道の駅横のスーパーで喰い切れないほど買い込む。

昔話と浮世話に宴会の夜は更けて行った。

【タイム】
一ノ倉沢出合/5:00 → 凹状取付/7:00 → 凹状終了点/9:30 → 衝立の頭 /12:00
→ 一ノ倉沢出合/15:00

 

幽ノ沢 中央壁 正面フェース
柴田、今野・藤本(トマの風)

10月21日

時間がかかることもあるからと3時30分に起きたが結局一ノ倉沢を出発する頃は5時になっていた。

朝もやの中正面フェース3人、V字右4人の計7名でカールボーデンを目指す。

大滝を経てカールボーデン手前で登攀具を身につけV字右の4人に別れを告げてトウフ岩右の草付を目指す。

3人パーティなのでリード区間を3つに分けることとし1-4Pを柴田が5-7Pを藤本さんが、8-10Pを今野さんが担当することとし発進。

1P トポ通りトウフ岩右の草付を直上しその後左にトラバースしたがランナーは殆どなくビレー点もボルト1本だけでひょっとしたら間違ったラインだったかもしれない。

フォローは数メートルの間隔を置いて同時に登ってくるが貧相なビレーポイントに顔をしかめていた。

2P ビレー点からフェースを左にトラバースして緩いバンド上に出てルートを見ると左下のランぺ状がどう見ても正規ルートに見える。

少々クライムダウンしてランぺ上に合流すると急に残置ピンが目に付くようになった。

やっぱりこっちが正規だった。

3P 傾斜を増すフェース状をハング下のビレーポイントまで。

天候は高曇りだが、もうしばらくは持つだろうという感じ。

3日間ほど天気は良かったはずなのにやはり核心のハング部からはしずくが垂れている。

アンカー用のピンはグラグラしているのでクロモリを一つ打ち足す。

(あとから回収)

4P ハングのくびれまで慎重にフリーで登る。

残置ピンは4つ連打されていて3つめはしっかり効いている。

一番上のが飛んでもこれで止まるだろうと安心するが濡れていてスタンスが決まらずフリーを諦めA0に。

抜けた後の左のホールドがよく分からず2度戻り、3度目にようやく抜け左手の岩にエイリアン黄色を決める。

右の草付きバケツラインを登り笹薮を経て平らなテラスでビレー。

ここは慎重を期してフォローも一人ずつ登った。

5P リードを藤本さんにチェンジ。

テラスからフェースをやや左上して右に戻る。

笹薮を横断してスラブ状でピッチきる。

やはり笹薮よりは岩が気持ちいい。

V字を登っている飯田さんたちははや終了点間近で「そっちは笹薮だらけですねー」

とコールを送ってくる。

登っているとそうでもないんだけどな。

6P 小カンテを右に越え容易なフェースを直上。

やさしいが結局最後までランニングビレーなし。

フォローしてみるとリードは笹薮を束ねたアンカーポイントを2つ用意して後続を引き上げていた。

「静荷重には耐えるよ」

と言ったって。。。

7P 頭上の笹薮を直上してから左のフェース状に移りレッジまで。

残置は依然として少ないのでやさしくても慎重に。

笹薮アンカーなのでリードがランニングを取るまで気が気ではなかった。

8P 今野さんにリードを交代。

フェース状から湿った凹角を越え安定したバンド状テラスまで。

急に残置ピンが増えた気がした。

9P 1mほどクライムダウンして狭いフェース状の左側を登る。

頭上には中央壁の頭が大きく見え終了が近いことを知らせる。

10P ラストピッチ。

草付き混じりのフェースを直上しハングを左に避けて笹薮の中の終了点まで。

沢登りの会にいるくせに沢嫌いの今野さんがしぶしぶ草付きをリードしている珍しい光景をカメラに収める。

終了点でロープをたたみ藪の中の踏み跡をたよりに中央壁の頭まで。

踏み跡の広いところでしばしくつろぎ行動食を口に入れる。

堅炭尾根を芝倉沢まで下り黄葉に彩られた旧道経由で一ノ倉沢出合に戻る。

【タイム】
一ノ倉沢出合/5:00 → カールボーデン/6:35 → 正面フェース取付き/7:00 → 中央壁の頭/13:20→
旧道出会い/15:30 → 一ノ倉沢出合/16:20

 

錫杖岳 前衛フェース ANNIVERSARY

2001年10月13日から2日間
三好、朱宮(記)


10月13日(土)

槍見温泉(9:00)~錫杖沢出合(10:30)~BC(10:40-11:30)~取付(12:00-12:45)~2P終了(16:15)~取付(17:00)~BC(18:00)

6:00くらいに一度起きるが、槍見温泉の下の駐車場に着いたのが4:00で、とにかく眠いのと、なんと雨がしとしとと降っていたので、寝なおしてしまう。

次に起きたら8:30頃で、雨が止んでいたので、天気回復を祈りつつ出発する。

重荷に耐える体力がないのがわかっているから、いつも食事から何から荷物をできるだけ絞るようにしているので、アメリカンエイドの重荷にとてもバテバテになってしまう。

以前、山岳部の現役くんは、めいっぱい食べるために重さに耐えられるようにするって言っていたけど、何が理由であれ、やっぱり体力が基本と反省する。

もっとトレーニングしよう。

錫杖の岩場は一瞬見えたが、後はガスの中でもう何も見えなくなってしまう。

錫杖沢の2本手前の沢にも人が見えたけど、なんだか厳しそうに見えた。

錫杖沢に入ってすぐ、右のブッシュに入る手前に岩小屋がちょうどいい具合にあるので、そこにテントを張る。

また雨が降り始めた。

本格的な降りで止みそうにない。

のんびりと薪を拾って雨の当たらない所に集めておき、とりあえず取付まで行ってみようということで出発する。

以前来た時は沢伝いに登っていったのだが、沢の左岸についた道に沿っていくと、そのまま左方カンテの取付まで行けた。

雨が降り続いているので、気が滅入る。

あれと思うと、ANNIVERSARYの1P目終了点に人が見える。

人気ルートなのだなぁ。

うちら遅いし、絶対追いつくことないから大丈夫だよ、先に取付かなくてよかったな、迷惑になるからななんて情けないことを言いあいながら、ゆっくり準備して取付く。

ちょうど雨も止んできた。

1P目 20m(朱宮)、リスに気持ちいいくらいにピトンやエイリアンが効く。

脆い箇所の多かった丸東とは大違いだーと言いながら登って行く。

10mくらいの垂直のフェースからテラスまで。

結局ピトンはロストアロー3、ナイフブレード1で、あとはエイリアンで。

2P目 20m(三好)、アンダーフレークの左にナイフブレードのタイオフをしただけで、あとはカム、ナッツ。

途中、残置もあるが使わず。

岩も硬くて、ナッツが決まると気持ちいいーと感動し、楽しみながら登る。

途中にもボルトがあるが、さらに進んで、終了点はリング2で、キャメを2つ使って補強した。

猿の腰掛けテラスはちょっと小さめ。

時々ガスがきれた時の紅葉がきれいだ。

ここで、いい時間になって終了。

ザイルをFIXして懸垂する。

今日は焚き火だーとやる気になっていたが、木も濡れてなかなか火もつかず、それよりも眠くて眠くて断念し、夕食を食べて早々に眠ってしまった。

夕食はジフィーズの牛飯。

久しぶりに食べるとうんまい。

 

10月14日(日)

BC発(5:00)~取付(6:00)~3P終了(8:00)~4P終了点(9:45―10:45)~6P登り始め(12:00)~大テラス(14:30-15:00)~取付(16:00-16:30)~BC(17:00-17:30)~槍見温泉(18:20)

朝は快晴。

暗いうちから出発する。

ユマールに慣れていないので、疲れる。

先々週に小指の皮をべろんと剥いてしまったのは、鋭いフィフィのせいと判明。

ついでに、Tシャツも穴を開けまくってしまう。

アメリカンエイドの時は取り替えてこよう。

3P目 40m(朱宮)、直上してからブッシュを左上してゆくピッチ。

エイドからブッシュ手前のフリーの部分が少し悪い。

ロストアロー1とナイフブレード1で、後はカムとナッツ。

回収は大変。

パワーがないのか、コツがわからないのか。

時間が掛かってしまった。

でも、もう少し早かったら、こぶし大の落石に当たっていたかもしれない。

ブッシュの左端を辿って藪漕ぎはそれほどきつくなかった。

先行パーティは5ピッチ目を登っているので、のんびり行こうやとなる。

4P目 20m(三好)、フリーのピッチ。

最初はキャメとエイリアンを効かせるも、あとはピトンも打つところがない。

なんだかびびってプロテクションを決めようとウロウロして、余計疲れる。

難しくもないので、覚悟を決めて落ちないように進めばいいのに。

こんなところが悪い所に弱いと言われる所以なのだろう。

左方カンテのチムニー下で切る。

先行がいるので、のんびり待ち。

左方カンテはどんどん人が来て、上に進んでいる人達も合せると6パーティも取付いていた。

登る人と懸垂する人と落石が入り乱れて怖かった。

5P目 15m(朱宮)、右側のハングを超えて行くピッチ。

キャメを決めてトラバース、ナイフブレード、キャメ、バガブー、エイリアンと決めて行く。

ハングの出っ張りは割れた後があって、決めにくいらしく、一応エイリアンを二つ付けてさて次へと行こうとしたところ、最初に決めたエイリアンが外れた。

二つ決めておいてよかった。

クリーニングはしんどかった。

カムはいいけど、ナイフもバガブーもなかなか外れず、外れたのを見てみたら、先がぐにっと曲がっていた。

決めすぎってのもあるんだろうか。

6P目 30m(三好)、左上してフリーに移るようだが、びびり屋な私は、使える限りアブミを使って、所々フリーという感じになって、ものすごく時間がかかってしまった。

アングル1、ロストアロー1、ナイフブレード1、あとはカムで進む。

先行パーティは真上に見えるジェードルルートを進んでいる。

いつか行ってみたいと思う。

7P目 15m(朱宮)、北沢フェースの大テラスにあるビレイ点まで。

草付きが非常に滑りやすかった。

時間が迫っているのはわかっていたが、大テラスは広々として景色もよくて、ゆっくり行動食を食べ、紅葉を楽しんでから懸垂にかかる。

上のルートにつなげられないのは残念だったけど、ANNIVERSARYを登れてよかった。

また来よう。

北沢フェースを懸垂し、シングル1回、ダブル2回、シングル1回で取付に降り立つ。

テントを撤収、槍見温泉に着いたときにはどっぷりと夜になっていた。

「ビックウォールやろうぜ」を何回も読んで、頭の中でシミュレーションして、先々週初めてアメリカンエイドに行った。

誰が教えてくれるわけでもなく、要領もわからずに試行錯誤、カタツムリのように進む。

でも、そんなのが楽しくて、たっぷりの充実感を与えてくれる。

 

黒部別山谷左俣 大スラブ~R3~南峰右ルンゼ

2001年10月6日から3日間
朱宮(JAC青年部)、三好(記)


元々文章書くのが苦手というのがあって、思い入れが深いほど、その思いは文章で現した途端に違ったものになってしまう気がして、結局、記録も何も残していないことが多い。

でも、時間がたてば、その時の思いはどこか変化してしまうし、忘れっぽい私は思い出すことも出来なくなってきてしまうようだ。

一つ一つの山に大きな感動と色々な思いがつまっていた筈なのに。

どんな文章であっても、やっぱり書いて残しておこうと思う。

別山谷左俣については、”御伽の国と表現したパーティがあるほどに明るく美しい”との記述がある。

「御伽の国」、「御伽の国」、本当だろうか。

5月に黒部に入った時に、スラブを流れ落ちて行く雪を見ながら、秋になったら、確かめに別山谷に入ろうと思い始めていた。

でも、無雪期の始まりに脳挫傷という大怪我をしてしまう。

退院後、体調を確認しながら、少しずつ少しずつ、走る距離を伸ばし、ゲレンデにも行き始めた。

しかし、怖くて怖くて登れない。

そして、追い討ちをかけるように、絶対一緒に行こうと誘おうと、いいですね、行きたいですねと言ってくれるだろうと、思っていた人が沢で亡くなってしまった。

春の黒部に一緒に行った人だった。

私が退院した日にも電話をくれて、励ましてくれた人だった。

山の中に居るだけで楽しいんだよねーと、一緒に言い合っていた人だった。

きっと、ばあちゃんになってもじいちゃんになっても、一緒に山に行けるんじゃないかと思っていた人だった。

全てのことが崩壊し、全てのことが色あせた。

無意味に思えた。

ただ、誘われるままに、山にだけは行き続けた。

山に行っている時だけ、自分に戻る気がした。

昨年から、もう山は止めようと何度も思ったかわからない。

でも、やっぱり止められないのだ。

山に向かい会おう。

きっと、また、「まーったくこの人はぁ、しょうがないですねー」といつもの通り、大きな口を開けて笑ってくれることだろう。

秋になってからは、沢へ、アルパインへと行き始めることにする。

しかし、一手、一足に異常に時間がかかる。

自信がない。

それなのに、黒部別山に触りたい気持ちを抑えられない。

駄目もとと、集会でおずおずと皆に声を掛けるが、さすがに行きたいと言ってくれる人は誰もいない。

来年に向けてがんばるかと思った時に、腐れ縁の朱宮が「別山谷なら」と付き合ってくれることになった。

朱宮が、なぜ別山谷なのかというと、学生の時に別山左俣間違えR4を登っているのでもう一度行ってみたいということと、別山谷から見える壁尾根側壁の初登が千葉大山岳部だということが理由であるらしい(朱宮は山岳部を異常に愛している人なのだ)。

朱宮は主将の時に、部員減少にも負けず、周囲の反対を無視して強引に、夏は黒部の大岩壁めぐり(この年は雨続きで別山谷R4と大タテガビン南東壁スラブ状ルンゼのみ成功)、春は利尻を目指している(一応登頂)。

朱宮自身は元々多くを語らないのでよくわからないが、朱宮以外の山岳部の人達は何かと言えば、大タテガビン、利尻の話をしていた。

よくよく考えれば、ほとんど縦走しかしていなかった時期に繰り返し繰り返し聞かされ続けていたので、私の中の厳しい山とは、「オオタテガビン」や「リシリ」となり、今でも影響されていることは否定できないのだ。

つまるところ、朱宮自身が、私にとっての黒部への憧れの原点とも言えるわけで、一緒に黒部に向かえるだけで嬉しかった。

本当に感謝。

 

10月6日(土)

晴れ

黒四ダム(9:00)~内蔵助谷出合(9:50)~別山谷出合(11:30)~偵察(13:00-15:00)~
別山谷出合(16:30)

連日の残業疲れで眠気に勝てず、明るくなったなぁと起きてみたら、なぜかまだ双葉のサービスエリアにいた。

カフェイン入りドリンクを飲んで車を走らせ、なんとか8:30のトロリーに乗り込む。

今日は一応偵察の予定なので、ゆっくり出発でも大丈夫か。

内蔵助谷出合では、通行止の看板を撤去している。

今日から下の廊下開通とのことで、結構、人が入っていた。

11:30頃、別山谷に到着すると、すごい人数だ。

20~30人くらいか。

こんな怖いルートなのに、よく来るなぁ。

話し掛けてきたおばさんが、ここにいる人達は全部同じグループで、阿曽原からダムまで行く途中という。

この後、このうちの一人がここから数百メートルも進んでいないところで滑落するとは…。

一旦偵察で側壁に取付いていたのを降りて、全装備を持って事故現場まで行くが、もう何も手伝うことがないとのことで、別山谷に戻る。

滅入った気分だが、気を取り直し、13:00頃再び偵察に出ることにした。

雪渓が今にも落ちそうで危険だったので、出だしは右岸の側壁を高巻くことにして、ルンゼ状の所を登って行く。

歩いてる途中も雪渓が崩壊する音が響いている。

ロープをつけず2P分くらい登ったところで、右へトラバースする。

ハンノキ等の低木が無いので悪い。

イタドリの群落を掻き分けてさらに右にトラバース。

急傾斜地の草本群落と、やや緩傾斜地のハンノキ等の低木群落の境目に沿って右上して行く感じだ。

少し尾根状になって見通しのいい箇所から見える下の雪渓は、側壁までくっついて取付けそうなポイントとなっていた。

途中にはよいテン場が得られるようには見えなかったので、やはり今日は偵察だけとし、さらに進む。

ちょうど左俣に入るところからF2の手前まではしっかりとした雪渓がついており、雪渓から側壁へ降りられそうな所も一箇所見えたので引き返すことにする。

明日は早朝に出ることとし、取付きの側壁に50mロープを2本固定し、別山谷出合にツエルトを張った。

暗くなるまで、赤ムケの壁が見える場所で長い間佇んでいると、ヘリが来て、上空でUターンし、そして、飛び去って行った。

 

10月7日(日)

晴れ

出発(5:00)~雪渓(7:45-8:20)~大スラブ取付(10:00)~R3(19:00)

まだ薄暗い中を出発。

昨日ある程度偵察してあったのでスムーズに懸垂一回で雪渓に降り立つことが出来た。

軽アイゼンをつけて、雪渓に乗る。

雪渓は固くしまっており、軽アイゼンがよく効く。

降り口はF2手前の右岸側に雪渓が繋がっている場所で、バイルを刺しながらクライムダウンすることが出来た。

雪渓の状態はすこぶるいいと言ってよく、運がよい。

F2はチョックストーンの滝で、直登出来ないので右岸の凹角を登る。

1P(朱宮)30m。

5.8くらいの簡単な登りだが、プロテクションが取りにくいのと浮石が多いので注意。

30mばかり登ると残置のペツルが1つありここで切る。

2P(三好)30m。

さらに右に回りこむが適当な低木もクラックも無く、ランナーが取りにくい。

しばらくトラバース気味に進むと残置の懸垂支点がある。

が、気が付かずそこからあまりよくない急峻な草付きを直上して、残置のシュリンゲとビナのかかった低木でビレー。

ここから懸垂してF2のすぐ上へ降り立つ。

右岸には雪渓が残り、側壁も上部からの浮石が多く悪そうだったので、左岸のガレ場を直上して行き、テラスまで登り詰める。

テラスにはボルトとハーケンの懸垂支点があり、これを利用して再び、沢に降り立つ。

大スラブの取付きは懸垂して降りたすぐ反対側に取った。

うおー、ようやく大スラブだ。

でも、思ったより怖そうだ。

R3よりなんて行けそうに見えない。

緊張してきた。

3P(朱宮)50m。

階段状を右上し、その後直上、所々エイリアンがつかえるリスがある。

潅木で1Pを終了。

エイリアン黒&青。

4P(三好)50m。

凹角を直上。

ミズナラの群落まで。

フリクションがよく気持ちいいのだが、エイリアン黒&青を効かせた後はランニングが取れないため、びびって時間がかかる。

5P(朱宮)50m。

群落の左側に沿って直上。

快適なフェース。

潅木でランニングが取れる。

6P(三好)50m。

摂理面に沿って左上。

クラック沿いに大ハング下の潅木にて終了。

振り返ると、壁尾根側壁、紅葉、抜群のロケーションだ。

左俣F2の上に見える壁は、岩がジグソーパズル状にはまっているだけでいつでも落ちて崩れそうで、見ているだけで背筋がびりびりする。

7P(朱宮)50m。

細かいクラックを拾って直上。

フェースの傾斜が増してくると潅木もなくなり、草付き手前の小クラックにエイリアン3つかませて支点とした。

8P(三好)25m。

大ハング(実際見ると垂直以下)の下の草付きにそって右にトラバース。

潅木帯に入ったら直上。

凹角や、右のリッジにルートを取ろうと右往左往したあげく、動いてはがれそうなスタンスにどうしても乗り込めず、時間も費やして、交代することにする。

9P(朱宮)25m。

顕著な凹角を直上。

右側の壁はややぼろい。

5.9程度。

潅木2本、エイリアン2つでランニングを取った。

スラブに出たところのミズナラで終了。

10P(三好)50m。

クラックに沿って直上。

傾斜はないとは言え、びびり屋の私には手ごわい。

途中ハーケン1、細い潅木などでランニングをとって、あとはひたすらランナウトし、ロープ一杯まで伸ばす。

ビレイ点はエイリアン1、ハーケン2で取った。

11P(朱宮)50m。

潅木でランニング1、特に問題無し。

ひたすら直上する。

12P(三好)50m。

そろそろR3の方に近づきたいと思いやや左上後、直上。

ブッシュ3つでランニング。

暗くなるまで時間もなく、傾斜もますます緩くなり、よいしょ、よいしょと走るように登る。

体育会系のノリになってきた。

13P(朱宮)50m。

凹角を直上、潅木をのっこした後、右の凹角に移り潅木でビレイ。

14P(三好)50m。

顕著な凹角を直上、途中で右手のカンテに移りスラブの尾根上を再び直上。

上に針葉樹が見え、右側は大スラブ右ルンゼで、大きく切れていた。

15P(朱宮)30m。

左へトラバース。

R3の方がよく見えるところで潅木ビレイ。

このまま潅木づたいに直上してから左側にトラバースするか、左下に見える潅木の小群落から懸垂して下の草付きバンドから左にトラバースし潅木からR3に下降するという2つのルートが考えられたが、かなり暗くなり早急な決断を迫られた結果、後者を取ることにした。

17:30。

50mぎりぎりの懸垂で、草付きバンドまで届いた。

16P。

そのまま、バンドを歩いてトラバース。

17P(朱宮)40m。

かなり暗くなりヘッデン行動となり、勘もにぶく、遅いのを自認している三好は、朱宮にリードを交代。

凹角を直上して潅木群落の中を左にトラバース。

18P(朱宮)20m。

さらに左へ藪をこぐとR3に自然に出ることが出来た。

なんでこんな近くで切るのかなと思いつつ、三好もフォローで行ってびっくり。

そこは、適当な砂場からなるすばらしいテン場だった。

本当は、ここで焚き火をしようと計画していたのにな。

自分の遅さが情けない。

 

10月8日(月)

晴れ

出発(6:40)~コル(11:00-30)~登山道(16:30)~内蔵助谷出合(17:15)~ダム(18:10)

あまりにも快適な場所で寝過ごしてしまった。

今日も天気がいい。

上を見上げると大ヘツリ尾根の3つの針峰が見え、振り返れば中尾根ドーム、中尾根支稜、その後ろには後立山の稜線が続いている。

明るい沢。

この標高まで来ると紅葉もますます美しい。

春とは全く違う風景だ。

いくつもの顔が思い出され、悔しくて涙が出そうになるのを堪える。

ここからしばらくは簡単な滝をいくつか越えて行く。

スラブでホールドがあまり無いため、フリクションを効かせて登って行く。

三好は少しでも濡れていると怖くなってしまい、途中2回ほど、ザックを引き上げてもらった。

情けない。

8:00ごろ大へつりの最後の針峰の直下に40mほどの滝に遭遇。

左のブッシュ帯を巻けるが、行けそうだった左の凹角に沿ってフリーで直上する。

フェース部が悪そうだったので、右にバンドに沿ってトラバース。

しかし、この右側の壁は摂理に沿って板状にはがれる最悪の壁だった。

ここにエイリアン2つと細い潅木でビレイを取ってザイルを出すことにする。

朱宮リード。

傾斜はそんなにきつくないが、とにかくぼろいらしく、落石がばんばん落ちてくる。

10mばかり右壁に沿って直上し、この右壁にナイフブレード3枚を重ね打ち、あまりにも悪いのでザックを残置して登って行く。

ぼろいギャップを慎重にのっこすと薄くはがれるフェースになる。

さらに10mばかり右壁に沿って直上後ハンノキでビレイ。

ロープを固定してもらい登る。

この後は尾根上をひたすら直上して行く。

潅木が出てきたら左へトラバースして沢芯へ降りる。

前方に大きなダケカンバが見えるのでそれを目指してひたすら登る。

尾根は見えてからがむちゃくちゃ遠い。

朱宮に追い立てられ、ばてそうになりながらコルまで着いたところで、すでに11:00だ。

朱宮がめざとく取ったクロウスゴの実がとてもうまい。

計画通り、南峰右ルンゼを下ることにする。

真正面にダムが見えるがどれくらい時間がかかるだろうか。

直線距離ならすぐなんだけどな。

コルから木を使って2P(40m、40m)懸垂し、しばし沢沿いに歩く。

やがて滝が現れるので右岸のヒノキを使って懸垂する(40m)。

比較的新しい残置のシュリンゲもあった。

続いてかなり大きな滝があるので、そのまま右岸のヒノキから懸垂。

右からルンゼが合流している。

50mぎりぎりで沢芯に降りることが出来た。

ここは浮石が多いので注意。

それからしばらくはなだらかなゴーロが続く。

段々、沢幅が狭くなり、滝が連続してくる。

しばらくはクライムダウン。

朱宮はすたすた行くが、三好は2回くらいザックをスリングで下ろして受け取ってもらう。

20m滝は沢の中に残置のハーケン2本とボルト1本があったが、離れているし、古そうなので、ナイフブレードを一本打ちたした。

次の20m滝は左岸にハーケン3本と赤いシュリンゲがかかっており、それを利用する。

ボルトもハーケンもほとんど雪崩で飛ばされてしまう印象があったが、こっちはきちんと残っている。

滝自体は表面がぬめぬめで懸垂してもつるつる滑って降りにくい。

別山東面の沢は次の滝は40mと10mの2段の滝。

右岸の潅木を使って懸垂。

最後の20m滝はハーケン5本の残置支点がしっかりしていたので、これを利用して安心して下る。

新しめのスリングもかかっている。

後は内蔵助谷の出合まで30分ぐらい。

出合から左に少し行ったところで、飛石伝いに沢を渡ることが出来た。

そこから笹を少し藪をこいで、登山道まで出る。

トロリーの最終は諦めモードだったが、夕暮れが迫っていたのでダムまで休まずに飛ばす。

着いたのは、ちょうど真っ暗になった18時過ぎ。

ヘッデンは出さずに済んだ。

トロリーバスは17:35までなので、あとはトンネルをひたすら歩くことになる。

朱宮は初めてだったので、なかなかきつかったが、破砕帯の通過の緊張感などバスに乗っているだけではわからないことを体験できて感動した、とのこと。

でも、もういいかなとも言っていた。

大町側に出たときの開放感はこの上ないんだけどね。

見渡せば、次から次へと、行きたい壁が、ルンゼが、目に飛び込んでくる。

どこでも登れそうで登れない壁、草付き、雪渓、脆さ、ルート図では読めない未知が黒部にはつまっている。

体全体、自分の能力全てを注ぎこむような山登りがここにある。

だから、行きたくて行きたくてたまらないのかもしれない。

黒部に惹かれてしまうのかもしれない。

結局のところ、「御伽の国」は、実力不足の私にとってはまだまだ「御伽の国」でなかった。

最初から最後まで朱宮に頼りっぱなしだった。

天気もよく、雪渓の状態もよく、運がよかった。

もっともっと修行をつんで、自分の力で、また黒部に向かって行きたいと思う。