谷川岳 一ノ倉沢 衝立岩中央稜

2014年10月18日(土)
赤井、平岩あ(記)

前日の夜、上里SAで待ち合わせ、赤井号で一路谷川へ。赤井号は広くて快適な上、運転も全てお願いしてしまった。至れり尽くせりじゃ。
ロープウェーの駐車場は7:00AMにならないと侵入出来ないので、下の駐車場に停める。
テントを張って、少しだけ酒宴の後就寝。翌朝携帯が鳴るまで爆睡だった。

4:00に起きて、5:00丁度に出発。
一ノ倉の出会まで歩いていると、横をおじさんが軽快にチャリで抜いていく。
最近こういうスタイルが流行っているのか・・・と少し感心したけど、自転車持ってくる方が面倒か、と思い直す。
それにしても、いよいよロープウェーの駐車場もダメ、ってなって、年々出会から離れて出発させられてる気がするぞ。

50分くらい歩いて出会に到着、ハーネスとか付ける。
今日は天気がハンパなく良くて、カメラを構えた人達も沢山だ。
赤井さんの、途中の非難小屋に住み付いている人が居るという怪しい話を聞きながら、一ノ倉沢に踏み入る。

1時間30分くらいで取り付きに到着・・・って、人が居ないんですけど。
先行Pは南稜のようでそのまま左方向に行ってしまい、後から来たPも凹状とか言って居なくなってしまった。
うーん、にわかに信じがたいのですが、こんなスーパーな天気の日に、まさかの貸切?

8:00登攀開始。
1P目、赤井
取り付きから左上、難なくビレイ点へ。
2P目、平岩
カンテを左に出て直上、カンテを右に反対側へトラバースする手前にピカピカのボルトが打ってあったので、そこで切る。
3P目、赤井
カンテをトラバースして正面に戻ってからから直上。途中でロープの流れが悪くなり、20m行かないくらいで一旦切る。
4P目、平岩
そのまま気持ち右上気味に登り、上のルンゼ状(トポだとチムニーとなっている)を越えたところでビレイ。35mくらい。
谷川中央稜5P目、赤井
ふつうに登って、トポのピッチよりも少し上のピナクル状まで延ばす。35mくらい。
6P目、平岩
気持ち右上気味に登る。右寄りに登ったらⅣくらいあって、あれー?と思って左を見たら、下から簡単そうな凹角が続いていてその上にピカピカボルトが打ってあった。むむ。
7P目、赤井
右上気味に適当に登って、丁度良さそうなところで切る。
8P目、平岩
同じく適当に右上気味に登って、またピカピカボルトがあったのでそこで切る。
9P目、赤井
もう上が目の前。「最後のピッチですね、宜しくお願いしますー」とか言って見送ったものの、最上部で少し時間がかかっている。あれ?トポだとⅡ~Ⅲってなってるのに??
が、フォローしてみて納得。自分が前のピッチでもっと右に出てないといけなかった模様。最上部は赤井さんがそこそこ悪いピナクル状を左に登って終了としていた。
出来の悪い後輩で済みません・・・。ということで、登攀終了は、11:30。結局、本当に貸切だった。

衝立岩のてっぺんからの景色を眺めながら、しばしお昼を食べる。
平和じゃ。

そして、下降は北稜から。
下降点には、ここから降りて下さい、と言わんばかりのラペルステーションが設けてある。
これだけガッツリ支点があると安心には違いないんだけど、何だか微妙に寂しさを覚える・・・。

そこから懸垂5ピッチで、ルンゼ状の底に(以降はロープを出すところなし)。
歩いて略奪点らしき岩を通り過ぎ、衝立前沢?の右岸側についた踏跡を辿る。
途中で左に向かって尾根を越す形で衝立前沢に入ると、後は沢下り。
赤井さんはコレを予想していたかのように、沢靴をアプローチシューズ代わりに履いていて、快適そうに下っていた。
ずるい。

14:50一ノ倉沢出会に到着。
観光の方がかなり居たので、この2人、相当場違い。
でもそんな事は気にせず、しばらくハーネス外したり、食べたりしながらまったりしていると、怖いもの知らずの人は居るもので、赤井さんにカメラのシャッターを頼んでいる人がいた。
ふと横を見ると、出会の駐車場には、ロープウェーとの往復バスが停まっていて(有料??)、乗せてってくれーとか思う。
さーて、と思い腰を上げ、トボトボと歩いて駐車場まで。

それにしても、天気と言い、貸切状態と言い、今日は一日、怖いくらいの素晴らしいコンディションだった。

コースタイム:
5:00駐車場 → 6:00一ノ倉沢出会 → 7:30中央稜取付 → 8:00登攀開始 → 11:30終了点→ 12:15北稜下降点、下降開始 → 14:50一ノ倉沢出会 → 16:00駐車場

谷川岳 一ノ沢左方ルンゼ

2007年3月24日
向畑、長門(記)、金子夫婦

今日は日帰りなので荷物が軽くて出発から足どりも軽い。

アルパインが初めての金子夫妻はちょっと緊張気味だ。

天気予報では午後から崩れるので、午前中で登れるところと考え安易な選択だったけど、意外にも楽しめたと思う。

ルートは快適なアイスクライミングとちょっと怖い雪稜があり、いい感じだ。

核心は前半がチムニーの滝と、後半はルンゼをぬけてからの一・ニノ沢中間稜のナイフリッジだった。

2:40指導センターを出発、6:00ぐらいに取付きに着く。

先行パーティーが登っている。

我々も取付きで準備をしていると僕のアイゼンのバックルが折れてしまった。

スタートからついていない。

ここまで来たのに登れないのはもったいないから、一人で東尾根にでも行こうかと思ったが、ガムテープでぐるぐる巻きにしたら驚いたことにアイゼンがピッタリと靴に収まった。

これはいける。

人間、あきらめないのが肝心だ!これからガムテープは必需品にしよう。

長門、金子さんで先行し、向畑さん、金子夫人でロープを組みいよいよスタート。

1P目、70度ぐらいのアイス、50mぐらいでピッチを切った。

2P目もいっぱい伸ばして木でビレイ。

3、4P目もロープいっぱいに伸ばす、垂直部分もあるが短いからそれほど問題ない。

5P目チムニーの滝、僕はここがちょっと難しかった。

ベルグラに引っかけて、ステミングでこえると緩い雪田。

チムニー上のビレイ点を、ピトン一つ足したが回収し忘れてしまった。

伝言はちゃんと伝えないといけないな。

これが長い壁なら、ピトン一つでも大問題。

あとは雪壁をコンテ混じりの2Pでアイスは終わり、後はコンテで100mほど登り一・ニノ沢中間稜に合流。

左方ルンゼはそれなりにおもしろかった。

初めてでも、難なく登った金子さんも満足げだ。

ここからは微妙なリッジクライミングとなる。

雪もそれほど付いてないからいいが、積雪が多いと大変だろう。

部分的に嫌らしいが、途中の木や岩角が適度にあるから恐怖は少ない。

6Pで東尾根に合流。

12:00に国境稜線。

風も強くなり、予報通りに天気も下降気味なので早々に下山。

14:30に指導センター着。

タイム

02:40指導センター~06:00左方ルンゼ取付き~10:00一・二ノ沢中間稜~12:00国境稜線  14:30指導センター着

 

谷川岳 一ノ倉沢 衝立岩雲稜第一ルート

2007年3月3日~4日
向畑(記)、長門

3月3日

1時頃センターに到着。

3時に起きようかと思ったが、この1週間で3回目の山行の長門君が全く起きる気配を示さないので4時まで寝る。

5時出発。

雪は、今まで一ノ倉に通ってきた中で最も少ない。

ただ、テールリッジや衝立スラブの雪は結構安定していた。

中央稜基部にザックを1つデポし、雪壁をトラバースして目印のブッシュを目指す。

8時30分頃より、向畑リード、以下つるべで登り始める。

天候は晴れたり曇ったり。

ちなみに、向畑はこのルート、無雪期は3回登っているが、積雪期は3回敗退している。

1ピッチ目、アンザイレンテラスまでの雪壁。

通常、この雪壁は結構悪いが、今回は一部草付きが出ていて、アックスが効くため簡単だった。

尚、過去3回はいずれも雪の多い年に取り付いたため、アンザイレンテラスにも雪がヘッタリと付いていて、テラスに乗り移ることもできなかったが、今回はビレーポイントも完全に出ていた。

2ピッチ目(夏の1ピッチ目)、雪がほとんど付いていないため、ここより洞穴ハング上まで、フラットソールに履き替えて登る。

2人用テラス手前の凹角は、アイゼン、手袋では非常に悪いが、フラットソールの長門君は簡単にフリーで超えて行った。

3ピッチ目、第一ハング。

当初、セカンドもフォローで登るつもりだったが、ザックにアイゼン2組やピッケル2本など装着したところ、重くて登れなくなり途中からユマーリングに変更。

4ピッチ目、第2ハング。

第2ハングと第3ハングの間が特にもろく、ピンの腐食も激しいように感じた。

5ピッチ目、左上後、フェースを直上。

6ピッチ目、第3ハングを超え、ボサテラスへ。

時間は16時頃で結構いい時間だったが、あまり快適でなさそうだったので、洞穴ハング上のテラスまでがんばることにした。

この辺りより傾斜が落ち、壁に雪が付き始める。

7ピッチ目、下部は草付きダブルアックス(足元はフラットソール)。

中間部の立ち木まではランナーが取れるが、上半分フリーの部分はほとんどピンがない。

やっとピンを見つけたのでバイルでたたいてみたら、頭がポッキリ折れてしまった。

少し、強くたたき過ぎてしまったようだ。

正規ラインの凹角沿いは全くピンが見当たらないため、気休め程度のブッシュをたよりに左のカンテを登り、洞穴ハングの下部に合流。

8ピッチ目、洞穴ハングをヘッデン登攀。

久々のハングのユマーリングで向畑がはまってしまう。

終了は19時頃かな。

テラスの雪を削り、2人で腰掛けビバークとなったが、いつもと違いほとんど寒くなかった。

3月4日

5時頃起床。

今日も晴れたり曇ったり。

7時00分ころより登り始める。

9ピッチ目、ルンゼ状の草付き。

ここよりアイゼンを付ける。

10ピッチ目、スラブと草付き混じりの雪壁。

途中から左上し、中央稜の終了点に直接出る。

9時頃終了かな。

そのまま中央稜を下降、取り付きに11時頃着。

センターには14時頃着。

壁には中央稜に2パーティーいただけだったが、ルンゼはこの2日間、大盛況だったようだ。

尚、このルート、最近ではボロ壁ルートのように言われているが、個人的にはそれほどひどいとは思わない。

確かに、岩はもろく、支点の老朽化も進んでいるものの、もともと、弱点をつき、ピトン主体で開かれたルートなので、カムとピトンがあれば十分に対応できると思う。

また、出かける前からある程度は予想はできていて、それでも取り付いてしまったのだが、今回のような条件では、冬季登攀とは呼べないかも知れない。

 

 

谷川岳 幽ノ沢 中央壁左方ルンゼ

2006年11月4日
森広(記)、倉田

晴れ~曇り。

明るくなるのを待って幽ノ沢に入る。

今日はほかに誰もいない。

我々だけの貸切状態だった。

カールボーデンから左方ルンゼに向かって少し登ったところでロープを出し、2ピッチでT4、さらに左上に2ピッチでルンゼの中に入る。

ここまで残置支点がほとんどなく、確保支点もピトンで補強する。

5ピッチ目は残置支点がかなりあるが、どれも腐っている。

見るからに腐食の進んだピトンは、軽く触れるだけで動いたり、折れたりする。

左から登り、中間のバンドで右に移って、人工で右のカンテに移るが、腐れピンに荷重するのは度胸がいる。

残置支点がゴミに埋まっているところを見ると、ほとんど人が来ていないのかもしれない。

このあたりの高さで、中央壁は岩質が変わって、割れ目が細かく入ったもろいものになり、傾斜も強くなっている。

カンテから小ハングの上に出てピッチを切る。

6ピッチ目から、また残置ピンは乏しくなる。

しかし岩質は比較的硬くなる。

2ピッチで狭いルンゼに入り、少し水の流れている中央を左右に避けて登る。

最終ピッチの確保支点だけ、なぜかぺツルのボルトが打ってあった。

冬用だろうか?コルに出て終了。

カム類が有効に使えた。

中央壁の頭に出て、中芝新道を下るが、芝倉沢に雪渓のかけらが残っていたのには驚いた。

これは越年するかもしれない。

 

 

谷川岳 一ノ倉沢 滝沢ルンゼ状スラブルート

2006年3月11日
向畑(記)

今年の滝沢はお買い得、ほとんどそれだけの理由で登りに行った。

少なくともここ10年以上毎年見ているが、こんなに滝沢下部が埋まっているのは初めてだ。

そこで、まだ登ったことがないルンゼ状スラブに行くことにした。

11日

2時30分に指導センター出発。

旧道には先週のトレースが残っていたが、標高の高いところは2~3日前に雪が降ったようで、一ノ倉沢の上部では多少新雪が乗っていた。

ただ、くるぶし位までもぐる程度なので、膝やかかとに古傷を抱える身には、かえって歩きやすくて楽だった。

滝沢下部には暗いうちに到着。

10年以上前に第三スラブと間違えて第二スラブを登っていて、今回また、ルンゼ状スラブを登るつもりで三スラを登ってしまうとかなり恥ずかしいので、5時30分を過ぎ、明るくなってから取り付いた。

取り付きのクレバスを慎重に乗っ越すと、わずか一歩で滝沢下部が終わってしまった。

何年か前に三スラを登った時に、ルンゼ状スラブも確認したはずだったが、雪が多いためか、Y字川原もどこだか良くわからない。

行き過ぎたような気がしてかなり急な雪壁を強引にトラバース、左のルンゼに入る。

随分狭いなあと思いながらも登っていると、だんだん岩が出てきて薄いベルグラ登りになる。

さらに50mほど行くと雪壁から小さなリッジに出て、ルンゼは終わってしまった。

何となく、ルンゼ状スラブのさらに左のルンゼを登ったみたいだが、技術的にはそこが一番難しかったかも。

結局、その小さなリッジの右側がルンゼ状スラブで、ブッシュ伝いにスラブ内に降りることができて本当に良かった。

見上げると、200mほど上に一応カーテン状の第一の氷瀑がかかっている。

しかし、近づいてみると、傾斜もスケールも大したことはない。

それでも、失敗は絶対に許されないので、意識して、ゆっくりと、呼吸を整えながら登る。

スクリューが良く効きそうなので、ロープがあれば快適だろうなと思った。

氷瀑の上は再び雪壁で、さらに100mほど上には第二の氷瀑が見えている。

こちらはさらにスケールは小さいが、途中からモナカになってきて焦ってしまう。

その上はさらに雪壁で、7時30分には滝沢リッジに到着。

ルンゼ状スラブは滝沢の他のスラブと異なり、雪壁から直接滝沢リッジに出てしまう。

草付き帯がないのですっきりしていると言えばすっきりしているが、その分滝沢リッジ最上部のドームに続く切れたリッジを登らないといけない。

トレースがついてしまえば簡単になってしまうが、今回、ルンゼ状スラブは2時間程度で終わってしまったのに、滝沢リッジを抜けるのに1時間半もかかってしまった。

どちらかと言えば、こちらの方がロープが欲しかった。

滝沢リッジに出た所で、二ノ沢右壁を上がってくるパーティが見えた。

この2人、後で分かったがYCCの佐野(耕)、畑パーティだったらしい。

右壁側にはできるだけ雪を落とさないようにしていたが、そんなことならガンガン落とせば良かっ………たとは決して思ってません。

ドーム基部9時着。

ここに来るのは4回目だが、ドームも今までで一番埋まっている。

何となく、5~6手程度で抜けられそうな(そんなに甘くはないかな?)気がして、ドームもかなりお買い得かなと思ってしまった。

国境稜線10時着。

西黒尾根を降り、指導センターには11時45分に着いた。

 

谷川岳 幽ノ沢 中央壁正面フェースルート


2006年2月19日
向畑(記)、清水(東京YCC)、長門

18日、23時に湯檜曽駅で清水君と待ち合わせ、指導センターでパッキングして19日、0時30分に出発。

スキーを履いていくが、向畑の20年もののシールはあまり役に立たず、特に斜め斜面でははがれてずれてエッジにかぶさり、何度も滑落しそうになった。

幽ノ沢出合3時頃着、スキーをデポして中央壁を目指す。

2年前に来た時は、気が付いたら左股に入っていて敗退したが、今日は月が出ているので間違うことはないだろう。

取り付きに着く頃ようやく明るくなってきた。

6時30分頃到着。

正面フェースの氷柱は出だしがやや薄そうだが、状態は割りと良さそうだ。

手前のクレバスでロープを結び、向畑リードで7時頃スタート。

1ピッチ目、雪壁をコンテでトーフ岩の基部まで、腐りかけのピトンとスクリューでビレー。

10㎝スクリューが3分の2ほどしか入らなかった。

2ピッチ目、トーフ岩の右側の薄い氷を登り、トーフ岩の上を左に斜上。

「ロープいっぱい」のコールがかかるが、さらに伸ばして左のリッジ状のビレーポイントへ。

ビレーしていると、中尾根に取り付いた佐野(友)、青山パーティが、ものすごいスピードで抜かしていく。

我々が湯檜曽を出た時には、まだ駅で飲んでいたはずなのに。

3ピッチ目、一旦左に戻り、傾斜はあるが安定した氷を登る。

ほぼ垂直の最上部を巻こうとして左に行ったが、氷が薄く岩をたたく。

再び右に戻り、最後のカーテン状を左から越える。

傾斜の落ちたところの安定した氷でビレー。

4ピッチ目、清水君にリードを代わってもらう。

2~3mで傾斜はさらに落ちて雪壁となる。

50mいっぱい伸ばし、ルンゼ状となったところでスクリューをセットしようとした瞬間、ものすごい量のスノーシャワーに直撃されたらしい。

下でもかなりびびったが、さすが重量級、何とか持ちこたえたようだ。

5、6ピッチ目、再び雪壁。

佐野、青山パーティは、すでに石楠花尾根下部を歩いている。

7ピッチ目、長門君にリードを交代。

草付きを直上後、リッジを右から回り込んで左上。

8、9ピッチ目、雪壁2ピッチで中央壁の頭へ。

14時頃終了。

抜けたところのすぐ先で、佐野、青山パーティのトレースと合流。

堅炭尾根からベータルンゼ経由で17時頃幽ノ沢出合へ。

スキーを回収し、19時30分位に土合着。

焼肉屋でビールを飲んでしまったため、帰宅は長門君が翌3時30分、向畑が4時30分。

さらに、1人宇都宮に向かった清水君が自宅にたどり着いたのは、翌朝5時だったそうだ。

 

谷川岳 一ノ倉沢 変形チムニールート

2005年3月6日から2日間
向畑(記)、長門


2月も中旬を過ぎて、今年もそろそろ谷川と思っていたが、なかなかお天気が良くならない。
雪も結構多いらしい。
しかし、週間天気予報を見ると、3月7日の月曜日には新潟県も晴れることになっている。
どうやら、今シーズン初めての本格的な移動性高気圧が来るようだ。

有給休暇どころか休日出勤の代休も消化しきれずに終わってしまう身で、決算の3月に平日休むのはなかなか大変なのだが、移動高が来てしまったものは仕方がない。

今シーズンはあまり山に行けてなかったこともあって、月曜休んで日月で出かけることにした。
ルートは、前から行ってみようと思っていた変形チムニーにした。

パートナーの長門君は、26歳でやっと大学を卒業するというのに就職が決まらず窓拭きのアルバイトをしているという、将来非常に有望な若者だ。

一応、月曜日休めるか聞いてみたところ、「月曜日っすか、全然問題ないっすよ」との、何とも心強いお言葉。

ただ、水上でも19年ぶりの大雪とのこと。万全を期して、5日土曜日午後から出かけ、その日のうちに一ノ倉沢出合まで入っておくことにした。

13時過ぎに関越に乗った時は土樽から先でまだチェーン規制をしていたが、土合に15時過ぎに着く頃には雪は止んでいた。

一応、一ノ倉沢出合までのアプローチ用にワカンを持って行ったが、出合まではハイキングツアーか何かでかなりの人が入ったようで、立派なトレースがついていて全く不要。

1時間強で出合の小屋に着いてしまった。

3月6日

当初、1時、遅くても2時には出発とか言っていたが、小屋の中に張ったテントはあまりにも快適で寝込んでしまい、2時30分出発にずれ込んでしまう。

「せっかくワカンを持ってきたんだから持って行って見るか」
と半分冗談で言ったら、ワカンを使ったことがないという長門君に
「ぜひそうしましょう」
と言われ持って行くことに。

しかし、これは結果的に大正解。

もし、ワカンがなかったら、時間がかかり過ぎて取り付きに着くまでに敗退していたと思う。

一ノ倉沢に入るとさすがに雪が深く、衝立沢に回り込んで傾斜が増してくるとワカンを履いても腰までもぐるが、それでもなかなか調子がいい。

最初はどこまで行けるかと思っていたが、雪がたっぷりあるので斜面を回り込んでワカンを履いたままテールリッジに上がれてしまった。

まさか、テールリッジでワカンが使えるとは思ってなかったが、上のスラブの松の木あたりまでそのまま登れてしまう。

ブッシュ交じりとなり、さらに傾斜が上がってくるあたりでアイゼンに履き替え、ワカンは最後の立ち木にデポしていく。

中央稜基部でロープを付け、そこからはコンテで変チの取り付きを目指す。

結局、この日も快晴となり、この2日間は絶好のクライミング日和となったが、取り付きについたのはすでに9時。

割と快調に来たつもりだったが、それでも出合から6時間半かかっていた。

日が当たって気温が上がり、そろそろ上部からの落氷が始まりかけていた。

1ピッチ目、取り付き手前のクレバスを苦労して乗っ越し、スラブに張り詰めたベルグラをダブルアックスで登る。

ベルグラは薄いながらも何とか続いていた。

一ノ倉沢全体に日が差して、二ノ沢、滝沢、三ルンゼあたりから、規模の大きな雪崩が頻発、ものすごい迫力で雪煙が舞い上がっている。

2ピッチ目、ベルグラは続いていないので岩登りになる。

残地支点から垂れたスリングをピックでひっかけてずり上がる。

さらに、雪壁をダブルアックスで変形チムニー下へと行くが、2ヵ所くらいあったと思ったビレーポイントが埋まっていて見つけられない。

残地ボルト1本に、ハーケン2枚を叩き込むが効きはいまいち。

気休めにスクリューもねじ込むが、氷が緩んできていて、長門君が手で引っ張ると取れてしまったらしい。

ちなみに、壁も雪が多く、下降も含めて支点が見付からなかったり、場所は分かっていても雪や氷が厚くて掘り出せないところが結構あって苦労した。

また、ビレーポイントがないので仕方なくロープを伸ばしたため、トポのピッチ数よりも少なくなっている。

3ピッチ目、変形チムニーは完全に雪に埋まっていて雪壁のようになっている。

もしかして楽勝?とか思ってしまったがやっぱり甘かった。

実際は詰まっている雪を全部掻き出さないと登れず、最初のピンを掘り出すのにかなりの時間を使ってしまった。

また、上から直径20㎝ほどのつららが垂れていてじゃまで仕方がない。

しかも、つららを伝って流水が水道の蛇口をひねったように流れてきてちょうど頭を直撃。

体が上がるたびにつららをバイルで叩き落すが、落としても落としても水が同じところから落ちてきて(当たり前か)体を濡らす。

抜け口のフリーは背中を付けてバックアンドフットの体勢になればいいことは分かっていたが、躊躇しているうちに全身ずぶ濡れになってしまった。

ここでも、チムニーを抜けたところにあったと思ったビレーポイントが見付からず、さらにフェースを登りその上のビレーポイントへ。

濡れて寒くて仕方がないのでザックからフリースを出してみたら、フリースもぐっしょり濡れていた。

また、ヤッケのポケットに入れていた替えの手袋も目出帽も、この時点で全て濡れてしまった。

4ピッチ目、バンド状から雪壁を下り気味に右にトラバースして正面ルンゼへ。

しかし、ここでもビレーポイントが見付からず、氷雪の詰まった正面ルンゼを直上。

中央カンテと合流する当たりでも支点が取れず、仕方がないので長門君にビレーを解除してもらい、さらに上にある正面ルンゼダイレクトのビレーポイントまでコンテでロープを伸ばす。

5ピッチ目、右にトラバースして中央カンテに戻り、直上後左に回りこんでハング下のビレーポイントへ。

6ピッチ目、ピトンベタ打ちのハングの人工から四畳半テラス下のクラックへ。

カムを交えた人工と、ワンポイントのスカイフックからダブルアックスで抜ける。

中央カンテに合流してからも、雪の付着が多く決してやさしくはない。

しかし、このあたりは冬だけでも3回ほど登っているのでほとんど覚えてしまっているのだった。

四畳半テラスも完全な雪壁になっていて、過去に2泊もしたのに気付かずに通り過ぎかけた。

何とかビレーポイントの端っこを掘り出しビレー。

長門君が上がってきた時には既に日が暮れていた。

時計を見る余裕がなかったけど6時半位かな。

雪に埋まった四畳半テラスは、本来上の方にあるはずの支点が足元になっている。

取りあえず掘り下げようとするが、埒が明かないので2人が腰掛けられるスペースを作ってあきらめ、ツェルトをかぶってしまう。

狭い上に全身ずぶ濡れでのビバークはさすがに辛く、2時ころからは寒くて寝ていられなくなり、ガスを付けて雪を溶かしたり、お茶を飲んだりして過ごした。

夜は雪が降っていて風が強く、明るくなってからもしばらくは小雪が舞っていた。

寒くて体が硬直し、なかなかツェルトから出られないでいたが、そのうちに薄日が差し始めた。

もし、朝になっても吹雪いていたとしたら、この状態で登るのはかなり辛いかなと思っていたが、今日は予報どおりに晴れてくれて本当に良かった。

3月7日

7時半頃出発。

7ピッチ目、氷の詰まったルンゼを登るが、支点も氷で埋まっている上に、落ち口にはきのこ雪のようなのができていてハングしている。

登って行ってピックを刺してみると全くスカスカで、だましながら右から巻くように超える。

ここでも、テラスにあるはずのビレーポイントは掘り出せないため通り越し、ハーケンが縦に並んだ支点を補強して使う。

8ピッチ目、雪壁からバンドを左にトラバースし、凹角を人工で登り烏帽子岩の基部へ。

ここも、ピンがベタ打ちになっているはずのビレーポイントが完全に氷に埋まっている。

何とか掘り出したスリングの端を連結しビレー。

終了は大体10時頃。

下降は懸垂で中央カンテのチムニー上から凹状岩壁沿いに降りたが、昨日は氷雪に覆われていた凹状核心部も、この2日間の好天で岩が完全に露出している。

ここは晴れた日に水が流れているのはいつものことだが、雪が多いたためか今までで見たことがないほど大量の水が流れていて、壁から離れたところにもシャワーのように降り注いでくる。

そのため、せっかく日に当たって乾きかけていたのに、ここで再び全身ずぶ濡れになってしまった。

変チの1ピッチ目のベルグラも落ち、スラブには水が流れ、夜中に降った雪がところどころに乗っかっている。

また、昨日は結構つながっていた大氷柱もほとんど落ちてしまっている。

もしも、今日だったら取り付けなかったかも知れない。

テールリッジでワカンを、出合の小屋でデポをそれぞれ回収、重荷を背負い、緊張感が途切れた途端、20歳近く年の離れた長門君について行けなくなる。

2年前に骨折した足首が痛み出し、トレースを踏み外しこけまくり、土合に着いたのは17時近くになっていた。

 

谷川岳 一ノ倉沢 4ルンゼ

2004年9月21日
大滝、森広、菅野(記)


一ノ倉は雪渓が完全に消えていた。

本谷をつめていくと4ルンゼに出るようだが、本谷核心部の大滝などを横目にテールリッジ~衝立岩~烏帽子沢奥壁~本谷バンドを超えていく。

初・谷川なので岩を見物がてらいく。

4ルンゼは岩の崩壊があり、様子がだいぶ変わったと言う。

F2は左壁から右に落ち口へA0で行く。

F3は上部にチョックストーンのあるチムニー滝で、水が流れていて冷たさを感じもがきながらチョックストーンを登る。

F4が核心であろうか。

右側から登ると少し傾斜があり唯一壁らしいが上部で冷たい落ち口をトラバースする。

後は快適なスラブを登り、最後は延々と草付き登攀。

丁度日が照り暑くなって来た頃、のどの渇きを感じながら、虫のごとくの速さで草付きを登る大滝さんに感心する。

右よりを登っていくと一ノ倉尾根の踏み後にでる。

全体的には岩というよりは沢登りに近い。

国境稜線を抜けて谷川岳~西黒尾根~厳剛新道を下降する。

帰りの国道では両側にたくさん生えているツキヨダケに森広さんが感動する。

駐車場に戻ると行きにはガスっていた谷川の岩壁がよく見えて感動する。

この岩壁を見て登攀意欲をそそり初登した昔のクライマーは偉大だ。

今回、4ルンゼを登り国境稜線に抜けて谷川一ノ倉全体の様子を眺め、谷川がアプローチ~岩場のスケールを含めて魅力的な山なのだと思った。

 

谷川岳 一ノ倉沢 滝沢リッジ(2Pで敗退)

2003年3月23日
浅野、柴田(記)


駐車場を出たのは午前1時少し前だった。

前週ほど明るくはないが月も出ていてコンディションはよさそうだ。

空にはお星様がキラキラで気温も高く翌日の快晴間違い事が逆に不利だとは思うがまあ何とかなるだろうと出合いに向かい進む。

指導センターでJAC青年部の木下さんと会う。

4ルンゼを単独で登るとのこと。

抜きつ抜かれつで一ノ倉沢出合いまで1時間ほど。

前週同様美しく静かに佇む一ノ倉の壁やリッジに挨拶をして休む事無く登高を続ける。

一ノ倉尾根側の斜面や衝立スラブの雪がかなりここ1週間で落ちたみたいで本谷は前週殆ど無かったデブリで障害物競走状態。

二ノ沢出合いを過ぎてロープ2ピッチ分くらい滝沢寄りに登ったところで左にトラバースし滝沢リッジの取り付きに到着。

登攀用具を身につけて浅野さんリードでスラブとブッシュの雪壁にロープを伸ばす。

柴田はビレー中に急に腹模様が急低下、ビレー解除のコール後はちょっと待ってもらい急いで用足し。

急いでハーネスなどを付け直し、プラブーツのヒモを登攀体制に締め直していなかったことを気にしつつフォローしそのまま2P目をリードする。

雪の状態は思ったより悪く一方でやはり天候は快晴間違いなしの模様。

少しも寒くない。

オムスビ岩まで12ピッチとのことだがこの時点でワンデイでの滝沢リッジ狙いには決して条件がよくない事にいやがおうにも気づく。

自分は月曜日は休暇にしてあったので最悪ドームあたりでビバークとなってもどうってことはないが、浅野さんは明日は朝から那須工場に出張でラインの出荷判定会議との事だし、このまま突っ込むと腐った軟雪に二進も三進も行かなくなりハマる可能性が非常に高い。

2P目のビレーポイントにフォローしてきた浅野さんと状況分析して撤退で合意、登り始めたばかりなのに情けないがここで降りる事とした。

懸垂3Pで取り付きに戻り、キジ跡はピッケルで四散させ本谷をゆっくり下る頃には朝日は一ノ倉の岩壁を鮮やかに染めていた。

時刻は5時30分くらい、今から頑張れば1・2の中間稜や4ルンゼに行って行けないこともないと思ったが、一旦下がったモチベーションはやはりそのまま上昇することも無く出合いまで一直線。

二ノ沢にはトレースが残っており登っていったクライマーのモチベーションを羨ましく思う。

このあたりでヘルメットが落ちていたので指導センターに届けることにしてザックにくくりつける。

何度も後ろの一ノ倉沢を振り返りつつ出合いまで。

今日が今シーズン最後の谷川というのは初めから分かっていたので少々名残惜しいがまあ今シーズンは中央稜も3ルンゼも登れた事だし今回は滝沢リッジの下見と自分を納得させ、こうなったら早く帰って子供と遊びポイントを挽回しようと前向きに駐車場を目指す。

ピッケルもバイルもアイゼンもザックに付けてしまったので湯檜曽川に滑り落ちないように足元に気をつけつつ林道に付けられた高速道路を指導センターまで戻る。

帰路はユテルメに寄る事も無く交代で関越を飛ばし横浜を目指す。

お昼過ぎに帰宅して眠いのを我慢しつつ子供と公園で遊んだ。

 

谷川岳 一ノ倉沢 3ルンゼ

2003年3月16日
浅野、柴田(記)


前年の3月に3スラを登ったあと浅野さんが「次は3ルンゼに行きたいっすねー」

と呟いていたが自分としては危険なルートと言う認識が強かったので「そうねー、でもあそこはチャンスをつかむのが難しいと言うし、とりあえずその前に滝沢リッジが良いかなー」と呟き返していた。

1年が過ぎ前年に敗退した中央稜もほぼ完登、いよいよめくるめく谷川の3月がやってきた。

妻には以前から「3月は特別な月なのだ」と独り言のように言い聞かせており(ぜんぜん聞かれていないかもしれないが)、少なくとも2回、条件がよければ3回谷川に向かうつもりで計画を考えた。

まず手始めに一ノ倉尾根を登りその経験を生かして滝沢リッジを登る事とした。

浅野さんはやはり雪稜には興味はないということで滝沢リッジはYCCのKさんと登ることで連絡を取り合う。

3月第2週は悪天候で登れず。

谷川の風雪はこの時から結局1週間近く続き、第3週木曜日あたりでようやく収まった。

ところが今度はKさんが体調不良でとても山に行ける状態ではないとの事。

がっくりしながらそれでも「浅野さんはどうしているかなー」
とメールすると3ルンゼに行くつもりだが単独は奥さんがなかなか許してくれず困っているとの事だった。

後から考えると結構軽率なのだがとにかく3月の谷川に登りたいと言う願望が優先して
「私も同行したい」
と言うと
「了解」
との事で木曜日夜に3ルンゼの山行が決まった。

金曜日の夜仕事が終わってから車で谷川に向かい午前1-2時頃駐車場を出るいつものパターンを想定していたが浅野さんは別のタクティクスを考えていた。

それによれば雪崩の通路である3ルンゼを登るには夕方駐車場を出て夜登攀し朝になる前に国境稜線に抜けるというものだ。

と言うことで土曜日の午後3時に鶴ヶ峰に集合、多少時間はかかったが環八と関越経由で夜8時頃駐車場のいつもの場所に着く。

身繕いをして9時過ぎに駐車場を出発。

迷ったが結局カメラは置いていく事とした。

月が煌々と明るく雪面を照らし、ヘッデン無しでも問題なく歩ける。

時間が早いため残業帰りクライマー数名の帰還に遭遇するがこちらがヘッデンなしで歩いていることを不思議がっていた。

1時間ほどで一ノ倉沢出合いに着く。

満月とはいかないが13夜くらいの月に照らされて一ノ倉の壁やルンゼは静かにたたずんでいた。

一ノ倉沢出合から奥壁を目指しトレースを進む。

デブリはほとんど出ておらず歩きやすい。

二ノ沢出合を過ぎ、トレースは滝沢のデルタに向かっているがデルタピーク手前で雪崩に埋もれて終わっている。

見上げると滝沢スラブは月光を反射して青白く光りその上のドームは黒い影を落としている。

この世のものとも思えない美しさだった。

デルタから右に大きくトラバースし暫く登ると大きなクレバスに出合う。

中央部からダブルアックスで頑張れば越せそうに見えたので途中までその気で取り付くが、ミスるとクレバスに吸い込まれるのは必定で冷静に考えれば何もこんなところで無理する必要はない。

思い直して右端まで回りこみ繋がっている部分から越える。

奥壁に近づいた為ずっと我々を照らしてくれていた月明かりとはお別れになったが、ヘッデンではっきりと2ルンゼ出合いを確認しそこからわずかの距離でに2ルンゼ出合いに着いた。

かすかにトレースらしきものがあるような気がしたが、雪に埋もれて確信持てず。

ここで改めて登攀準備をすると浅野さんはロープを引いてフリーで登り始め柴田がその後に続く。

すぐにF2の取り付きとなる。

4年前の秋に登った3ルンゼの記憶と地形は一致している。

ルンゼは丸2日は降雪がないはずなのにスノーシャワーがザーザーと数十秒続き、思わず浅野さんと顔を見合わせる。

降雪のあとこのルートを登るのは自殺行為だな、と思う。

柴田がセルフビレイを取るまえに浅野さんが取り付いてしまったので途中で待ってもらったがセルフ用のスクリューもピンも取れるところがない。

数メートル上でランニングを1つ浅野さんが取り、それが比較的効いているとの事を信じ、セフル無しでビレー体制をとる。

F2は左側の方が傾斜が寝ていて登りやすそうだったがそちらは雪の状態が悪いとの事で右端に近い傾斜が強い雪壁を登る。

フォローしてみると確かに傾斜は強いがラビーネンツークの為か雪はしっかり固まっていてバイルが良く効き割と登りやすい。

F2終了点から柴田がロープを引きF3をヘッデンで照らすが登れるように見えなかったので右側のルンゼ状のミックスの方向に向けトラバース、露岩にイボイボを打ち込み(半分も入らなかったが)アックスとともにセルフを取り、浅野さんを迎える。

ルンゼ状のミックスは浅野さんリード。

F2同様割とバイルは決まったが傾斜がきつくなりリード、フォローとも墜落は絶対出来ない。

途中1箇所だけ残置ボルトを確認、YCC松本氏が以前打ったボルトかな、と思いを馳せる。

F3を下にしたあとは雪の斜面を大きく左上する。

本流からは結構高くなっておりちょっと降りられない。

ロープ一杯となっても支点がないのでやむを得ずスタンディングアックスで浅野さんを迎え、その後はロープを伸ばしたままコンテで進む。

途中柴田のヘッデンの電池が切れたので交換する。

夏の終了点が終わると今度は雪壁をまっすぐ登るようになる。

一度立ったまま少憩しテルモスのお茶を飲む。

後ろを振り返ると地平線の縁がかすかにオレンジ色に彩られ、夜明けが近いことが分かる。

本谷にもヘッデンが数個動いている。

既にルンゼは抜けているので雪崩に持ってゆかれる可能性は少ないがところどころに小クレバスがあったりと気は抜けない。

凍った草付きとミックスが現れ再びスタカットに切り替える。

浅野さんにリードをお願いしたがアンカーは凍った草付きにバイルを2本差したものしか取れず、もしもリードが墜落したら二人とも本谷に落ちるのは明らかで非常に緊張した。

フォローしてみるとバイルは割としっかり決まったがアンカーとしていたのは直径3cmくらいの潅木で恐らくフォローが落ちても二人とも本谷直行だっただろう。

こういったピッチは本来はフリーソロで登るべきなのかもしれないが、ロープを着けた安心感は理屈ではないとも思う。

この草付を越え右を見ると一ノ倉岳からの国境稜線がピンクに色づいているのがとても美しく見えた。

前日のものと思われるトレースにも合流し、登攀終了が近いことが分かる。

雪壁をトラバースしブッシュを掴んで慎重に段差を越え、バイルを振るうとそこが国境稜線だった。

「抜けたよー」

と浅野さんに声をかけ、柴田の落としたスクリューを回収しフォローする浅野さんを迎える。

二人でがっちりと握手。

最高の瞬間だ。

それにしても本当に無事でよかった。

二人を守ってくれた全てのものにただただ感謝だった。

一ノ倉岳から二人のクライマーが下ってきて立ち話をすると3ルンゼをかつて登り我々も記録を参考にさせていただいたYCCの松本さんのパーティだった。

記録が参考になりましたとお礼を言って別れる。

ギアをまとめてザックに詰め込み谷川岳を目指すが、緊張感が抜けたためか左手と右足が疲れきっておりヨタヨタと歩く。

トマの耳を経由して西黒尾根を少し下ったところで駐車場を出て以降初めて腰をおろして休みレーションを食べる。

東尾根を登っている数パーティがあり、マチガ沢にはシュプールが残されている。

谷川はいいなあ、としみじみと思う。

下るにつれて腐り始めた雪に足を取られながら西黒尾根をゆっくり下り指導センターに10時に到着。

タイム
駐車場 21:07 → 一ノ倉沢出合い22:00 → 3ルンゼ登攀開始 0:15 → 夏の終了点 3:30 → 国境稜線 6:00頃 → トマの耳 7:15 →指導センター 10:00