河合(記)
久々に心と体を削って登った1本の記録を残しておく。
スプラッシュ。
有名なルートだと思う。
故杉野保氏の作品で、城ケ崎シーサイドエリア黎明期からかなりの間を空け、1998年に初登された。
現在、城ケ崎シーサイドの最難ルートだ(登れなくなったクランチャーを除けば)。
グレードは5.13cか5.13d、トポによって異なる。
シーサイドの最奥にあり、潮が引いた時でないと全貌が見えない。
杉野氏初登の城ケ崎ルートの多くに共通するのは、「ある程度ムーブを起こす力がないと、何もさせてもらえない」ことだと思う。
てるてる坊主5.12d、サーカスライト5.12d、コロッサス5.13aか5.13b、秘奥義5.13b辺りをトライした人ならわかってもらえるだろうか。
「ある程度」の力があればムーブをこなせるけど、その「ある程度」の水準が随分と高い。
そのため、杉野ルートの多くは、登れる人はあっさり登り、登れない人は封印するか、私のように歯を食いしばる努力をすることになる。
スプラッシュも、ご多分に漏れず、その類のルートだ。
核心のムーブは激しく、厳しい。
そして、さらにこのルートを厳しくしているのは、そのボルト位置だ。
下部核心のランジを止め損ねると、岩角に叩きつけられるリスクが高い。
下部を余裕でこなせない人には「やっても意味ないよ」というメッセージか。
中間部の核心垂壁は、ハングドッグでは探れず、一連のムーブを終えてさらに登ってからでないとクリップできず、大抵はボルト足下でバンジージャンプすることになる。
最後のサーカスライト共通部分の核心も同様で、ムーブを起こし終えない限り最後のガバを触ることすらできない。
ボルトに守られたルートだからこそ、少しでも未知の部分を緊張感の中で探る、本来のクライミングらしい部分を感じて欲しい、という初登者のメッセージのように思う。
本ルートの構成は以下のとおり。
(以降、ムーブの記載オンパレードなので、オンサイト狙う人は読まないで下さい。)
【出だし】
・スタートはサーカス5.12cと共通の地ジャンまたはデッド、初っ端から激しい。
・その後、ルーフ下のガバを繋ぎ、ランジ体勢に入ってランジを止める所が最初の核心、意外とテクニカルで、ここで落ちると危ない。
・なお、このセクションは、サーカスのフットホールドを使ってハンドトラバースすると簡単にこなせるけど、スプラッシュ感が感じられないので、私は不採用。岩の強点を攻めてこそスプラッシュ!
・その後遠いガバをデッドで繋ぐとハング下のレストガバに到達する。クリップが遠い。
・ここまでで、5.12bはあるだろうか。
【核心】
・ルーフからの抜け出し方には2通りある。初登者ムーブは見えないガバへの強烈なデッドで、リーチがないと不可能。私は辛うじてガバに届いたもののマージンがなく、その後動けなかった。
・小柄な人はリップのゴミカチを握りしめ、ルーフ下にヒールする通称「スプライトムーブ」一択だ。このムーブはリーチの不足分を足位置でカバー可能。ルーフ下ヒールは非常に膝に悪い。人によっては簡単というこのムーブ、私にとっては最大核心で、このムーブをやり過ぎて左膝側副靭帯を痛めた。
・ルーフ抜け出しの最後は、遠いガバへのデッドから、垂壁へ乗りあがって左カンテへの横移動で、このセクションが最大核心という人が多い。ガバマッチからのクロスと、左足乗り込みの2通りムーブがある。左足への乗り込みは股関節の柔軟性が鍵で、大柄の人には狭くて辛いらしい。クロスムーブは試していないのでわからない。
・一連の核心ムーブは私の場合10手で、V8位の強度はあると思う。
・ここまでで既に5.13b以上ある気がする。
【サーカスライト核心】
・カンテのレストポイントはサーカスと共通のドガバでかなり休める。
・その後サーカスライトの核心だが、このムーブもかなり悪く、右手でゴミカチを押さえながらヒールで体を引き上げていく。カチ力と体幹の残量が鍵で、パンプが取れていてもなぜか落ちる。このセクションだけでもV6はありそう。リーチがないと最後ヒールを残したまま穴ガバが取れないので、足を切ってから余計な強度のあるワンムーブが増え、辛い。
・最後は5.10b位のスラブで、ホールドは初見ではわかりづらいけれど、ここまで到達した人が落ちることはないだろう。
前置きが長くなった。
シーサイドの最終課題といった雰囲気の、このルートの敷居は高かった。
初トライは2020年3月に遡る。
このシーズンは首尾よく虎の穴5.13aが登れ、その勢いで試しに1日トライした。
2便目でハング下まで繋がるも、核心は全く歯が立たず、あっさり諦めた。
翌2021年3月、シンデレラマン5.13bをシーズンぎりぎりで間に合わせた後、パートナーのシンデレラボーイのビレイついでに1日トライするも、同様に核心は歯が立たなかった。カンテまで10cm以上左手が足りない。
本腰を入れてトライを開始したのは2021年12月。
シーズンを捧げる覚悟で、12月上旬からトライを開始した。
考えられる足位置を全て検討した結果、計7日目にカンテに到達した。
RPしたのではないかって位嬉しかった。
この日はヌメヌメのサーカスライトセクションが抜けられず、計8日目にトップアウト。
トップアウトがこんなに嬉しいルートは中々ない気がする。
しかし下部のランジを取り損ねて頭を壁に強打し流血、髪の毛が少し減った。情けない。
さらに、4日目頃にできたルーフ下ヒールムーブが全く再現しない。
意地になってトライし続けた結果、年の明けた1月、靭帯を痛めて左膝裏に激痛が走るようになり、計11日目で登攀不能となった。
このシーズン、左膝は回復せず、スカラップ5.12d/13aで関節技極めたり、秘奥義5.13bに通い詰めて絶望したり、シーズン末期にヌメヌメのブリザード5.12dにトライしたり迷走。
2022年12月、今度はムーブを変えて初登者ムーブで再挑戦。
ルーフ下のヒールが不要で、膝への負担が少ないからだ。
しかし、ルーフ上へのデッドは辛うじて止まるも、その後全く動けず。
これはどうしようもなく、2日間トライした結果諦め、ムーブを元に戻した。
当然、また膝裏が痛くなった。
しかもワークアウトでトライしたドラゴンフライ5.11cでどか落ちし、左踵をしこたまぶつけてしまい、早々に2週間ほど戦線離脱。その間に何とか膝を回復させた。
ワントライ3回、1日9回まで、週1のトライに制限して、こつこつトライを続けたが、滅多にムーブができない。
繋げると、まずできず、膝も痛い。
できる時とできない時の違いがわからない。
同じ場所で何十回も落ちて、心が折れかけた。
後はもう、道具を変える位しか、できることがない。
完登者に使った靴を教えてもらい、新たに2足買って試した。
鍵となったのはヒールの形状だった(行き詰まったら研究してみて下さい)。
1足目は結構感触が良く、暫く履き続けるも結局ヒールは下からでは繋がらず。
2足目はぴったりフィットしたが、ムーブを起こす際の激痛に耐えられず、一度は投げ出した。
その後、1足目ではどうしてもムーブが繋がらないので、2足目を再導入。
不思議なことに、今度はムーブが不思議な位スムーズに起こせた。
どうやら膝周りに謎の筋肉が付いて靭帯への負担が減ったらしい。
こうして迷走すること計23日目、遂にルーフを抜け出してカンテに出て、ワンテンとなった。
時既に2月中旬。
後は時間と持久力との闘いだ。
しかし、サーカスライト核心もとても悪い。
本当に5.12dのルートの核心なのか。
カンテに出る確率も5割を下回り、バンジージャンプを繰り返した。
最後、散々練習したムーブを変更したところ、計27日目となる2023年3月4日、初めて触ってから足かけ3年、73便をかけて完登した。
とにかく、長かった。
正直、ルーフ下ヒールを安定してこなせるようになった計22日目まで、このルートを登れるか全くわからなかった。
いつ膝が爆発するかわからない恐怖。
リップにデッドし過ぎて右肩も痛くなり、週末に体をベストコンディションに持ってくるため、ジムに行けなくなった。
ひたすらスプラッシュだけトライし、落ちる日々。
体を壊してまで、そこまでして登る価値はあるのか?
「膝痛むのに続けるなんて、バカじゃないの?」友人クライマーに言われた。
バカだと思う。
でも、何と言われようが、かっこよすぎるんだよ、このルート。
最後にグレードについて。
5.12b+V8+V6+5.10b、計48手。
それぞれの間に大レストを挟んで、どのグレードとなるか。
身長166cmの私でも随所にパツパツ、最後にダメ押しのきついムーブが入って辛く、途中狭い部分があるにせよ、トータルでは大柄な人に有利なルートのように思えた。
持久系ではないので、ボルダー力が一定以上の水準に達している人は易しく感じるかもしれない。
私は5.13c以上はこのルート以外登ったことがないのでよくわからない。
今まで登った5.13bより明らかに難しかったので、5.13c以上の何かだと思う。
5.13dあったら嬉しい。
蛇足だが、サーカスライトは5.13aある気がする。スプラッシュ登った翌日についでにRPできたけれど、虎の穴5.13aより難しいと思う。
シーサイドの5.13-が大体片付いたら、是非トライしてみてください。
昨シーズン、結構な頻度でマーキング消すの忘れて、また最初から最後までヌンチャク残置してすみませんでした。
また、様々なアドバイス下さった皆様、現地で一緒にトライやビレイして下さった皆様、特にワンシーズン丸々付き合ってくれたK林君、ありがとうございました。