笠間 ターゲット
河合(記)
この冬トライして最も印象に残った1本は?
問われると、それはスプラッシュでも秋雨でも、スカラップでもない。「ターゲット」。この1本に尽きる。
パートナーがおらずひっそり出かけたある日、アプローチで迷いに迷い、何故か鎖場にぶち当たり、ペットボトル転げ落としながら辿り着いた笠間ボルダーで、出会ってしまった。
このルートはひっそりと口を開けていた。ボルダーで3級、リードで5.10cという、よくわからないグレードが付いている。
綺麗に割れた弓状の前傾ハンドクラックで、出だしはフィンガーだ。
笠間で一番美しいのでは、と思う。
高さは取付から7~8m。下地は最悪、斜めの岩盤か木の根が飛び出た急斜面。リードならカムを2~3個決めるだろうか。
チョーク跡は、やはりついていない。
当初、見た目に圧倒され、トライするつもりはなかった。
しかし、石器人スラブの鬼トライを重ねるうち、ソールも心も擦り切れ、あまりに美しい割れっぷりに気が少々触れて「やってみるか」となった。
トライするにはそれなりに葛藤があった。
「万が一にも落ちないか」
「Point of no returnはどこか」
「クラック内のコンディションは?」
「落ちたら大怪我確実・・・でも頭から落ちなければ死なないよな・・・」
最終的にグラウンドアップは諦め、トライ前に抜け口に回り込んだ。
マントル位置に葉がヤバイ量乗っていないか確認(多少乗ってたが無視)。登攀に使わない部分のクラックに手を入れ、湿気と幅に問題がないことを確認。申し訳程度にマット1枚とサーマレストを敷き、やにわにトライを開始。マットの上に落ちられる気がしない。
出だしのフィンガーからシンハンド部分が少しテクニカルだったが問題なく、タイトハンドに手を捻じ込んだ。
「これならクライムダウンできる。行こう」
心は決まった。
後は絶対の自信のあるハンドジャム。
しかし、安全圏から飛び立つあの感覚。
久々に、アルパインをやっていた時の感覚を思い出した。
最後はワイドハンド気味、ジャムの決まりは甘くなったが、予想通りの容易さ。
多分15秒位であっさり片付いた。
リップ部分は、やはり少し枯葉が乗っていた。
妥協して掃除しときゃ良かった。
最後まで手はジャムのみに拘り、丁寧にマントルを返して抜けた。
周りに誰もいない中、一人、小さく「やった」と呟いて、足早に取付に戻った。
こうして無事に抜けられたので、とりとめもない記事を書いている。
この割れ目に触れ合った時間は多分1分に満たないけど、凝縮された時間だった。
そもそも、私はメンタルが弱い。
クライマーのくせに、安全圏から離れることが嫌いだ。
当然ランナウトが苦手、RやXの付くルートは基本、興味の外だ。
今回、自分の興味とは真逆のルートに触れて体感したのは何か。
それは、精神的な、目に見えない部分での「クライミング」だった。
この手のクライミングの、安全圏に抜けた時の、全身から迸る充実感は、筆舌に尽くし難いものがあることもわかった。
でも、登ってみて思う。
こういうクライミングは、苦手だ。
私の芸風ではないし、適性もないことも何となくわかった。
どっと疲れを感じつつ、再び石器人スラブでソールと心を磨く作業に戻った。
【蛇足】
・体感グレードは、多分リードしたら5.10b位。5.10cはかなり甘いと思う。
・ボルダーグレードの3級は、オンサイトトライでの葛藤を加味していると思われる。
・間違っても、ハンドジャムのできない人や、やったことない人が、グラウンドアップ・
ロープなしで取りついてはいけない。
・もう二度とやりたくないと今は思っているけど、また気が向いたら登ってしまう可能性
もゼロではない。
・ボルダートライは全くお勧めできないけど、クラッカーが自らを試す一本にはなると思
う。(リードすれば楽しいと思います!)