谷川岳 幽ノ沢 中央壁左方ルンゼ

2006年11月4日
森広(記)、倉田

晴れ~曇り。

明るくなるのを待って幽ノ沢に入る。

今日はほかに誰もいない。

我々だけの貸切状態だった。

カールボーデンから左方ルンゼに向かって少し登ったところでロープを出し、2ピッチでT4、さらに左上に2ピッチでルンゼの中に入る。

ここまで残置支点がほとんどなく、確保支点もピトンで補強する。

5ピッチ目は残置支点がかなりあるが、どれも腐っている。

見るからに腐食の進んだピトンは、軽く触れるだけで動いたり、折れたりする。

左から登り、中間のバンドで右に移って、人工で右のカンテに移るが、腐れピンに荷重するのは度胸がいる。

残置支点がゴミに埋まっているところを見ると、ほとんど人が来ていないのかもしれない。

このあたりの高さで、中央壁は岩質が変わって、割れ目が細かく入ったもろいものになり、傾斜も強くなっている。

カンテから小ハングの上に出てピッチを切る。

6ピッチ目から、また残置ピンは乏しくなる。

しかし岩質は比較的硬くなる。

2ピッチで狭いルンゼに入り、少し水の流れている中央を左右に避けて登る。

最終ピッチの確保支点だけ、なぜかぺツルのボルトが打ってあった。

冬用だろうか?コルに出て終了。

カム類が有効に使えた。

中央壁の頭に出て、中芝新道を下るが、芝倉沢に雪渓のかけらが残っていたのには驚いた。

これは越年するかもしれない。

 

 

谷川岳 幽ノ沢 中央壁正面フェースルート


2006年2月19日
向畑(記)、清水(東京YCC)、長門

18日、23時に湯檜曽駅で清水君と待ち合わせ、指導センターでパッキングして19日、0時30分に出発。

スキーを履いていくが、向畑の20年もののシールはあまり役に立たず、特に斜め斜面でははがれてずれてエッジにかぶさり、何度も滑落しそうになった。

幽ノ沢出合3時頃着、スキーをデポして中央壁を目指す。

2年前に来た時は、気が付いたら左股に入っていて敗退したが、今日は月が出ているので間違うことはないだろう。

取り付きに着く頃ようやく明るくなってきた。

6時30分頃到着。

正面フェースの氷柱は出だしがやや薄そうだが、状態は割りと良さそうだ。

手前のクレバスでロープを結び、向畑リードで7時頃スタート。

1ピッチ目、雪壁をコンテでトーフ岩の基部まで、腐りかけのピトンとスクリューでビレー。

10㎝スクリューが3分の2ほどしか入らなかった。

2ピッチ目、トーフ岩の右側の薄い氷を登り、トーフ岩の上を左に斜上。

「ロープいっぱい」のコールがかかるが、さらに伸ばして左のリッジ状のビレーポイントへ。

ビレーしていると、中尾根に取り付いた佐野(友)、青山パーティが、ものすごいスピードで抜かしていく。

我々が湯檜曽を出た時には、まだ駅で飲んでいたはずなのに。

3ピッチ目、一旦左に戻り、傾斜はあるが安定した氷を登る。

ほぼ垂直の最上部を巻こうとして左に行ったが、氷が薄く岩をたたく。

再び右に戻り、最後のカーテン状を左から越える。

傾斜の落ちたところの安定した氷でビレー。

4ピッチ目、清水君にリードを代わってもらう。

2~3mで傾斜はさらに落ちて雪壁となる。

50mいっぱい伸ばし、ルンゼ状となったところでスクリューをセットしようとした瞬間、ものすごい量のスノーシャワーに直撃されたらしい。

下でもかなりびびったが、さすが重量級、何とか持ちこたえたようだ。

5、6ピッチ目、再び雪壁。

佐野、青山パーティは、すでに石楠花尾根下部を歩いている。

7ピッチ目、長門君にリードを交代。

草付きを直上後、リッジを右から回り込んで左上。

8、9ピッチ目、雪壁2ピッチで中央壁の頭へ。

14時頃終了。

抜けたところのすぐ先で、佐野、青山パーティのトレースと合流。

堅炭尾根からベータルンゼ経由で17時頃幽ノ沢出合へ。

スキーを回収し、19時30分位に土合着。

焼肉屋でビールを飲んでしまったため、帰宅は長門君が翌3時30分、向畑が4時30分。

さらに、1人宇都宮に向かった清水君が自宅にたどり着いたのは、翌朝5時だったそうだ。

 

谷川岳 幽ノ沢 中央壁正面フェース

2002年9月20日
森広、大滝(記)


幽の沢は3回目だ。過去に中央壁右フェース、左フェースと登った。

5:50一ノ倉出合。
7:25カールボーデン上部。
14:45堅炭尾根。
16:55旧道。
17:50一ノ倉出合。

快晴の中、カールボーデンに向かう。やはり所々緊張する。カールボーデンを快調に登り、行き詰まった所でアンザイレンし、2P伸ばす。ここは結構怖く感じた。

ルートに入り、1目は草つきを左上して行くPとブッシュがあるので、それにランニングを採る。

左下を見ると、草付き帯が終わった所にボルト2本のビレー点があった。豆腐岩の右上10m位の地点だ。

2P目はホールド、スタンスともに豊富で快適だが、残置は無いので森広さんは20m程進んだ所にハーケンを打った。これはしっかり効いていた。最後、リッジに出て切る。

3P目はやや左寄りに行く。傾斜がきついのでゆっくり登る。残置は適度に有る。ハング下で、左上にビレー点らしきものが有ったが、納得出来ない。右のリッジに向かって確実にトラバースする。高度感が凄い。リッジ上にて切る。

4P目は出だしが少し難しいリッジを登って行って、ハング帯の切れ目を乗越すが、切れ目なので難しくなくA0にはならなかった。左上すると、草付きテラスだ。

5P目は右にトラバースしてカンテを回り込むと、後半の緩い大スラブ帯に出る。急に気分が明るくなる。真白なカールボーデンが遥か下だ。

この感覚はたまらない。この後、4P分進むと、草付き帯に達する。意外と残置があったので、ハーケンは打たなかった。

草付き帯はロープを外すべきか迷ったが、出だしが少しやばそうなので着けたままにしたら、引いてもらう時に見事に流れ難くなった。草付き帯を1Pで終えると、踏み跡に出た。

堅炭尾根に着くと半袖では寒い位だった。

気を使う嫌らしい道を下って行った。

 

谷川岳 一ノ倉沢 烏帽子奥壁凹状岩壁、幽ノ沢 中央壁正面フェース

2001年10月20日から2日間
今野、藤本(トマの風)、柴田(記)


10月20日

柴田、今野(トマの風)

以前の会の仲間からの誘いでひさびさに谷川を目指す。

ここのところ中央道方面が多かったので車窓を流れる関越の夜景は心なしか新鮮に映る。

ロープウェイ前のパーキングステーションに車を止めて軽く飲みさっさと寝る。

4時起きで暗い中を一ノ倉沢出合いまで車で、そこからヘッデンをつけて進む。

あたりは紅葉目当てのカメラマンで大混雑。

一の沢を過ぎたあたりで一度進路を間違えて戻りテールリッジにつく頃にはヘッデン不要になっていた。

メチャ混みかと思ったが案外登ってくるパーティは少ない。

前に1パーティ後ろに2パーティくらい。

中央稜を登る子安・宮下Pと「じゃ衝立の頭で」と再会を約し凹状を目指す。

今野さんとロープを結ぶのは久しぶりだ。

取付きで「先登って良いかな」

自らリードを申し出られやる気マンマンの模様。

先行の姿はなく、中央カンテにも人はいないようでこれなら凹状も大丈夫とクライミング開始。

1P目(今野)台状のバンドを左から越えて易しいフェースに。

2P目(柴田)階段状の容易なフェース。

ピンは貧弱。

3P目(今野)凹状部の手前までの緩いフェース。

中央カンテからの落石を心配しなくても良いので精神的に楽だ。

4P目(柴田) 垂直というほどではないがわりと立った凹状部。

良く見ればホールド・スタンスとも沢山有るが所々浮いているので確かめながら登る。

残置ピンは割と少ない。

最初は右端のラインを、途中から中央部を登った。

5P目(今野)小ハングを越えて右のカンテの向こうへ。

安定したテラスが有りここで小休止しレーションを口に入れる。

直射日光を浴びていると暑いくらいだ。

6P目(柴田)左のふくらんだフェースを越えてその上のクラックにフットジャムを決めたら足が抜けなくなり往生した。

7P目(今野) 草付まじりのフェースを直上。

リードは潅木で2度ランニングを取っていた。

8P目(柴田)フレーク状を直上し垂直のクラックに腕を入れて登る。

スタンスは左のフェースにたくさん有る。

青空を見上げながら終了点まで登る。

終了点につくと9時30分。

先行がいないと時間待ちのストレスがない上、落石の心配がなくて気持ち良い。

無線で中央稜の子安Pに連絡を取るとまだ2-3ピッチ残っている模様。

衝立の頭まで移動し1時間ほど待つとようやく上がってきた。

ここから4人で北稜を懸垂し衝立前沢を経て一ノ倉沢出合いに3時頃につく。

風呂を浴び道の駅横のスーパーで喰い切れないほど買い込む。

昔話と浮世話に宴会の夜は更けて行った。

【タイム】
一ノ倉沢出合/5:00 → 凹状取付/7:00 → 凹状終了点/9:30 → 衝立の頭 /12:00
→ 一ノ倉沢出合/15:00

 

幽ノ沢 中央壁 正面フェース
柴田、今野・藤本(トマの風)

10月21日

時間がかかることもあるからと3時30分に起きたが結局一ノ倉沢を出発する頃は5時になっていた。

朝もやの中正面フェース3人、V字右4人の計7名でカールボーデンを目指す。

大滝を経てカールボーデン手前で登攀具を身につけV字右の4人に別れを告げてトウフ岩右の草付を目指す。

3人パーティなのでリード区間を3つに分けることとし1-4Pを柴田が5-7Pを藤本さんが、8-10Pを今野さんが担当することとし発進。

1P トポ通りトウフ岩右の草付を直上しその後左にトラバースしたがランナーは殆どなくビレー点もボルト1本だけでひょっとしたら間違ったラインだったかもしれない。

フォローは数メートルの間隔を置いて同時に登ってくるが貧相なビレーポイントに顔をしかめていた。

2P ビレー点からフェースを左にトラバースして緩いバンド上に出てルートを見ると左下のランぺ状がどう見ても正規ルートに見える。

少々クライムダウンしてランぺ上に合流すると急に残置ピンが目に付くようになった。

やっぱりこっちが正規だった。

3P 傾斜を増すフェース状をハング下のビレーポイントまで。

天候は高曇りだが、もうしばらくは持つだろうという感じ。

3日間ほど天気は良かったはずなのにやはり核心のハング部からはしずくが垂れている。

アンカー用のピンはグラグラしているのでクロモリを一つ打ち足す。

(あとから回収)

4P ハングのくびれまで慎重にフリーで登る。

残置ピンは4つ連打されていて3つめはしっかり効いている。

一番上のが飛んでもこれで止まるだろうと安心するが濡れていてスタンスが決まらずフリーを諦めA0に。

抜けた後の左のホールドがよく分からず2度戻り、3度目にようやく抜け左手の岩にエイリアン黄色を決める。

右の草付きバケツラインを登り笹薮を経て平らなテラスでビレー。

ここは慎重を期してフォローも一人ずつ登った。

5P リードを藤本さんにチェンジ。

テラスからフェースをやや左上して右に戻る。

笹薮を横断してスラブ状でピッチきる。

やはり笹薮よりは岩が気持ちいい。

V字を登っている飯田さんたちははや終了点間近で「そっちは笹薮だらけですねー」

とコールを送ってくる。

登っているとそうでもないんだけどな。

6P 小カンテを右に越え容易なフェースを直上。

やさしいが結局最後までランニングビレーなし。

フォローしてみるとリードは笹薮を束ねたアンカーポイントを2つ用意して後続を引き上げていた。

「静荷重には耐えるよ」

と言ったって。。。

7P 頭上の笹薮を直上してから左のフェース状に移りレッジまで。

残置は依然として少ないのでやさしくても慎重に。

笹薮アンカーなのでリードがランニングを取るまで気が気ではなかった。

8P 今野さんにリードを交代。

フェース状から湿った凹角を越え安定したバンド状テラスまで。

急に残置ピンが増えた気がした。

9P 1mほどクライムダウンして狭いフェース状の左側を登る。

頭上には中央壁の頭が大きく見え終了が近いことを知らせる。

10P ラストピッチ。

草付き混じりのフェースを直上しハングを左に避けて笹薮の中の終了点まで。

沢登りの会にいるくせに沢嫌いの今野さんがしぶしぶ草付きをリードしている珍しい光景をカメラに収める。

終了点でロープをたたみ藪の中の踏み跡をたよりに中央壁の頭まで。

踏み跡の広いところでしばしくつろぎ行動食を口に入れる。

堅炭尾根を芝倉沢まで下り黄葉に彩られた旧道経由で一ノ倉沢出合に戻る。

【タイム】
一ノ倉沢出合/5:00 → カールボーデン/6:35 → 正面フェース取付き/7:00 → 中央壁の頭/13:20→
旧道出会い/15:30 → 一ノ倉沢出合/16:20

 

谷川岳 幽ノ沢 中央壁左フェース

2001年6月10日
浅野、倉田、向畑、井上(記)


土曜夜11時過ぎに高麗駅発、夜1時頃に一ノ倉出合いに着く、雨が降っていた。

次の日4時に起きると雨は上がっていたので、幽の沢に向かう。

5時頃出合い発。

幽の沢はほぼ雪渓上を行けた。

7時30分頃登攀開始。

浅野・倉田と向畑・井上で登った。

登攀は浅野・倉田が先行し、向畑・井上がその後に続いた。

私の登攀スピードが遅いのを向畑さんがカバーする形となった。

特にリードのピッチでは、ルートを外したり、濡れた岩のスメアリングの感覚がつかめなかったりで、時間がかかってしまった。

ルート自体は部分的に濡れていたが、ホールドは豊富で、ピンも思ったよりもあった。

核心のZピッチは、良く濡れていて皆あぶみを使っていた。

私は、トラバースの場所を間違えて下から行きすぎてしまい、1手ごぼうをしてしまった。

登攀中はずっとガスがかかっていて、13時頃、最後のリッジの所で雷雨にみまわれ、雹が降ってきたので、ツェルトを被ってしばらく待機した。

その後、中央壁ノ頭でロープを解き、堅炭尾根に16時に着いた。

私は堅炭尾根への登りでも遅れていたが、堅炭尾根からの下りの途中で足が笑い出して思いっきり遅れ、芝倉沢の出合いに19時30分頃ついて、一ノ倉の出合いについたのは21時前になってしまった。

皆さんに迷惑をかけてしまい大変申し訳無かった。

〈雑感〉

もっと登れるようになりたいという思いから、どうすれば登れるのかを考え、今回の山行は、自主性をもって登ることをテーマにしました。

計画書を自分で書くことから始めて、山行中に無意識のうちに他人に頼ってしまうので、そうならないように自分で判断して登ろうと思っていました。

そして、ルートに取り付いてからはつまらない敗退はしたくなかったので、絶対に登ってやるとだけ考えていました。

しかし、登攀中にボロッボロッと向畑さんに頼る発言をしてしまいました。

その時に置かれていた状況は、全て3手位進んで周りを見れば自力で解決できたことだったので、自分の頑張れなさに腹が立ちます。

このような甘えのある限りいつまでたっても上手くなれないだろうから、次の山行はもっと意識を強く持とうと思います。

体力・気力・技術に反省点が残る山行でした。

本当に悔しいです。

 

谷川岳 幽ノ沢 V字状岩壁右ルート

2000年10月22日(日曜日)
向畑、倉田、高橋、柴田(記)

タイム:
一ノ倉沢出合5:05 幽の沢5:30 V字右取付7:30終了13:45
中芝新道14:25/14:35 旧道16:00 一ノ倉沢出合17:00

以前から一度行きたいと思っていた幽の沢にようやく行ける事になった。

秋の蒼空の下黄葉に彩られた快適なスラブを登るイメージを描きつつ関越道を北に向かう。

指導センターで山行計画を提出し既提出分をチェックするとV字右が2パーティある。

明日は早く出発せねばと思いつつ一ノ倉沢出合の駐車場に着くが紅葉目当てのカメラマンのせいか既に大賑わいで車を止める場所を探すのに苦労する。

何とか道路わきに駐車し高橋さんとも無事合流、軽く飲んで1時頃寝た。

見上げれば満天の星空で「よしよし、予定通り」である。

翌朝は4時に起き5時過ぎに出発、まだ暗いのでヘッデンをつけて旧道を幽ノ沢出合まで歩くが空は曇天で天気はイマイチの模様。

幽ノ沢出合に着くと2人組が準備をしていた。

我々もここで身支度をして幽ノ沢に入る。

ナメ床や小滝を過ぎると先行した2人組が何故か戻ってきた。

「何やってんだろ、この人たち」

と思いつつ下降する2人組をやり過ごす。

沢が右に回りこむと高差4m程度のナメ滝が現れる。

釜は結構深そうで10月下旬のいま落ちたらなかなか刺激的だろう。

右岸は濡れたスラブでホールドは結構高い位置にありいやらしそうで、左岸はというと立った草付きでナヨナヨした草はホールドにならずこちらも難しそう。

4人であれこれ観察したが結局「展望台経由にしますか」と言う事になりUターンする。

「なーるほど、あの2人組が戻って来たのはこういうことか」

と思っていると2パーティ9人くらいが登ってくるのに出会い、下を向いてやり過ごす。

しばらく戻ってから左岸のルンゼに入り展望台への巻き道を探すが判然としない。

仕方なく本流に戻り再度先ほどのナメ滝の見える所まで戻るとナメ滝上に中年の男女と犬一匹が休んでいる。

ゲゲッ、犬でも登っている、そんなはずはない、とよく見ると右岸の低い位置に細かいホールドが続いていてスリングまで掛かっており、取り付いてみると問題なく滝上に立つ事が出来た。

飼い主によれば「いやぁ、犬はスラブには結構強いですよ。」との事である。

この時は気づかなかったが向畑さんは「犬でも登れるところを登れなかった」事に衝撃を受けていたようである。

(正確に言うと「登れないと思った」なのだが。)

あとは大滝を右岸から快適に登りカールボーデンに着くと紅葉とスラブが素晴らしい景観で中央壁、V字状岩壁がいらっしゃい、と出迎えてくれる。

アプローチ2ピッチはやさしいスラブ、リッジ登りで先行パーティ10人以上が登るのを待って我々もロープを結ぶ。

右股リンネをトラバースするあたりで先行のセカンドが派手に落ちており、迫力を感じつつV字の要に着く。

見上げると10人くらいがファッションショーのように思い思いのスタイルで壁に張り付いている。

中にはどういう訳か懸垂下降をしている人もいてまるでクライミングジムのような混雑ぶりである。

左ルートに転進する事も真面目に検討したが柴田と倉田さんがアブミを持ってきてない事もあって結局計画通り右ルートを登る事にした。

さて、我々はトップが登ったWロープでセカンドとサードがフォローし、サードが引いたバックアップロープでラストが登るパターンをアプローチから終了点まで続けた。

サードがトップの、セカンドがラストの確保を同時にする事で所要時間を節約出来ると言う向畑式計画だったが、前が詰まっていて4人揃っても時間待ちとなる事が多かった。

1、6、7、8ピッチを倉田さん、2、3、4、5ピッチを柴田がリードで登る。

岩は順層でホールドもしっかりしているが時々濡れて滑りやすい。

3ピッチ目の終了点で時間待ちの間に「冬の石楠花尾根の取付きはどの辺りなんですか。」と向畑さんに聞くと「さあ、私は犬も登れるところを登れなかった人間ですから。。。よく分からないです。」との返事。

結構傷ついていたようである。

4ピッチ目を登るあたりからガスが岩肌を舐めだしたのでカッパを着て登りつづける。

最後は笹薮の中の踏み跡を辿って1時45分頃登攀終了。

さすが幽ノ沢でも最も良く登られているルートだけあってピンは充分あるが古くて腐食しているのも結構多い。

また簡単なルートでも濡れているとそれなりに悪くなるのでナメてはいけないと思った。

中芝新道をスタコラと下り黄葉に彩られた旧道を約1時間歩き一ノ倉沢出合に着いた。

トイレ工事は大分進んでいるようだ。

初めての幽の沢は今ひとつの天気だったがカールボーデンの美しさは素晴らしく、今度は新緑の頃にまた来たいと思った。

向畑さん、高橋さん、倉田さん、有難うございました。

また行きましょう。

 

 

谷川岳 幽ノ沢 V字状岩壁右ルート

2000年9月30日
本郷(記)、三好、その他2名

幽ノ沢は、中央壁以外行ったことがなかったが、左俣の方やV字など前から一度は行って見たかった。

今回は三好さん、玲峰の中澤さん、大島さんを誘って実現となった。

アプローチも良く乾いていて快調にカールボーデンに入っていったら、先行の2人パーティが石楠花尾根に取付いていた。

無雪期には珍しい人達がいるなと思って呆れていると、どうやら間違えて登っていたらしく、後から来た我々に気づいて、悪そうな所を派手な落石を起こしながらクライムダウンしてきた。

取り付きには、我々が一番のりで、他には右俣リンネ付近から右フェースを登ろうとしているパーティがいた。

このパーティも右フェースの取り付きをトラバースして通り越し、正面フェースも通過して直登ルートあたりで、はまって動かなくなっていた。

よっぽどルートを教えてやろうかとも思ったが、人のやりたいことをあれこれ言うのも何なので、取りあえず黙っていた。

さて、我々4人は取りあえず本郷トップで登り始めたが、先程の石楠花パーティが後続で付いてきた。

右俣リンネへの1ピッチからアンザイレンし、リンネを跨いで一度ピッチを切って、クライムダウンして要に着いた。

後続パーティは、ピッチを切らずに要に来たため、ロープがビンビンに張ってセカンドが中釣り状態ではまって動けなくなっていた。

我々は4人パーティだったので、後続に迷惑がかかるようなら、先に行かせようと思っていたが、その心配はまったくなかった。

途中で、リードを三好さんに変って、後はエンジョイクライミングだった。

右ルートは、テラスもいい所ばかりで、気にしていた草付も気になるほどではなかった。

最後は、石楠花尾根に飛び出して終了。

のんびりと堅炭尾根を下降し、芝倉沢に降りた。

芝倉沢にどでかいカモシカがいた。

私が先頭を歩いていたのだが、全然逃げる雰囲気もなく怖かった。

その後、都岳連の指定旅館「永楽荘」で御風呂に入り、「お好み屋」で乾杯して、湯桧曽駅で宴会した。

関さんが、翌日湯桧曽本谷に単独で入るため、合流したがその頃は宴の後で誰も起きなかった。

翌日は、雨だったので全員エナジーに転身した。

 

 

谷川岳 幽ノ沢 左ルンゼ敗退

2000年8月26日
本郷、関、宮島(記)

完全に寝坊した。

時計はすでに8時をまわっている。

ダラダラと準備をしてとりあえず幽ノ沢へ向かうが、足取りもはかどらない。

二俣の大滝上にて大休止する。

時間的な問題によりルートを左方ルンゼ登攀~同ルート下降とする。

結局核心部のA1ラインが崩壊しておりTHE END。

アプザイレンを開始した。

だが今日の敗退の原因はルートの崩壊などではない。

予定通り出発したと思われるM山岳会のパーティは緊張したコールを連発させながらも我々の予定していたルートを登っていた。

又、左方ルンゼにはもう一つラインがあり、最初から予定していてルート図があれば完登できていたかもしれない。

つまり直接の原因は寝坊だと考えた。

確かに夕べの到着は少々遅かったが、明日の登攀にそなえてすぐ眠っていれば少々朝寝坊したとしてもこんなことにはならなかっただろう。

クラシックルートなどいつでも登れるくだらないものかもしれない。

ぼくの登山歴だって人に言えるようなたいしたものではない、自己満足の積み重ねだ。

しかし今日の自分の不快な姿には自己満足もできない。

情けなく、ただくやしい思いだけが残った。

思い返しても、ただただ自分自身に対して腹立たしく情けなくくやしい。

 

 

谷川岳 幽ノ沢 V字状岩壁右ルート

2000年8月6日
関、宮島(記)

久し振りの岩登り。

それも幽ノ沢。

昨年までシビアな沢に行っていた訳でもない。

ルートは入門ルートのV字右ルートだが、全ピッチ関君にリードしてもらう。

気分は新人、というより、トーシロといったところだ。

~アプローチ~

二俣手前で雪渓が出現するが、途中で終わっている。

ガチャをつけ始め何げなくアイスハンマーを雪渓に刺すと”ボコッ”という恐い音が、響きわたる。

壁に貼りつくように準備する。

先行はいやらしい草付きから展望台を目指しているが、我々は大滝を渡り左のカンテから二俣に至る。

~ルート~

所要時間2時間半

カールボーデンが急になった所でザイルをつける。

3ピッチで取り付きへ。

ルートはルンゼ状を登り、ラインは明瞭だ。

開放的なロケーションと適当なグレードで快適なクライミングを味わえた。

~下降~

堅炭尾根までは二人共初めての為スタッカットで登る。

芝倉沢の下りで足が笑い出した頃、目の前にズタズタの雪渓が広がっている。

上を行くか下を行くか協議するが、下を行くことにする。

ブッシュ支点でアプザイレンし、沢床へ降りる。

その後はスノーブリッジを3~4回くぐり抜け滝を下降する。

出合いについて、よかった、よかったと思った。

1時間後に、鉄砲水があったとのこと。

有名人にならなくて本当によかった。