2001年10月6日から3日間
朱宮(JAC青年部)、三好(記)
元々文章書くのが苦手というのがあって、思い入れが深いほど、その思いは文章で現した途端に違ったものになってしまう気がして、結局、記録も何も残していないことが多い。
でも、時間がたてば、その時の思いはどこか変化してしまうし、忘れっぽい私は思い出すことも出来なくなってきてしまうようだ。
一つ一つの山に大きな感動と色々な思いがつまっていた筈なのに。
どんな文章であっても、やっぱり書いて残しておこうと思う。
別山谷左俣については、”御伽の国と表現したパーティがあるほどに明るく美しい”との記述がある。
「御伽の国」、「御伽の国」、本当だろうか。
5月に黒部に入った時に、スラブを流れ落ちて行く雪を見ながら、秋になったら、確かめに別山谷に入ろうと思い始めていた。
でも、無雪期の始まりに脳挫傷という大怪我をしてしまう。
退院後、体調を確認しながら、少しずつ少しずつ、走る距離を伸ばし、ゲレンデにも行き始めた。
しかし、怖くて怖くて登れない。
そして、追い討ちをかけるように、絶対一緒に行こうと誘おうと、いいですね、行きたいですねと言ってくれるだろうと、思っていた人が沢で亡くなってしまった。
春の黒部に一緒に行った人だった。
私が退院した日にも電話をくれて、励ましてくれた人だった。
山の中に居るだけで楽しいんだよねーと、一緒に言い合っていた人だった。
きっと、ばあちゃんになってもじいちゃんになっても、一緒に山に行けるんじゃないかと思っていた人だった。
全てのことが崩壊し、全てのことが色あせた。
無意味に思えた。
ただ、誘われるままに、山にだけは行き続けた。
山に行っている時だけ、自分に戻る気がした。
昨年から、もう山は止めようと何度も思ったかわからない。
でも、やっぱり止められないのだ。
山に向かい会おう。
きっと、また、「まーったくこの人はぁ、しょうがないですねー」といつもの通り、大きな口を開けて笑ってくれることだろう。
秋になってからは、沢へ、アルパインへと行き始めることにする。
しかし、一手、一足に異常に時間がかかる。
自信がない。
それなのに、黒部別山に触りたい気持ちを抑えられない。
駄目もとと、集会でおずおずと皆に声を掛けるが、さすがに行きたいと言ってくれる人は誰もいない。
来年に向けてがんばるかと思った時に、腐れ縁の朱宮が「別山谷なら」と付き合ってくれることになった。
朱宮が、なぜ別山谷なのかというと、学生の時に別山左俣間違えR4を登っているのでもう一度行ってみたいということと、別山谷から見える壁尾根側壁の初登が千葉大山岳部だということが理由であるらしい(朱宮は山岳部を異常に愛している人なのだ)。
朱宮は主将の時に、部員減少にも負けず、周囲の反対を無視して強引に、夏は黒部の大岩壁めぐり(この年は雨続きで別山谷R4と大タテガビン南東壁スラブ状ルンゼのみ成功)、春は利尻を目指している(一応登頂)。
朱宮自身は元々多くを語らないのでよくわからないが、朱宮以外の山岳部の人達は何かと言えば、大タテガビン、利尻の話をしていた。
よくよく考えれば、ほとんど縦走しかしていなかった時期に繰り返し繰り返し聞かされ続けていたので、私の中の厳しい山とは、「オオタテガビン」や「リシリ」となり、今でも影響されていることは否定できないのだ。
つまるところ、朱宮自身が、私にとっての黒部への憧れの原点とも言えるわけで、一緒に黒部に向かえるだけで嬉しかった。
本当に感謝。
10月6日(土)
晴れ
黒四ダム(9:00)~内蔵助谷出合(9:50)~別山谷出合(11:30)~偵察(13:00-15:00)~
別山谷出合(16:30)
連日の残業疲れで眠気に勝てず、明るくなったなぁと起きてみたら、なぜかまだ双葉のサービスエリアにいた。
カフェイン入りドリンクを飲んで車を走らせ、なんとか8:30のトロリーに乗り込む。
今日は一応偵察の予定なので、ゆっくり出発でも大丈夫か。
内蔵助谷出合では、通行止の看板を撤去している。
今日から下の廊下開通とのことで、結構、人が入っていた。
11:30頃、別山谷に到着すると、すごい人数だ。
20~30人くらいか。
こんな怖いルートなのに、よく来るなぁ。
話し掛けてきたおばさんが、ここにいる人達は全部同じグループで、阿曽原からダムまで行く途中という。
この後、このうちの一人がここから数百メートルも進んでいないところで滑落するとは…。
一旦偵察で側壁に取付いていたのを降りて、全装備を持って事故現場まで行くが、もう何も手伝うことがないとのことで、別山谷に戻る。
滅入った気分だが、気を取り直し、13:00頃再び偵察に出ることにした。
雪渓が今にも落ちそうで危険だったので、出だしは右岸の側壁を高巻くことにして、ルンゼ状の所を登って行く。
歩いてる途中も雪渓が崩壊する音が響いている。
ロープをつけず2P分くらい登ったところで、右へトラバースする。
ハンノキ等の低木が無いので悪い。
イタドリの群落を掻き分けてさらに右にトラバース。
急傾斜地の草本群落と、やや緩傾斜地のハンノキ等の低木群落の境目に沿って右上して行く感じだ。
少し尾根状になって見通しのいい箇所から見える下の雪渓は、側壁までくっついて取付けそうなポイントとなっていた。
途中にはよいテン場が得られるようには見えなかったので、やはり今日は偵察だけとし、さらに進む。
ちょうど左俣に入るところからF2の手前まではしっかりとした雪渓がついており、雪渓から側壁へ降りられそうな所も一箇所見えたので引き返すことにする。
明日は早朝に出ることとし、取付きの側壁に50mロープを2本固定し、別山谷出合にツエルトを張った。
暗くなるまで、赤ムケの壁が見える場所で長い間佇んでいると、ヘリが来て、上空でUターンし、そして、飛び去って行った。
10月7日(日)
晴れ
出発(5:00)~雪渓(7:45-8:20)~大スラブ取付(10:00)~R3(19:00)
まだ薄暗い中を出発。
昨日ある程度偵察してあったのでスムーズに懸垂一回で雪渓に降り立つことが出来た。
軽アイゼンをつけて、雪渓に乗る。
雪渓は固くしまっており、軽アイゼンがよく効く。
降り口はF2手前の右岸側に雪渓が繋がっている場所で、バイルを刺しながらクライムダウンすることが出来た。
雪渓の状態はすこぶるいいと言ってよく、運がよい。
F2はチョックストーンの滝で、直登出来ないので右岸の凹角を登る。
1P(朱宮)30m。
5.8くらいの簡単な登りだが、プロテクションが取りにくいのと浮石が多いので注意。
30mばかり登ると残置のペツルが1つありここで切る。
2P(三好)30m。
さらに右に回りこむが適当な低木もクラックも無く、ランナーが取りにくい。
しばらくトラバース気味に進むと残置の懸垂支点がある。
が、気が付かずそこからあまりよくない急峻な草付きを直上して、残置のシュリンゲとビナのかかった低木でビレー。
ここから懸垂してF2のすぐ上へ降り立つ。
右岸には雪渓が残り、側壁も上部からの浮石が多く悪そうだったので、左岸のガレ場を直上して行き、テラスまで登り詰める。
テラスにはボルトとハーケンの懸垂支点があり、これを利用して再び、沢に降り立つ。
大スラブの取付きは懸垂して降りたすぐ反対側に取った。
うおー、ようやく大スラブだ。
でも、思ったより怖そうだ。
R3よりなんて行けそうに見えない。
緊張してきた。
3P(朱宮)50m。
階段状を右上し、その後直上、所々エイリアンがつかえるリスがある。
潅木で1Pを終了。
エイリアン黒&青。
4P(三好)50m。
凹角を直上。
ミズナラの群落まで。
フリクションがよく気持ちいいのだが、エイリアン黒&青を効かせた後はランニングが取れないため、びびって時間がかかる。
5P(朱宮)50m。
群落の左側に沿って直上。
快適なフェース。
潅木でランニングが取れる。
6P(三好)50m。
摂理面に沿って左上。
クラック沿いに大ハング下の潅木にて終了。
振り返ると、壁尾根側壁、紅葉、抜群のロケーションだ。
左俣F2の上に見える壁は、岩がジグソーパズル状にはまっているだけでいつでも落ちて崩れそうで、見ているだけで背筋がびりびりする。
7P(朱宮)50m。
細かいクラックを拾って直上。
フェースの傾斜が増してくると潅木もなくなり、草付き手前の小クラックにエイリアン3つかませて支点とした。
8P(三好)25m。
大ハング(実際見ると垂直以下)の下の草付きにそって右にトラバース。
潅木帯に入ったら直上。
凹角や、右のリッジにルートを取ろうと右往左往したあげく、動いてはがれそうなスタンスにどうしても乗り込めず、時間も費やして、交代することにする。
9P(朱宮)25m。
顕著な凹角を直上。
右側の壁はややぼろい。
5.9程度。
潅木2本、エイリアン2つでランニングを取った。
スラブに出たところのミズナラで終了。
10P(三好)50m。
クラックに沿って直上。
傾斜はないとは言え、びびり屋の私には手ごわい。
途中ハーケン1、細い潅木などでランニングをとって、あとはひたすらランナウトし、ロープ一杯まで伸ばす。
ビレイ点はエイリアン1、ハーケン2で取った。
11P(朱宮)50m。
潅木でランニング1、特に問題無し。
ひたすら直上する。
12P(三好)50m。
そろそろR3の方に近づきたいと思いやや左上後、直上。
ブッシュ3つでランニング。
暗くなるまで時間もなく、傾斜もますます緩くなり、よいしょ、よいしょと走るように登る。
体育会系のノリになってきた。
13P(朱宮)50m。
凹角を直上、潅木をのっこした後、右の凹角に移り潅木でビレイ。
14P(三好)50m。
顕著な凹角を直上、途中で右手のカンテに移りスラブの尾根上を再び直上。
上に針葉樹が見え、右側は大スラブ右ルンゼで、大きく切れていた。
15P(朱宮)30m。
左へトラバース。
R3の方がよく見えるところで潅木ビレイ。
このまま潅木づたいに直上してから左側にトラバースするか、左下に見える潅木の小群落から懸垂して下の草付きバンドから左にトラバースし潅木からR3に下降するという2つのルートが考えられたが、かなり暗くなり早急な決断を迫られた結果、後者を取ることにした。
17:30。
50mぎりぎりの懸垂で、草付きバンドまで届いた。
16P。
そのまま、バンドを歩いてトラバース。
17P(朱宮)40m。
かなり暗くなりヘッデン行動となり、勘もにぶく、遅いのを自認している三好は、朱宮にリードを交代。
凹角を直上して潅木群落の中を左にトラバース。
18P(朱宮)20m。
さらに左へ藪をこぐとR3に自然に出ることが出来た。
なんでこんな近くで切るのかなと思いつつ、三好もフォローで行ってびっくり。
そこは、適当な砂場からなるすばらしいテン場だった。
本当は、ここで焚き火をしようと計画していたのにな。
自分の遅さが情けない。
10月8日(月)
晴れ
出発(6:40)~コル(11:00-30)~登山道(16:30)~内蔵助谷出合(17:15)~ダム(18:10)
あまりにも快適な場所で寝過ごしてしまった。
今日も天気がいい。
上を見上げると大ヘツリ尾根の3つの針峰が見え、振り返れば中尾根ドーム、中尾根支稜、その後ろには後立山の稜線が続いている。
明るい沢。
この標高まで来ると紅葉もますます美しい。
春とは全く違う風景だ。
いくつもの顔が思い出され、悔しくて涙が出そうになるのを堪える。
ここからしばらくは簡単な滝をいくつか越えて行く。
スラブでホールドがあまり無いため、フリクションを効かせて登って行く。
三好は少しでも濡れていると怖くなってしまい、途中2回ほど、ザックを引き上げてもらった。
情けない。
8:00ごろ大へつりの最後の針峰の直下に40mほどの滝に遭遇。
左のブッシュ帯を巻けるが、行けそうだった左の凹角に沿ってフリーで直上する。
フェース部が悪そうだったので、右にバンドに沿ってトラバース。
しかし、この右側の壁は摂理に沿って板状にはがれる最悪の壁だった。
ここにエイリアン2つと細い潅木でビレイを取ってザイルを出すことにする。
朱宮リード。
傾斜はそんなにきつくないが、とにかくぼろいらしく、落石がばんばん落ちてくる。
10mばかり右壁に沿って直上し、この右壁にナイフブレード3枚を重ね打ち、あまりにも悪いのでザックを残置して登って行く。
ぼろいギャップを慎重にのっこすと薄くはがれるフェースになる。
さらに10mばかり右壁に沿って直上後ハンノキでビレイ。
ロープを固定してもらい登る。
この後は尾根上をひたすら直上して行く。
潅木が出てきたら左へトラバースして沢芯へ降りる。
前方に大きなダケカンバが見えるのでそれを目指してひたすら登る。
尾根は見えてからがむちゃくちゃ遠い。
朱宮に追い立てられ、ばてそうになりながらコルまで着いたところで、すでに11:00だ。
朱宮がめざとく取ったクロウスゴの実がとてもうまい。
計画通り、南峰右ルンゼを下ることにする。
真正面にダムが見えるがどれくらい時間がかかるだろうか。
直線距離ならすぐなんだけどな。
コルから木を使って2P(40m、40m)懸垂し、しばし沢沿いに歩く。
やがて滝が現れるので右岸のヒノキを使って懸垂する(40m)。
比較的新しい残置のシュリンゲもあった。
続いてかなり大きな滝があるので、そのまま右岸のヒノキから懸垂。
右からルンゼが合流している。
50mぎりぎりで沢芯に降りることが出来た。
ここは浮石が多いので注意。
それからしばらくはなだらかなゴーロが続く。
段々、沢幅が狭くなり、滝が連続してくる。
しばらくはクライムダウン。
朱宮はすたすた行くが、三好は2回くらいザックをスリングで下ろして受け取ってもらう。
20m滝は沢の中に残置のハーケン2本とボルト1本があったが、離れているし、古そうなので、ナイフブレードを一本打ちたした。
次の20m滝は左岸にハーケン3本と赤いシュリンゲがかかっており、それを利用する。
ボルトもハーケンもほとんど雪崩で飛ばされてしまう印象があったが、こっちはきちんと残っている。
滝自体は表面がぬめぬめで懸垂してもつるつる滑って降りにくい。
別山東面の沢は次の滝は40mと10mの2段の滝。
右岸の潅木を使って懸垂。
最後の20m滝はハーケン5本の残置支点がしっかりしていたので、これを利用して安心して下る。
新しめのスリングもかかっている。
後は内蔵助谷の出合まで30分ぐらい。
出合から左に少し行ったところで、飛石伝いに沢を渡ることが出来た。
そこから笹を少し藪をこいで、登山道まで出る。
トロリーの最終は諦めモードだったが、夕暮れが迫っていたのでダムまで休まずに飛ばす。
着いたのは、ちょうど真っ暗になった18時過ぎ。
ヘッデンは出さずに済んだ。
トロリーバスは17:35までなので、あとはトンネルをひたすら歩くことになる。
朱宮は初めてだったので、なかなかきつかったが、破砕帯の通過の緊張感などバスに乗っているだけではわからないことを体験できて感動した、とのこと。
でも、もういいかなとも言っていた。
大町側に出たときの開放感はこの上ないんだけどね。
見渡せば、次から次へと、行きたい壁が、ルンゼが、目に飛び込んでくる。
どこでも登れそうで登れない壁、草付き、雪渓、脆さ、ルート図では読めない未知が黒部にはつまっている。
体全体、自分の能力全てを注ぎこむような山登りがここにある。
だから、行きたくて行きたくてたまらないのかもしれない。
黒部に惹かれてしまうのかもしれない。
結局のところ、「御伽の国」は、実力不足の私にとってはまだまだ「御伽の国」でなかった。
最初から最後まで朱宮に頼りっぱなしだった。
天気もよく、雪渓の状態もよく、運がよかった。
もっともっと修行をつんで、自分の力で、また黒部に向かって行きたいと思う。