1999年10月9日~11日
荒井、小谷、関(記)
三連休は黒部の沢を考えていたのだが、荒井さんと小谷さんが奥鐘に行くというのでメンバーに加えて頂いた。
学生時代、水平道から見た奥鐘は登攀の対象として見るには余りにも恐ろしかったが密かに「登れたら・・・」と思っていたので、こうして訪れる機会を得て大変たのしみだった。
10月8日(金)
PM11:20 小谷宅発、AM5:30宇奈月着
10月9日(土)
8:30発のトロッコ電車で欅平へ。
この日はアプローチのみ。
欅平から40分の谷歩きで奥鐘基部に着く。
足回りは渓流シューズが断然いい。
こんなに近いとは・・・もっと豪華な食糧計画にすれば良かった。
水量が多いときはアプローチも困難を極めると聞くので今回は条件が良かったのだろう。
まだ昼前なので昼寝を決め込む。
荒井さんはよほど疲れがたまっているようで「山だと子供に起こされないから熟睡できんだよ。」といってそそくさと寝込んでいる。
行きの車の中で、家庭と山の両立の困難さについて2人から聞かされたが、寝ている荒井さんを見ているとそれを実感する。
中嶋君、がんばってね。
他パーティーは続々と壁に取付こうとしている。
「どーするんだろうねぇ」
と話しているとほとんどのパーティーは下部数ピッチで下降してきた。
壁でビバークしている人達もいたが、この日は冷えたのでさぞかし辛かったと思う。
10月10日(日)
今日は人気ルートの中央ルンゼを予定していたので3:00起床。
食事をしてさて出発と思いきやまだ外は真っ暗。
テントの中でしばしポケーッとしてから出発。
取付きで準備していると3人組のパーティーもやってきた。
彼らはトロッコ電車で相席になった人達だ
(?)「おたくらどこいくの?」
(秀)「欅平です」
(?)「ちがうちがう奥鐘でしょ」
(秀)「あっ中央ルンゼでず。他にも結構(クライマーが)いるから混むかもしれませんねぇ」
(?)「まったく混んでもいいけど早けりゃいいんだけどねぇー」
(秀)「はぁ(この人達早いんだろなー)」
てな会話があったので先行してもらう。
我々は3人パーティーだったので荒井さんに終始トップをやってもらう。
6:00スタート。
1P目 III級 50m 草付
2P目 I~II級 50m 草付
3P目 III~IV級 50m 草付、スラブ
ここから岩登りの始まり。
先行は思ったより早くなくすぐに追いついてしまう。
先に行くことを進められたが、別に急ぐつもりもなかったので辞退する。
4P目 III~IV級 50m 草付、スラブ
5P目 III~IV級 30m 草付、スラブ
ハング帯の弱点となるくさびの切れ目の下まで。
ここらへんから後続が続々と登ってくるのが見え始めるが、先は相変わらず詰まっている。
6P目 V級 40m ここから本格的な岩登りの始まり。
7P目 IV+級 40m スラブ
傾斜の割にプロテクションが少ない。
先行のセカンドはテンションをかけて苦労している。
ここでついに後続も追いついてきた。
8P目 III級 A1 40m 先行が抜けるのに2時間待ち。
先行のセカンドはどう見てもアブミに乗るのは初めてとしか思えない。
もうむちゃくちゃな操作をしている。
我々はあきらめ顔で座って見物。
後続の1人が見かねて一挙手一投足を指示し始めた。
我々も一緒になって指示を送る。
「今乗っている右足に立ちこんでください・・・そう、それで体を上に引き付けてフィフィをかけるんです。そうそう、それで少し腕を休めて・・・今度は今左手に持っているアブミを・・・」
といった具合に。
ついにハングを抜けた時は、我々はもう半分ヤケクソで「ヤッタァー」と叫んでしまった。
実際は荒井さん曰く「快適なA1だったよ」
9P目 IV級 A0 40m 3~4メートルの振り子トラバース。
よっぽど先行を抜こうと思ったが、セカンドがビレイ点にたどり着くとトップがすぐに登り始めてしまう。
先行のセカンドの人はよほど疲れたのかテンションかけまくり。
もう登っている時間よりビレイ点にいる時間の方が長い。
ふとさっきのビレイ点で後続の人のグローブに「ACC-J MOTOZU」
と書いてあったのを思い出し「小谷さん、もしかして後続の人あの本図さんかもしれないっすよ。」
「えっ、ほんと!(剣沢の)大滝登った人だよね!?」
私は軽く振ったつもりだったのだが目つきが尋常じゃない。
「(あー、この人マジだよ)」
その後ビレイ点で改めて本図さんに挨拶すると、本郷さんのことを知っていてよろしくとのことでした。
10P目 IV級 40m スラブ プロテクション1個でのトラバースでちょっと怖い。
11P目 IV級 40m スラブ
12P目 IV+級 A1
ここもA1のピッチがあるのでいやな予感がしていたのだが、ビレイ点にたどり着くと目を覆いたくなるような光景が待っていた。
またもやセカンドがテンション状態で動かない。
だんだん明るいうちに下りれるかが不安になってきた。
後続の本図さん達は「もーどーでもよくなっちまった」と言って下降の準備を始めている。
その後にも数パーティーがつまっていたが皆下降の準備を始めていた。
我々はここで1時間余り待って登り、残り1ピッチを残して下降することにした。
時間は3時20分でなんと9時間20分を要した事になる。
驚いたことに先行はまだロープをのばし、この日中央ルンゼに取付いた唯一の完登者となった。
我々は怒りを通り越して、あれだけ力量のないパーティーが奥鐘を登ったという事実にただ驚くばかりであった。
10回の懸垂で暗くなるギリギリの5:45に黒部川に降り立つ。
くさびの切れ目から下は一致和合のルートを下降するのだが、ビレイ点は草付スラブの中で非常にわかりづらい。
壁に向かって気持ち左方向に下る。
先に下降しているパーティーのおかげで助かった。
この日の夜は小谷さんに連れられて本図さんのテントにご挨拶。
剣沢大滝の貴重な話を聞くことができた。
ありがとうございました。
10月11日(月)
欅平へ下山。
この時期の連休は昼過ぎになると座席の確保が難しいという話を帰りの車中で耳にした。
欅平では2日前に中央ルンゼに取付いて頂上まで抜けて祖母谷へ下降したというパーティーがいた。
今は頂上まで抜けるルートは藪の密生がひどく、壁の終了点から頂上をぬけて祖母谷へ下るのに13時間を要したとのことです。
すっきりとした登攀は望めませんでしたが、良きメンバーと好天の3日間があればそれだけでも満足でした。
今度は正面壁から頂上へという3人の思惑は当然一致していたのでした。