2000年4月15日から3日間
森広、三好(記)
土曜は天気が悪い。
日曜の天気予報から回復傾向だが、寒気が入ってきているんだから山を甘く見てはいけない。
それはわかっていても、休暇をとってしまったこともあって山に行きたい気持ちが勝ってしまい、とりあえず出かけてみましょうと無理押ししてしまう(とてもよくないパターン)。
森広さんは、仕方ないなーとあきらめムード。
4月15日(土)
8:30ゴンドラ乗り場~9:30第一ケルン~14:30唐松山荘~16:30テント設置
急行アルプスで白馬に到着。
6:40のバスに乗り、ゴンドラ乗り場へ。
今日は下降がダメそうなら唐松山荘近くで泊まろうと話していたので、時間的には余裕があり、ゴンドラに乗った後はスキー場の隅をのんびりと歩いて進む。
結局雪が降り続けているので縦走に決定する。
スキーの跡はあるが、つぼ足ではすねまで潜らせながら歩くことになる。
途中、真新しいテントが埋まっているのを発見。
恐る恐る中を除くと、マットだけ残っているのが見える。
硬くしまった雪にテントはびくともしない。
ここに泊まっていた人はどこに行ってしまったのだろうか。
唐松山荘近くで硬い雪をかなり頑張って掘り、半雪洞としてテントを張る。
4月16日(日)
6:20出発~6:50唐松岳~12:00折り返し地点(不帰2峰付近)~15:00唐松岳~
18:40ゴンドラ乗り場
鎖はほとんど埋まっていて、尾根を忠実に、または尾根を右に左にと巻きながら進む。
わかりにくい場所もあって行ったり来たりを繰り返すうちに、段々雪も風も強くなり、雪面と空の区別もつかなくなってきた。
不帰Ⅱ峰付近で、尾根を巻き気味に雪面を下ってゆく。
傾斜がどんどん強くなる。
方角もいつのまにか違っている。
間違えに気付き登り返す。
尾根上を探したら、鎖を発見し進行方向がわかったが、すでに12時だ。
この先進んでも幕営できそうな場所に着くことも難しい。
「でも、行きたいなぁ。」
「行きたいって思うだけでいいんだったら、誰でも行けるよ。」
と森広さんにピシッと言われる。
そりゃそうだ。
戻りましょうということになる。
戻ってよかった。
これからが核心となる。
今までなんなく通った箇所も新雪が付き、足もとから雪がガンガン落ちてゆく。
体ごと持っていかれそうだ。
唐松岳までたどりつけるかも不安になる。
ロープを出し、森広さんが躊躇なくトップで進む。
こういう所では本当に経験の差が出る。
雪山を、悪天をなめてはいかんのだ。
だだっ広い八方尾根で磁石をフル活用し、ゴンドラ乗り場に到着した時には日が暮れていた。
ゴンドラはすでに止まっていたので、入り口の屋根のある所にテントを張った。
実は出発前からここまで森広さんに色々と怒られ通しで、しゅんとしていた。
黙々と荷物の整理をしながら甘い紅茶を入れて、森広さんに手渡す。
「うまい」
と言って、にこにこしている。
森広さんはやっぱり可愛い女性だなと思う。
森広さん、もっと勉強して、無茶せず頑張るんで、これからも呆れずにお付き合い下さいね、と心の中で思いながら笑い返す。
気付いたら、山を初めて10年近く使い続けて来た磁石が枠だけ残して無くなっていた。
4月17日(月)
快晴になった。
周りの山々を見渡して、また来るぞーと思いながらゴンドラに乗る。
下りたら、もう春の風情でぽかぽか暖かい。
仕事はいくらでもたまっているので、特急に乗って職場に直行。
風にやられて黒くなった頬のまま仕事した。
ついでに残業していたら、今度結婚する先輩の前祝いだからと言っていきなりカラオケ屋に呼び出され、山の格好のまま(仕事中は作業着だったけど)、〝Can you celebrate〟やら〝長い間〟やらを歌うことに。
ハードな3日間であった。
悪天も小出しに経験しておかないといかんのだということで、森広さん、お許し下さい。
今回、本当に行ってよかったです。
今度は天気のよい時に、もう少し日数を持って向かいます。
おわり。