瑞牆山 十一面岩末端壁 調和の幻想

2001年8月25日
倉田、井上(記)


森がすっかり無くなった遊歩道をアプローチする。

1ピッチ目 (5.9、20m、倉田リード クラック)ジャムの良く効くクラックを登る。

2ピッチ目 (Ⅳ級A1?、20m、井上 クラックとスラブ)初手から最後までビショビショ。

クラックでエイリアンの人工を数手まじえ、その後濡れたスラブを登る。

残置ピトンから右上しようとしたところ、左にビレイ点が見えたため、クライムダウンして戻る。

3ピッチ目 (5.8、20m、倉田 フェースとクラック)残置が幾つかあった。

フェースのぼりで、クラックでプロテクションを取るという印象を持った。

4ピッチ目 (5.10a、20m、井上 スラブとクラック)スラブからクラックを登る。

所々濡れていた。

ルーフ下から上部に抜けるクラックは、ジャミングで登った。

このクラックをレイバックで行った中嶋さん(1997年の記録)は、力持ちだと思った。

5ピッチ目 (5.8、40m、倉田 クラック)とても綺麗なワイドフレークが空に向かってのびていた。

その後、オフィズス。

ワイドフレークではかなりランナウトしていた。

このピッチは登っていて本当に気持ちがよかったので、リードしたいと思った。

終了点から少し登ったテラスで、のんびりしてから懸垂で下った。

クラックを登りこんでいる倉田さんは上手だった。

カムのセットのスピードと登るスピードに違いがあると思った。

トポは中嶋さんの記録が参考になった。

ルート中のプロテクションは取りやすかった。

この日の十一面末端壁には人がたくさんいた。

次は末端壁のクラックルートやベルジュエールを登りたい。

翌日は、ヨセミテ行きの準備がある倉田さんと別れて、赤井さんと三好さん達に合流させてもらって小川山に行った。

ビクターの下地がまっ平らに整地されているのにびっくりした。

 

湯川の岩場、越沢バットレス

2001年8月18日から2日間
三好、浅野、柴田(記)


8月18日(土) 湯川
三好、柴田

金曜日の昼前、会社に「今晩から小川山に行きましょう」とみっちょんからメールが入る。

土曜日は久しぶりにのんびりしようと思っていたが、事業計画も終わり比較的早く帰れそうなので何とか対応できる。

ま、それでは行きましょーか、と言うことで鶴ヶ峰に10時に待ち合わせ信州峠で仮眠の後土曜日朝に廻り目平に入る。

翌日は細かい雨が降っていてなかなか止まず。

11時過ぎまで待ったものの結局止みそうもないので諦めて湯川に転進。

湯川は初めてで、午後からの遅いスタートだったのでやさしめのところ3本しか登れなかったが面白かった。

また行きたい。

– デゲンナー (5.8 FL) 屈曲したクラック。

側壁にスタンスあるが、久しぶりのクラックに少々もたつく。

– 台湾坊主(5.9 FL) 上部に真っ直ぐ伸びるクラック。

美しいがこちらも側壁に比較的容易にスタンスが見つかる。

途中のテラスでゆっくり休める。

– 北風小僧 (5.9 FL) 下部はレイバック気味に、中間の核心手前にキャメを決め、核心ではエイリアン黄色をセットしてガバを掴んではい上がる。

全てみっちょんが先に登り、その後をロープを抜いて柴田が登った。

5.9クラスでも自分でプロテクションをセットして登ると充実する。

最後にコークスクリュー(5.9)を登ろうとしたが時間切れで登れず。

名古屋ACCの山田(がっちー)さんと一緒になり言葉を交わす。

甲府駅前でほうとうを食べてみっちょんとは別れる。

この日は大月駅前の自販機横で浮浪者状態で仮眠。

 

8月19日(日) 越沢バットレス
浅野、柴田

9時過ぎに鳩ノ巣駅で待ち合わせ浅野さんと越沢バットレスに向かう。

管理料金が200円に値上げされていた。

– 第2スラブルート(Ⅳ+ リード)

1年前に登っている。

浅野さんはアイゼンでフォローしてきた。

– 鋸ルート(Ⅵ)

1P:リード。

ハングはガバをつかんでサクッと越える。

エイリアンが使える所が結構有る。

2P:フォロー。

期待していたⅥを登らせてもらう。

核心は2ヵ所あるが落ち着いていけば大丈夫。

フェースの5.8くらいか。

今度はリードしよう。

– 左ルート(Ⅴ リード)

檜のテラスから左上するクラックをのぼる。

右足をクラックに突っ込んだりとなかなか楽しい。

ややかぶり気味で左足のスタンスはあまりないが、右壁上部にガバがあったりする。

この日登った中では一番楽しかった。

 

剱岳 八ツ峰Ⅵ峰、チンネ

2001年8月13日から5日間
櫻井、高橋、大滝(記)


8月13日

内蔵ノ助平経由で真砂沢へ。

テント場は混んでいたが、平らな所に張ることが出来た。

テント場の端がすぐ雪渓だ。

悪い事に、櫻井さんが真砂沢のすぐ手前で足を挫いてしまった。

8月14日

5時起床6時出発かな。

他のテントは3時、4時に起きている。

なんて偉いのだろう。

櫻井さんも「行ってみる。」というので3人でⅥ峰CフェースRCCルートに向かい長次郎雪渓を登る。

テント場からずっと雪だ。

途中で6本爪アイゼンを着ける。

櫻井、高橋は12本爪を着ける。

剱沢から歩いてきたクラックスの本郷パーテイに会う。

岩場に着くと混んでいた。

A、B、C各フェースとも順番待ち。

特にCフェース剣稜会ルートは数珠繋ぎだ。

目当てのRCCルートには誰も居なかったが、到着直前にワンパーテイに入られてしまった。

遅い先行で嫌だったが、お盆だから仕方ない。

明るく快適な岩を楽しんだ。

(全ピッチ大滝リード)2本目も登りたかったが、時間的に駄目だった。

まあ、いいや、降りてビール飲もう。

8月15日

櫻井さんは、足が腫れたので休養。

この日はDフェースなので4時起床5時発

Dフェースは、A、B、C、とは格が違う。

怖い。

取付きも雪が阻んでいる。

雪渓を左から回り込み、苦労して到達する。

取付きは暗く、じめじめしている。

思った通り誰も居ない。

以前、富山大ルートを登ったので、久留米大ルートを選んだ。

(全ピッチ大滝リード)

1P目 直上は怖いので、左から巻いて行く。

明るいフェースに出ると楽しくなる。

小川山物語を簡単にしたような、わくわくするピッチだ。

2P目 右に行くのか、左に行くのか迷ったが、左に進んだ。

それで良かったみたいだ。

3P目 出だしの4-5mのスラブはフリークライミングの様で楽しい。

ハング下からアブミトラバースし、ハングの切れ目をA0でぐいぐい登っていく。

残置はしっかりしている。

アルパイン的興奮に満ちてくる。

核心部が終わっても、頭までロープは着けたままだ。

取付き9:20Dフェースの頭12:30 2本目は、やはり無しにして真砂に降りた。

8月16日

櫻井さんは下山。

この日はチンネ左稜線なので、3時起床4時発。

何と真面目な。

長次郎右俣は上部雪が繋がっていない部分があった。

左稜線の取付きに、ほいほいと向かった。

壁には誰もいない。

15日、16日で結構下山したようだ。

ところがここで大失敗。

取付きを通り越し、その先のルンゼを、変だ。変だ。と思いながら登った。

でも難しくて、2P目が登れない。

散々悩んでいると三ノ窓側に人が来た。

大声で、「すいませーん。左稜線の取付きはそっちですか。」

とても恥ずかしかった。

いそいそと戻り、正しい取付きに着いた。

本来8:30には取り付けたのに、11:00になってしまった。

随分昔に来ただけなのに、慢心でしっかりと取り付きを確認しなかった。

大いに反省しました。

先行は4人で2パーテイ。

待たされることなくさっさか登る。

ガイドされているが如くだ。

ただ、ハング越えのピッチでは待たされた。

ここは右のフレークがぐいぐい掴めるので右寄りに登ると楽だ。

先行のトップが登っている時、ガスが出て幻想的でとても格好良かった。

寒くなったので長袖を着た。

上部のナイフエッジから下の雪渓を見下ろすと眩暈を覚える。

時間がとても気に掛かったが15:20に終了。

ほっとした。

(全ピッチ大滝リード)

真砂沢17:30着。

8月17日

良く晴れたなか下山した。

 

 

北穂高岳 滝谷ドーム中央稜、北西カンテ

2001年7月20日から4日間
櫻井、井上、一ノ瀬(記)


7月19日夜

21:30西国分寺駅→稲核ダムで仮眠

7月20日

7:00頃稲核ダム出発。

寝不足だがさわやかな朝。

8:15上高地、ここで朝食。

今日は北穂・南稜テン場までの予定、だがさすが連休の上高地、やっぱり人、人、人、で富士山夏山状態!追い越してもまた人の列が途切れずその行列の一員のまま14:00涸沢へ。

自分だけがへろへろだと思ったら2人もお疲れの様子、北穂高小屋までゆっくりと時間をかけて登り、16:40テン場着。

夕食の焼き肉丼がへろった腹に染みわたった。

7月21日

起床。

ラーメン食って7:30発。

北穂小屋経由で登山道から三尾根をかなり慎重に下り、20m懸垂して9:00取付きへ。

「私ら3時間待ちですよ」

と順番待ちの1パーティー、前を登る3パーティーとやはり三ツ星ルートだけある。

遅く出た我らは10:30登攀開始。

昨日の暑さで軽い熱中症にかかった井上さん、調子はまずまずだが念のため、と櫻井さんがトップ。

さすが3,000mの高所、もう下からガスがあがりはじめている。

少し寒い。

1P目、短いチムニー。

どう登んねん?手も足も私には取っ掛かりがなく、うろうろしていると上と下から叱咤する櫻井さんと井上さん。

突っ張るのね、なになにザックを降ろして自分と一緒に上げるですか、うんこらどっこいしょ、わーわー言いながらなんとか突破。

3P目からは井上さんトップ。

3人ギリギリのビレーポイントで5P目、最初の一手、左を回り込むにも下が切れててない!ここどうやっていくの!?後続のトップがもう横にいる、早く登らなくては。

しかし右を見上げても打ち手は読めず、やはり左か。

「こわいよう、どどどこに足を手ををー?!いやーわわかんないーっ!!」

焦りと恐怖で半泣き状態、口が勝手に喋りまくる。

「スリングかけてそこに足掛けろ」

ぎゃーぎゃーうるさいので仕方なく櫻井さんが指導。

ようやく体が上にあがる。

(あとで「トラバースであんなに怖がる奴めずらしいよ」と言われた)多分私以上に櫻井さんと後続のトップがほっとしたに違いない。こわかったーこわかったー登れたよぉーよかったぁーと小鼻を膨らませながら、いやいやまだあるんだ落ちれないぞ、と気を引き締めてあとはバリバリA0でなんとか登り切る。

ちょっと調子に乗った頃、終わりが近づく。

ラストのハングを右にいき、全7ピッチ。

終わりだ終わりだ!もう周りはガスで真っ白だった。

ドーム頭16:00。

終了点少し過ぎたところで靴を履き替える。

小屋まで戻り、水をたっぷり買って我が家へ。

小雨降るあやしい空に明日が心配だ。

7月22日

3時、他のテントからのでかい声に起こされる。

暫くして静かになり2度寝を決め込もうとしたら「あ、朝日」

の声に仕方なく5時起床。

すがすがしい青空。

北穂小屋を経由し登山道少し行って、8:30北壁取付き。

左ルート・右ルートを観察したらピンがヤバそうなので、北西カンテに決定。

取り付き準備中、登山者の落とす落石、早くもどこか登攀終了してまた北壁上部をいく5、6人パーティーのガラガラさせる音が滝谷に響く。

トップの井上さんが奥へと進むにつれ、ロープが流れにくくなる。

暫くしてアブミに乗ってがんばってる姿が見えた。

よし、私もアブミだ!初めてのA1にわくわくして進むとまたもやピンチ。

アブミを掛けるピンに届かない!うぇーうぇーいってたら上から井上さんが「桜井さんに助けてもらいなよ」

あ「さくらいさーーん!」

・・返事がない。

数回叫んだら、「あやいち抜けるの遅いからと思って気持ちよくひなたぼっこしてたのによー」と返ってきた。

今日もご指導を賜りやっとこさアブミに足を掛ける。

「私は落ちない、大丈夫」

と願をかけ、ばしばし打ってあるピン古いのまで余すことなく使い、リズムに乗ったころテラスへ這い上がる。

登り終えた嬉しさで最後に乗ったアブミを回収しそこねあせっているとせかされるように桜井さんに回収されてしまった…。

2P目もなんなく?クリア。

いやーしかしアブミって楽しい!と思ってしまった。

終了点12:00。

少しすぎた安定したとこで靴を履き替える。

えさをパクつき小休止していると、「握手しませんか」と急に井上さんが言う。

あらたまられると照れてしまうが3人握手。

「おつかれ」

「ありがとうございました」

せめて今日は午前中には登り終えたいと思っていたが12時ジャストに登攀終了!で一人でむふむふ喜んでいた。

テン場に戻るとなんと20張位あったテントが私達の1張しかなく、さみしそう。

今夜の寝床は涸沢なので我々も撤収、テントをばさばさやっていたら、ポールを折ってしまった。

ごめんなさい。

涸沢ではのんびりまったり。

周りの山々を眺める。

やっぱり山頂付近は午後ガスるのだなぁ、次はあそこいきたいなあ、と夢を馳せる。

7月23日

また周りの人々の声で目覚める。

今日で下山か…あっという間だった。

寂しいな…。

下山中、屏風や穂高を眺め、いつかこようとまた夢を馳せる。

後半単調な道は一人のおじさんと2人のバトルについてってあっという間に昼頃バスターミナルへ到着。

沢渡で久しぶり櫻井カーに乗り込み新島々バスターミナル前の「妙鉱の湯」(400円)で汗を流したあと、少々の渋滞を経て帰京。

車窓からの都会臭い風を受けて思わず穂高へ戻りたくなった。

<感想・反省>

あいかわらず、登攀中の余裕のなさ・記憶力のなさゆえ記録とはいえない感想文だ。

ベースを置いて高所での初めてのクライミングだったが、前週落ちたときの恐怖感・左手首の捻挫をかばうためとはいえ、ヌンチャクスリング掴みまくりの登りや先を考えない登りかたは情けない。

しかしあの滝谷を登ったことはかなり嬉しい。

もっと写真とっとけばよかったなぁ。

 

 

錫杖岳 前衛フェース3ルンゼ/左方カンテ

2001年7月20日から3日間
石原(愛媛大WV山岳部OB)、赤井(記)


7月20日

槍見温泉手前の駐車場に8:00集合、装備をザックに積め9:00出発

10:30頃 錫杖沢出合に到着テントを張る。

出合を出て12:30 3ルンゼの取り付きに到着した。

私らが準備をしていると、3人組の1パーティがきた。

12:50登攀開始、岩は多少濡れており、ガラガラした感じだが4ピッチ目までは順調につるべで登る。

途中、後ろのパーティがでかい落石(岩雪崩れのような音がした)を起こした時はビビったが・・・。

このルートは前に他のパーティがいるときは要注意です。逃げ場はなし。

5ピッチ目、石原君リードで残置のスリングがかかっている、右側の壁をトラバース気味に登っていく。

途中悪いため少々てこずっている様だったが無事抜けていく。

6ピッチ目、右側には残置のハーケンがある濡れた壁。

真中はチョックストーンに2箇所ほどスリングがかかっている、難しそうな壁。

左側はボルト1本に5mほどスリングが連結されている壁。

どれを行くか迷ったが途中支点が取れそうな右側を行く。

途中カム、ハーケン等で支点を補強しつつ人工で登るが、最後、4メートルほどの左へのトラバースが濡れていて踏み出せない。

手持ちのガチャで左横に補強して人工しようとするが、ハーケンが入らず、石原君に交代してもらう。

彼は、私の行き詰まったところからもう1歩上がり青のエイリアンをかまし。

テンショントラバースのようにし、その先に、もう1個キャメJr.をかまして、抜けていく。

7ピッチ目、やさしい草付きを抜け稜線に出る。

16:30終了。

1回懸垂を交えて逆側の谷のほうに行き、やぶをトラバースしFIXの張ってあるピナクルに出る。

FIXロープ沿いに降りクリヤ谷に向かって降りていった。

7月20日

7:00 左方カンテ取り付き。

すでに2パーティの順番待ち。

取り付きに戻ってくる予定なので、ザックを一ヶ残置する。

8:00頃登攀開始。

赤井、石原の順番にてつるべで登る、途中順番待ちで待たされるもののおおむね岩は硬く快適に登っていく。

最終ピッチ、貝の化石のあるフェースを私のリードで取り付く、石原君は”太古のロマンにひたりながら登ってください”などと余裕の発言をしていたが。

途中のフレークが触ると動き、また、所々濡れており結構悪かった。

同ルートを下降。

注文の多い料理店などを見物し、テン場に戻ったのは15:00ごろでした。

7月21日

烏帽子岩を登る予定でしたが寝坊をし、途中のアプローチの大滝まで行くも、帰る時間が遅くなりそうなので、やめて撤収した。

帰りは温泉に入りビールに焼肉を食べ、結構満足な3日間でした。

 

 

谷川岳 幽ノ沢 中央壁左フェース

2001年6月10日
浅野、倉田、向畑、井上(記)


土曜夜11時過ぎに高麗駅発、夜1時頃に一ノ倉出合いに着く、雨が降っていた。

次の日4時に起きると雨は上がっていたので、幽の沢に向かう。

5時頃出合い発。

幽の沢はほぼ雪渓上を行けた。

7時30分頃登攀開始。

浅野・倉田と向畑・井上で登った。

登攀は浅野・倉田が先行し、向畑・井上がその後に続いた。

私の登攀スピードが遅いのを向畑さんがカバーする形となった。

特にリードのピッチでは、ルートを外したり、濡れた岩のスメアリングの感覚がつかめなかったりで、時間がかかってしまった。

ルート自体は部分的に濡れていたが、ホールドは豊富で、ピンも思ったよりもあった。

核心のZピッチは、良く濡れていて皆あぶみを使っていた。

私は、トラバースの場所を間違えて下から行きすぎてしまい、1手ごぼうをしてしまった。

登攀中はずっとガスがかかっていて、13時頃、最後のリッジの所で雷雨にみまわれ、雹が降ってきたので、ツェルトを被ってしばらく待機した。

その後、中央壁ノ頭でロープを解き、堅炭尾根に16時に着いた。

私は堅炭尾根への登りでも遅れていたが、堅炭尾根からの下りの途中で足が笑い出して思いっきり遅れ、芝倉沢の出合いに19時30分頃ついて、一ノ倉の出合いについたのは21時前になってしまった。

皆さんに迷惑をかけてしまい大変申し訳無かった。

〈雑感〉

もっと登れるようになりたいという思いから、どうすれば登れるのかを考え、今回の山行は、自主性をもって登ることをテーマにしました。

計画書を自分で書くことから始めて、山行中に無意識のうちに他人に頼ってしまうので、そうならないように自分で判断して登ろうと思っていました。

そして、ルートに取り付いてからはつまらない敗退はしたくなかったので、絶対に登ってやるとだけ考えていました。

しかし、登攀中にボロッボロッと向畑さんに頼る発言をしてしまいました。

その時に置かれていた状況は、全て3手位進んで周りを見れば自力で解決できたことだったので、自分の頑張れなさに腹が立ちます。

このような甘えのある限りいつまでたっても上手くなれないだろうから、次の山行はもっと意識を強く持とうと思います。

体力・気力・技術に反省点が残る山行でした。

本当に悔しいです。

 

谷川岳 一ノ倉沢 衝立岩ダイレクトカンテ、烏帽子奥壁変形チムニー

2001年6月9日から2日間
赤井、柴田(記)


昨年9月の午前様の下山遅延以来の谷川だ。

メンバーはその時と同じ赤井さんとの二人きり。

きっとまた何か不幸なことが起きるのではとの悪い予感が。。。

6月9日

曇り時々晴れのちガス

湯檜曽駅で一晩明かし途中指導センターに登山届けを提出し6時過ぎに出合を出発。

トイレは建て替えられチップトイレになっているが男性用個室は1つしかなく以前に比べて落ち着かない気がした。

アプローチはよっぽど運動靴にしようかと思ったが迷った末に軽登山靴にした。

(正解だった事が後からわかる。)

快適にテールリッジ取付きまで雪渓を歩き、汗をかきかき約1時間で中央稜の取付き着。

ここで身支度をして衝立スラブをトラバースし、アンザイレンテラスに向かう。

二人ともアンザイレンテラスに行ったことが無いのでトポを見ながら見当をつけて草付まじりを登りアンザイレンテラス着、右斜め下に懸垂でダイレクトカンテ取付きらしき所につく。

頭上には見間違い様ない顕著な大カンテが延びておりルートが正しいことを確信。

1P(柴田)

取付きから直上するボルトラインも見えるが右斜めに登りブッシュでランナーを取り、フェースを直上したあと左に大きくトラバース。

ロープの流れがやや悪い。

2P(赤井)

小ハングの下までフリーでそこから人工が始まる。

大ジェードルの下を平行して左上にラインがのびており、古い残置ボルトのリングものびている。

さわると一部砂鉄化してこぼれる腐食ハーケンもいくつか。

途中遠いからとリードした赤井さんが打ったピンは素手で簡単に回収。

数手のフリー有り。

股間には衝立スラブが広がる。

久しぶりの人工に興奮しながら2P目終了点に到着。

3P(柴田)

レッジから延びるクラックに沿ってアブミの掛け替え。

フィフィを使うと随時休めるので楽チン。

時折現れるペツルには必ずランナーを取り「こんなとこフリーで登るなんてすげーなー」と感動しつつ進む。

右側のカンテに回り込む手前はややピンが遠くターザンのようになりながらアブミを掛け3P目終了点に到着。

残置5つくらいから支点を取りハンギングビレーで赤井さんに「登っていいよ」のコール。

赤井さんが登っている間にすっかり尻と腰が痛くなってしまった。

4P目(柴田)

順番では赤井さんリードだがモチも今一の様子でまた自分としても早くハンギング状態から解放されたいので代わってリードさせてもらう。

ビレーポイント右のカンテを越え傾斜の落ちたフェースを途中まで人工まじりで登り途中でアブミを手仕舞いフリーで終了点まで。

中吊りが恐いのでこまめにランナーを取る事を心がけた。

終了点でシューズを脱ぎ裸足でビレーしていたらこの近辺に住むブヨから大歓迎を受け、水虫のCMに出てくるオジサン状態でビレーを続ける。

終了点から少し上がると北稜の踏み跡に合流、懸垂4回でコップスラブ上のルンゼに降りる。

衝立前沢の雪渓の状態が悪く、ランナー無しのスタカットで各自必死のトラバース。

運動靴にしなくて良かったと思った。

その後も途中まで薮を進んだりと遅くなり出合に戻ったら真っ暗になっていた。

出合(6:15) → ダイレクトカンテ取付(8:15) → 終了(15:30) → 出合(20:30)

6月10日

曇り後雷雨

前日に引き続き湯檜曽駅で夜を明かす。

きっと雨で休めるだろうと踏んでいたが朝起きると雨は降っていない。

仕方ないと前日と同様のパターンで一ノ倉沢出合まで。

所沢ナンバーのシビック(向畑車)がチョコンと停っている。

彼らは何処に行ったかなー、と赤井さんと話しながらテールリッジを登る。

雪渓を歩いていた時は涼しかったがテールリッジに上がると突然暑くなる。

ブッシュの葉の朝露で顔を洗ったり喉を潤したりしながら歩く。

沢屋出身の自分は渇きに非常に弱いことを実感。

変チ取付が濡れていて水が流れているといいなーなどと妙な願望を抱いたりしてる。

変チには先行2パーティが取付いておりのんびりと身支度をしながら待つが残念ながら水は流れていない。

昨年中央カンテを登っているし天気も早めに崩れそうなので今日は中央カンテと合流する手前の変チを抜ける所まで、と決めて赤井さんリードで登攀開始。

1P(赤井)

大まかなフェースを直上。

前が混んでいることもありわりと短めにピッチを切る。

2P(柴田)

濡れたフェースを左上する。

残置が思ったより少なく途中ランナウト。

途中濡れたフェースを水が流れている所で喉を潤し横断バンド右寄りのレッジまで。

3P(赤井)

レッジ右側の濡れたクラックを滑らないよう注意しながら登る。

(先行のおばさんは滑っていた。)

あとは階段状の容易な岩場を越えて変形チムニーの下まで。

トポの3Pと4Pをまとめて登った事になる。

4P(柴田)

変チは赤井さんリードと思っていたが自分の順番になってしまったので赤井さんに「いいの?」

と聞くが「気にしないからどーぞ」との事。

先行のセカンドのおばさんが登り始めるのをのんびりと二人で見物する。

おばさんは出だしでいきなりフォール、バラバラと落石が起き3人で下に向かい「ラックー!!」

その後もなかなか進まずチムニー出口で左に抜ける所で何度もフォールし苦労している。

ビレイヤーから蜘蛛の糸のようにお助けシュリンゲが降りて来るが、それを掴むが力が残っていないのかそれでも登れない。

何度も我々に「ごめんねー」と声を掛けてくれるがどうせ我々はここを抜けるまでなのだからと「いえいえ、のんびりやって下さい」と応じる。

それでも幾度となくフォールを繰り返すおばさんを見ているうちに「そんなに難しいんだっけ」

と不安になってきた柴田は『IV、A1 or V+』とトポにあるのを見て「フリーで登りたいし」

と言い訳しつつザックを置いて登る事にした。

ようやくおばさんが登り終え我々の番になった。

チムニー手前の浮いている大岩に注意しつつ濡れたチムニーに入る。

要所に残置が有り途中からバックアンドフットでおばさんが苦労していた出口手前まで。

手の平サイズのクラックに左手を決め、濡れた岩角に右足を決め暗いチムニーから明るい外へ出る。

チムニーの亀裂を慎重にまたいで右側に戻りビレーポイントへ。

赤井さんも問題なく登ってくるが最後の所で腰のバイルハンマーが岩に引っかかっていた。

さて、予想通り天候も悪化の前兆が見えてきたのでスタコラと登った所を懸垂で下る。

登っている最中もそうだったが中央カンテ、凹状方面では頻繁に落石が起き「ラクーッ!」の絶叫がこだましている。

こんなところに長居は無用と中央稜取付きまではクライミングシューズを履いたままスピーディに戻る。

中央稜取付きでポツポツ降り始めテールリッジから雪渓に移る所でとうとう豪雨・あられ・雷の大合唱になる。

赤井さんは有名な変色した元ゴアのカッパを取り出して着ているが自分はもういいや、と濡れるに任せる。

振り返ると烏帽子スラブが一条の滝になっている。

出合に戻り着のみ着のままで一ノ倉沢を後にした。

向畑車がまだそのままだったことが気になったがまあ途中から倉田さんの携帯に電話すればいいや、と思っていた。

結局帰途では倉田さんの携帯は留守電のままでしたが、あの時間どこでどうしていましたか?

出合(6:15) → 変チ取付(7:45) → 変形チムニー上(11:00) → 出合(13:40)

 

 

黒伏山 南壁中央ルンゼ蒼山会ルート

2001年6月2日から2日間
朱宮、三好(記)


6月2日(土)

中央ルンゼ

黒伏山は全員がはじめてだったので、藪をこぎ右往左往しながら取り付き基部を探し、登り始めたのは9時。

しかも中央ルンゼに登るという2人組の先行パーティーが既に取り付いており、一人は地元の人で何度か来ているような話ぶりだったので、ちょっと位置が違うよなと思いつつ、藪の中でこれ以上右往左往するのも面倒で、次の順番を待った。

時折「これ渋いよー」というリードのおじさんの叫び声が聞こえてきたが、特に気にしなかった。

しかし5級+なのに登ってみるとかなり悪く、プロテクションはたくさんあってしっかりしているがホールドがほとんどなくA1をあっさり使った。

1P終わる頃におかしいと思い始め、後の三好がもう一度取付きを探したところ、だいぶ右の方にトポの写真通りのルートがあるという。

早速ロワーダウンしてやり直した。

実はそこは象の鼻カンテ(見ればそれとわかる)の左側の名も無き凹角ルートだった。

既に10時を回っていた。

1P (朱宮・30m)

快適なフェース、ホールドもたくさんある。

顕著なハングを左から巻く当たりがやや難しい。

2P (三好・30m)

傾斜も緩く容易なスラブから3人テラスへ。

3P (朱宮・40m)

クラックに沿って右上する。

プロテクションもしっかりしており問題はない。

ブッシュに頭を押さえられたら、プロテクションに従って左へトラバースするがやや悪い。

出だしの下につきだしたホールドは動くので注意。

すぐ上に見えたビレイ点で終了。

4P (三好・50m)

右上する凹状のスラブを登る。

傾斜も緩く快適だがプロテクションはやや少ない。

正面に核心部のフェースが見えてくる。

スラブの右側にビレイ点あり。

5P (朱宮・20m)

逆層スラブで気持ちが悪い。

ビレイ点から右の側壁に向かって直上し、垂壁部分に達したらの基部を左へトラバースする。

ルンゼの中央部でビレイ。

6P (三好・35m)

実はルートの核心部はここなのではないかと思われるほどボロかった。

ルートそのものはホールドもたくさんあり、傾斜の割にはそれ程難しくないが、出だしの数メートルは落石に気が抜けない。

実際、朱宮が一個落として、後続パーティー(さっきの人たち)をひやひやさせてしまった。

この時点で1時半。

7P (朱宮・25m)

垂直のフェースの一番最後が問題。

トポには垂直のフレークをヒールフックからマントリングして・・とあったができなかった。A0使用。

直上するのではなく、中間のバンドを左から巻く方が楽だった。

ここをのっこすと傾斜が落ち、階段状のスラブ帯になる。

通常のビレイ点はもう少し上だと思ったが、なんか眠くなってきたので、ここで一旦切った。

8P (三好・25m)

中間の垂直のフェースがフリーではやや難しい。

あとは若干の木登りを交えて最後の垂壁へ。

9P (朱宮・15m)

最初はフリーで越えようと思ったが、あっさり断念した。

細かいホールドがあるので行けなくは無かったかもしれないが、人工混じりで越えた。

このころ眠気はピークに、ビレイしている夢まで見て、下からの声にはっとさせる。

10P (三好・40m)

踏み後のある灌木帯をひたすら上に。3時頃。

11P (朱宮・10m)

一応ロープを出した。

黒伏山南峰頂上まではここから10分くらい。

頂上は藪に覆われておらず、眺めがいい。

特に山形市方面。

帰りはエアリアに載っていた南峰からの裏側を回る登山道を探して降りようとしたが見つからず、尾根上を西に向かって適当に下降した。

所々かなり傾斜が強く滑りやすいので注意。

傾斜が緩くなりしばらく笹藪をこいでいくと、顕著な沢と合流しそのままその沢を下降していくと、本来の登山道に出た。

4時半。

(記・朱宮)

6月3日(日)

柳沢小屋は登山者で一杯だったため、酒をのんびり飲んで騒ぐ(?)こともできず、早々に眠ったが、木下・村岡Pは風の軌跡の残りのピッチとあともう一本登ると言っていたので、蒼山会ルートに取り付く予定の私達は、のんびり出発し、8:30登り始め。

1P (三好)

「ユニット藪と苔」にいつのまにか入っているらしいので、藪は三好の担当となる。

悪い!ざれざれで、傾斜も強く、過重をかければ引き抜けそうな藪を掴み、バランスを取りながら登る。

少し太めのブッシュが出てきて一安心と思って、藪こぎしてゆくと、今度はロープが摩擦で全然のびなくて苦労する。

目の前のビレイ点になかなか届かない。

疲れた。

2P (朱宮)

フリーで行くぞと、息巻いている。

テンションをかけてしまったが、なんとか抜け、4cmクラックのビレイ点で切る。

三好は、なさけない登りっぷりを披露する。

ホールドがザレザレでまるっこいのは怖い。

3P (朱宮)

本来の2Pめの途中で切ってしまったので、次も朱宮が行くという。

またフリーでと頑張るが、すぐにアブミが出てきた。

おじさんと呼ばれる年齢になって、あきらめも早くなったか。

それにしてもほこりっぽい。

まともに目も開いていられない。

ビレイしていると、木下くんが落ちて怪我したと言う村岡さんの声が聞こえた。

結構ひどいらしいので、このピッチを終えて、すぐに懸垂して様子を見に行くことにした。11:00。

木下くんの怪我は手の指が血まみれで、足の小指は打撲っぽかったが、なんとか歩けるとのこと。

指の肉がえぐれたーえぐれたーと叫んでいるし、血も止まった様子だし、傷はそのままで下山して、村岡奥様の治療を受ける。

皮が向けただけよ、皮が邪魔なら歯で引きちぎって登るのよと言いながら、皮を切り、傷口をがしがし、ごしごしと洗っている。

さすが看護婦さん。とても素敵だ。

結局、この夜は山形の栗谷川さん宅でまた酒盛りし、仮眠してから帰ることになった。

栗谷川さん、おじゃましました。

また(?)よろしくお願いします。

蒼山会ルートは全部フリーできっちり進めるくらいうまくなって、ついでに1Pめは他の人がリードしてくれるんだったら、また行ってもいいかなぁ。。。

 

奥多摩 大雲取谷

2001年5月26日から2日間
赤井、櫻井(記)


大雲取谷は、苔むした岩の間の豊かな水流、ブナやかえでの木漏れ日の明るさを喜ぶために行く谷だ。

大きな滝の登攀や息詰まるようなゴルジュの突破を求めて入るとがっかりすることになるだろう。

夜行日帰りで充分な行程だけれど、土曜の午後から登りはじめると他のパーティーといっしょになることもなく谷の奥で一泊することで山に浸ることができる。

私には、ときどきこんな山をやりたくなることがある。

5月26日

13:00唐松谷出合い吊り橋、16:30熊穴窪出合い、17:00ヒタゴヤ窪出合い、泊

何ヶ所か緊張する高巻きやへつりがあったが、ロープは出さずに終わってしまった。

途中、流れの中にカモシカの死体が3つ。

うち2つは毛皮を残して白骨化していた。

天気は曇りで時々弱い日差しがある程度。

日向窪から先にはテントひとつ程度なら張れるところがたくさんある。

上等な日本庭園のような景色のなか、かつぎあげたビールで今年初めての沢に乾杯。

5月27日

7:30発、9:30雲取山、富田新道を下って唐松谷出合い、11:30林道

なるべく頂上に近い所まで沢筋を詰めていったら、山小屋の取水場に出た。

ここまで、思ったよりも滝があったりしてアスレチックだった。

もちろん源頭の苔むした美しさも満喫した。

岩に付く苔にも新緑があるようで、非常に明るい緑が新鮮だった。

この日もカモシカの死体2つに出会った。

さんざん飲んできた沢の水になにか味でもあったかな?と思い出してしまった。

2月の大雪で食糧に不足して餓死したのだろうか。

この5月の命溢れる明るい沢からは想像できない厳しさだったのだろう。

ちょっと急になった斜面をやぶこぎも無く登ると、主稜線にポッと出る。

頂上はすぐそこに見えていた。

重荷でふーふー言った剱の春山から3週間ほどしか経ってないのが不思議な感じだ。

こんな、浸る山もたまにはいいでしょう、赤井さん?

 

丸山東壁 左岩稜・Appendix(敗退)

2001年5月19日
向畑、倉田(記)


去年から数えて何回目になるのかわからないが丸東への計画を立てた。

今回は付き合ってくれそうな人たちを何人か誘ってみたが断られてしまい、また向畑師匠だけ付き合って下さることになった。

腰が悪いのに何時も付き合っていただき本当に感謝。

初めて足を踏み入れる山域なのでいろいろ思いを馳せていた。

ぽかぽかした中、黒部川をてくてく詰め、雪渓で埋まっている川を越え、内蔵助谷へ。

背中のアメリカンエイドの道具が重く向畑さんに遅れ、体力の無い自分が情けない。

思いを馳せていた丸東を見ると体とはうらはらに、登ってやるぞと思う。

1ルンゼ出合いにテントを張っていると、中央壁のダイレクトルートに取付いている2人が見える。

12時ごろ?取付きにつくと、今まで晴天だった天気が一転、雲が張りだし雨雲らしいものも見えてくる。

天気予報では夕方から夕立の予定。

まだ大丈夫だろうと向畑さん。

取付きにはボルトがいくつか。

アペンディックスやメイズのルート途中にも残置がちらほら。

話に聞いていた通りとはいえ、うーん。

壁を前に、準備している最中にぽつぽつ。

向畑さんが、「これ雨かな?。」

私が、「そうですねー。」

と言っていると、結構でっかい音が鳴り響く。

向畑さんが、「これって雷かな?。」

私が、「そうですねー。」

すると、雨が降りだし、本降りに。。

仕方ないので、雨具を着るが、それでも止まなそうなので、ツェルト被って待つ。

待つ…。

雨脚が弱まった間に晴れ間が見えてきた。

私が、せめて1ピッチ。

と言う思いで、岩に取付く。

始めフレンズ、次、ロックス、次、アングルを決めようとした時、願いもむなしく、雨が又降り始めた。

向畑さん、「下りてきたら?。」

私が、「そうですよねー。」

クライミングダウンしてもどると。

向畑さん、「テントへ戻りましょう。」

私が、「そうですね…。」

雨は止む気配も無く、梅雨のような降りに感じる。

(実はこの週から梅雨のような天気が続いたのであった。)

ダイレクトルートの2人組も降りてきた(4ピッチ登って降りてきたとのこと)。

雷雨の中、濡れた岩を見るともうみんな下ることしか頭に浮かばなかった。

最終のトロリーは17時35分。

又来た道を今度は濡れ鼠になりながら、とぼとぼと戻る。

私はヨレヨレになり17時35分ちょうどにバスに倒れこみながら乗り込む。

乗客の人が面白そうにみていた。

うう、恥ずかしい。

計画を立ててもなかなか行けない所ってあるよね。癖がついちゃったみたいに。

とある人に言われたことがある。

今は、あーそれそれと言う感じ。

でもなんで、、、取付きで天候が急変するんだ?岩の神様の天罰だろうか。。

「しばらくは岩を触らない方がいいんじゃない?」

と面白そうに話す向畑さんが私の目の前にいた。

くそー。

次の日、小川山に新たな活路を求めるが、打ちのめされたのであった。

くそー。。