双子尾根~杓子岳~唐松岳~八方尾根

2001年11月23日から3日間
瀧島、三好、一ノ瀬、池﨑(記)


22日夜、猿倉まで車で入り駐車場でテント泊。

快晴。

23日は猿倉小屋を通り過ぎ、双子尾根へ。

小日向のコルから取り付こうとするがまだ雪が少なく藪だらけ。

三好さんが果敢に突っ込むが藪がひどく登山道に戻る。

しばらく登山道を進んで、途中から双子尾根の地図にある2284m地点を目指して直登する。

双子尾根の稜線に出たあとは1ピーク超えて2284m地点に到着。

ここの岩影でテント泊。

テントの設営が終わるころ先行していたと思われるパーティ(小日向のコルから取り付いたのか???)が戻ってきて、うちらの少し上にテントを張っていた。

24日は、昨日の先行していたと思われるパーティが到達した地点から先はトレースが無くなる。

ラッセル交じりではあるが天気が良くて気持ちいい。

稜線の両側が切れてくると、雪がまだ少ないのか、岩を掴むと時々浮いていてひやっとする。

最後の杓子岳へ抜けるやせた雪陵部分でロープを出した以外は特に問題無く杓子岳に出ることが出来た。

稜線上はちょっと風が強い。

ヤッケの下に一枚着込んでフードをかぶって稜線を歩き出す。

稜線歩きにちょっと飽きてきた所で不帰への下りになる。

最低鞍部でテント泊。

稜線上で寒いかと思って着込んで寝たがまったく寒くなかった。

25日は朝から不帰キレット。

この日も天気がよく、時々振り返っては歩いてきた道を見て爽快な気分になる。

だいぶ先ではあったが目視圏内に先行パーティもいてトレースもついており、大きな障害もなく不帰通過。

唐松岳山頂では写真を撮って小屋に向けて下り出す。

瀧島さんはここでアイゼンをはずしてピッケルをポールに替える。

八方尾根に入ると風が弱いところでは春山のようなぽかぽか陽気。

ここで皆アイゼン、ハーネス等を外して身軽になる。

途中尻セード等交えて楽しく下山。

八方池の辺りでは観光客が結構いる。

この時期にもこんなに人がいるんだとちょっとびっくり。

ここから先は疲れた足とプラスチックブーツには辛い石畳を通り過ぎ、クワッドとゴンドラを乗り継いで一気に下山した。

 

足尾 ウメコバ沢 スーパーフレークルート、R6スベリ台(ノーマル)

2001年11月3日
高橋、三好(記)


土日に仕事があるやら、40度を超える熱がでるやら、声が出なくなるやら、もうボロボロ。

しかし、3日だけはなんとか休みを確保でき、ついでに調子もよくなってきたところでどこかゲレンデへと思ったが、足尾フリークの瀧島さんに誘われ、再び寂寥感漂う足尾に向かうことになった。

11月3日(土)

曇りのち晴れのち雨

車発(7:00)~ウメコバ沢出合(8:00)~スーパーフレーク取付(9:00)~懸垂(13:00)~取付(14:00)~スベリ台終了(15:30)~ウメコバ沢出合(17:00)~車(18:00)

間藤駅で仮眠を取って、始発の電車で起きるかと思ったら、予想通り寝過ごした。

林道がかなり荒れていて奥まで車で入れず、ウメコバ沢出合まで1時間あまりの歩き。

ウメコバ沢の2箇所のFIXロープが前回来たときより増えていた。

沢中の石は結構ぬめぬめで滑りやすく、左岸沿いの踏み跡をひろって登る。

今回の参加者は4人だったので、瀧島・一ノ瀬と、高橋・三好に別れる。

私達は、前回見たときにぜひとも登りたいと思ったスーパーフレークルートに取り付くこととする。

1P目(35m)三好

岩の基部にもルート概要が描いてあり、右の門柱の左側のクラック沿いに直上後、フレークをトラバースするはず。

右から回って一旦残置にプロテクションをセットしてから、左のクラックを直上しようとするも、真上のガバに手が届かず、ちっさいホールドで体を上げようとしたら足が滑った。

仕方なく右のクラックを少し登って、左のクラックに入り込んでから直上。

体が慣れていないので、フレークに入るところや、思い切って体を外に出してトラバースするのは緊張する。

でも硬くて気持ちいいピッチ。切り株まで行ってもよかったけど、登り口が見えるところの潅木でピッチを切る。

2P目(20m)高橋

左の切り株までトラバースしてから、被ったクラック目指して登って行く。

ビレイ点のちょっと手前で、左にトラバースする所が少し悪くてモタモタしてしまった。

ビレイ点はハーケン4本だけど、効きが悪い感じ。

3P目(15m)三好

一本リングボルトがあるスラブ上を右上してから、クラックを直上する。

レイバック数手とカムをセットするときはちょっとジャミング。

距離が短くて難しく感じなかったが、ルート図にはⅥ級とも書いてあったので登れてうれしい。

ビレイ点をエイリアンで補強。

ちょうど日が差してきて、ポカポカした中でのんびりビレイ。

4P目(25m)高橋

高橋さんは、左から回り込むように登って行く。

私はイースターの石像との間のチムニーを登った。

久しぶりのチムニーは、やはりもたもたしてしまう。

終了後、懸垂点手前で瀧島・綾一さんを待ちながら行動食をぱくつき、1箇所の懸垂を交えて下る。

残りの時間も半端で、夕方には雨が降るはずなので、短いR6スベリ台に行くことにして移動する。

1P目(20m) 高橋

どこでも行けそうだが、わざと難しいフェースを進んでいるよう。フォローで行ってもびびった。

2P目(20m) 三好

がしがし登る。

終了点は、瀧島・綾一さんで使っているし、スーパーの方に行こうと思っていたので、スベリ台直下でビレイ。

しかし、ビレイしているうちに雨が降ってきたので、ノーマルの方に進むことにする。

3P目(40m)高橋、4P目(30m)三好

傾斜もゆるく、雨だ雨だとさっさか登る。

ピナクル下まで。

懸垂支点までクライムダウンし、ルンゼ状を2回の懸垂を交えて下る。

静かで、荒涼とした足尾。

他にもルートがたくさんある。

アメリカンエイドの練習も出来る。

アイスも出来る。

また来ようと思いながら、雨の林道を歩いて帰途についた。

 

足尾 ウメコバ沢 中央岩峰恵子ちゃんルート、R6滑り台ノーマルルート

 2001年11月3日
瀧島、一ノ瀬(記)


11/2夜東京発、間籐駅で寝ている高橋さんと合流。

ここで仮眠。

カモシカのステンドグラスがかわいい駅。

11/3 7時駅発。

健さんがいそうな足尾銅山を横目に、仮面ライダーとショッカーが戦いそうな、西部警察が犯人を車で追い詰めそうなところを走り、車を止め朝飯食べて出発。

1時間程河原を歩いてウメコバ沢出合いへ。

「この沢がアプローチなのか」自信のない靴と自分になにかが起こる予感。

気を付けていたにもかかわらず、5m程の滝上部で「ずるっ足どぼん」手をついたらそこは深くて「顔からごぼっ」

ずぶ濡れだ。

鼻から水も飲んじゃった。

とりあえず薄手のフリースに着替えて気をとりなおす。

三好・高橋Pは中央岩峰スーパーフレークルートを、瀧島・一ノ瀬Pはその右の門柱(恵子ちゃんルート)に別れて登る。

両ルートとも壁に白ペンでルート名・日付・JMCCと書いてあった。

取付きがスーパーフレークに近いため、2人が登ったあとに取付く。

楽しそうなフレーク。

恵子ちゃんルート(オール瀧島リード)

1P目;チムニー。

プロテクションは左のクラックにとる。

ボールナッツが効いてる。

チムニーの中のチョックストーンを頼りに頭も使ってうんこらしょずりずり、と這い登り右奥のテラスへ出る。

途中ひよってA0しようと掴んだらプロテクションが抜けてしなくて済んだ。やるなってことか。

でもクセになりつつあったのでよかった、がんばったな私。

フレークの向こうから三好さんが顔を出してひゅーひゅーと私をひやかす。

ひきつりながらイエ-。

見下ろす景色にウメコバ沢の立派な滝が奥に2本見えた。

凍ったら凄そう。

2P目;支点は打ったピトンと潅木。

ハンマー持ってきたのに下に置いてきて「だせー」と言われつつ瀧島さんに借り、初めてピンを外しました。

登りはじめいきなりちいさなインコーナーな核心部。

出口は小かぶり。

短いが手足がなく、アブミを垂らす。

私はそれすら頼れず乗れずにふがふが。

瀧島さんの助言でようやく乗っ越す。

3P目;こっからは階段状。

ずんずんとロープが延びる。

コールが聞こえない。

わっせわっせと登ると終了点には三好・高橋Pがひなたぼっこしていた。

下降は枯木にかかるフィックスロープで右下のR8へ懸垂&クライムダウン。

時間は昼過ぎ。

途中陽が差していたが雲の動きは怪しい。

少し沢を下降して岩場をショートなR6スベリ台に移す。

ノーマルルート(オール瀧島リード)

1P目;「さっさと登って降りよう」

先に別ルートをとって登っていた高橋さんを抜いて、背中でそういいながら瀧島さんがずんずん登っていく。

45m程ロープを延ばしてコール。

傾斜は緩く手足ばっちりやさしいルートだがぽつぽつと雨が降り出した。

15時から雨の予報がどんぴしゃり。

岩が濡れていく-、少しでも乾いているうちにと私なりにスピーディーにわしわし登る。

高橋・三好Pもダイレクトルートをノーマルルートに変更して続く。

2~3P目;雨も強くなり瀧島氏なおさらスピーディーに。

私もさぶいし後続に迷惑かけまいと集中してがしがし登る。

支点はピン1つ、あとはナッツで。

下降点はピナクル越えて右手少し先に降りたとこにあり。

ここから懸垂。

この先は狭いガレルンゼ(R6)だがクライムダウンできるのだろう、しかし雨と暮れゆく空にせかされ細木&打ったピンで再度懸垂。

4人が沢に戻った頃はヘッデン点灯となった。

周りはどんどん暗闇になり、その中を高巻&2ラペ。

滝音と暗闇が恐いけど絶対滑れない落ちれない。

緊張の中18時前ようやく出合い着、ほっ。

私としては2週連続のびしょぬれ残業となった。

いい経験です。

帰りは間藤駅で着替えてガチャ分けして駅近くの「石井食堂」でラーメン喰いながらTVでメスナーを観る。

支点少ないし岩は鋭くて手切っちゃったしいろいろあったし、けどうら淋しい松木沢、よかったです。

もちろん人は4人だけでした。

 

谷川岳 一ノ倉沢 烏帽子奥壁凹状岩壁、幽ノ沢 中央壁正面フェース

2001年10月20日から2日間
今野、藤本(トマの風)、柴田(記)


10月20日

柴田、今野(トマの風)

以前の会の仲間からの誘いでひさびさに谷川を目指す。

ここのところ中央道方面が多かったので車窓を流れる関越の夜景は心なしか新鮮に映る。

ロープウェイ前のパーキングステーションに車を止めて軽く飲みさっさと寝る。

4時起きで暗い中を一ノ倉沢出合いまで車で、そこからヘッデンをつけて進む。

あたりは紅葉目当てのカメラマンで大混雑。

一の沢を過ぎたあたりで一度進路を間違えて戻りテールリッジにつく頃にはヘッデン不要になっていた。

メチャ混みかと思ったが案外登ってくるパーティは少ない。

前に1パーティ後ろに2パーティくらい。

中央稜を登る子安・宮下Pと「じゃ衝立の頭で」と再会を約し凹状を目指す。

今野さんとロープを結ぶのは久しぶりだ。

取付きで「先登って良いかな」

自らリードを申し出られやる気マンマンの模様。

先行の姿はなく、中央カンテにも人はいないようでこれなら凹状も大丈夫とクライミング開始。

1P目(今野)台状のバンドを左から越えて易しいフェースに。

2P目(柴田)階段状の容易なフェース。

ピンは貧弱。

3P目(今野)凹状部の手前までの緩いフェース。

中央カンテからの落石を心配しなくても良いので精神的に楽だ。

4P目(柴田) 垂直というほどではないがわりと立った凹状部。

良く見ればホールド・スタンスとも沢山有るが所々浮いているので確かめながら登る。

残置ピンは割と少ない。

最初は右端のラインを、途中から中央部を登った。

5P目(今野)小ハングを越えて右のカンテの向こうへ。

安定したテラスが有りここで小休止しレーションを口に入れる。

直射日光を浴びていると暑いくらいだ。

6P目(柴田)左のふくらんだフェースを越えてその上のクラックにフットジャムを決めたら足が抜けなくなり往生した。

7P目(今野) 草付まじりのフェースを直上。

リードは潅木で2度ランニングを取っていた。

8P目(柴田)フレーク状を直上し垂直のクラックに腕を入れて登る。

スタンスは左のフェースにたくさん有る。

青空を見上げながら終了点まで登る。

終了点につくと9時30分。

先行がいないと時間待ちのストレスがない上、落石の心配がなくて気持ち良い。

無線で中央稜の子安Pに連絡を取るとまだ2-3ピッチ残っている模様。

衝立の頭まで移動し1時間ほど待つとようやく上がってきた。

ここから4人で北稜を懸垂し衝立前沢を経て一ノ倉沢出合いに3時頃につく。

風呂を浴び道の駅横のスーパーで喰い切れないほど買い込む。

昔話と浮世話に宴会の夜は更けて行った。

【タイム】
一ノ倉沢出合/5:00 → 凹状取付/7:00 → 凹状終了点/9:30 → 衝立の頭 /12:00
→ 一ノ倉沢出合/15:00

 

幽ノ沢 中央壁 正面フェース
柴田、今野・藤本(トマの風)

10月21日

時間がかかることもあるからと3時30分に起きたが結局一ノ倉沢を出発する頃は5時になっていた。

朝もやの中正面フェース3人、V字右4人の計7名でカールボーデンを目指す。

大滝を経てカールボーデン手前で登攀具を身につけV字右の4人に別れを告げてトウフ岩右の草付を目指す。

3人パーティなのでリード区間を3つに分けることとし1-4Pを柴田が5-7Pを藤本さんが、8-10Pを今野さんが担当することとし発進。

1P トポ通りトウフ岩右の草付を直上しその後左にトラバースしたがランナーは殆どなくビレー点もボルト1本だけでひょっとしたら間違ったラインだったかもしれない。

フォローは数メートルの間隔を置いて同時に登ってくるが貧相なビレーポイントに顔をしかめていた。

2P ビレー点からフェースを左にトラバースして緩いバンド上に出てルートを見ると左下のランぺ状がどう見ても正規ルートに見える。

少々クライムダウンしてランぺ上に合流すると急に残置ピンが目に付くようになった。

やっぱりこっちが正規だった。

3P 傾斜を増すフェース状をハング下のビレーポイントまで。

天候は高曇りだが、もうしばらくは持つだろうという感じ。

3日間ほど天気は良かったはずなのにやはり核心のハング部からはしずくが垂れている。

アンカー用のピンはグラグラしているのでクロモリを一つ打ち足す。

(あとから回収)

4P ハングのくびれまで慎重にフリーで登る。

残置ピンは4つ連打されていて3つめはしっかり効いている。

一番上のが飛んでもこれで止まるだろうと安心するが濡れていてスタンスが決まらずフリーを諦めA0に。

抜けた後の左のホールドがよく分からず2度戻り、3度目にようやく抜け左手の岩にエイリアン黄色を決める。

右の草付きバケツラインを登り笹薮を経て平らなテラスでビレー。

ここは慎重を期してフォローも一人ずつ登った。

5P リードを藤本さんにチェンジ。

テラスからフェースをやや左上して右に戻る。

笹薮を横断してスラブ状でピッチきる。

やはり笹薮よりは岩が気持ちいい。

V字を登っている飯田さんたちははや終了点間近で「そっちは笹薮だらけですねー」

とコールを送ってくる。

登っているとそうでもないんだけどな。

6P 小カンテを右に越え容易なフェースを直上。

やさしいが結局最後までランニングビレーなし。

フォローしてみるとリードは笹薮を束ねたアンカーポイントを2つ用意して後続を引き上げていた。

「静荷重には耐えるよ」

と言ったって。。。

7P 頭上の笹薮を直上してから左のフェース状に移りレッジまで。

残置は依然として少ないのでやさしくても慎重に。

笹薮アンカーなのでリードがランニングを取るまで気が気ではなかった。

8P 今野さんにリードを交代。

フェース状から湿った凹角を越え安定したバンド状テラスまで。

急に残置ピンが増えた気がした。

9P 1mほどクライムダウンして狭いフェース状の左側を登る。

頭上には中央壁の頭が大きく見え終了が近いことを知らせる。

10P ラストピッチ。

草付き混じりのフェースを直上しハングを左に避けて笹薮の中の終了点まで。

沢登りの会にいるくせに沢嫌いの今野さんがしぶしぶ草付きをリードしている珍しい光景をカメラに収める。

終了点でロープをたたみ藪の中の踏み跡をたよりに中央壁の頭まで。

踏み跡の広いところでしばしくつろぎ行動食を口に入れる。

堅炭尾根を芝倉沢まで下り黄葉に彩られた旧道経由で一ノ倉沢出合に戻る。

【タイム】
一ノ倉沢出合/5:00 → カールボーデン/6:35 → 正面フェース取付き/7:00 → 中央壁の頭/13:20→
旧道出会い/15:30 → 一ノ倉沢出合/16:20

 

錫杖岳 前衛フェース ANNIVERSARY

2001年10月13日から2日間
三好、朱宮(記)


10月13日(土)

槍見温泉(9:00)~錫杖沢出合(10:30)~BC(10:40-11:30)~取付(12:00-12:45)~2P終了(16:15)~取付(17:00)~BC(18:00)

6:00くらいに一度起きるが、槍見温泉の下の駐車場に着いたのが4:00で、とにかく眠いのと、なんと雨がしとしとと降っていたので、寝なおしてしまう。

次に起きたら8:30頃で、雨が止んでいたので、天気回復を祈りつつ出発する。

重荷に耐える体力がないのがわかっているから、いつも食事から何から荷物をできるだけ絞るようにしているので、アメリカンエイドの重荷にとてもバテバテになってしまう。

以前、山岳部の現役くんは、めいっぱい食べるために重さに耐えられるようにするって言っていたけど、何が理由であれ、やっぱり体力が基本と反省する。

もっとトレーニングしよう。

錫杖の岩場は一瞬見えたが、後はガスの中でもう何も見えなくなってしまう。

錫杖沢の2本手前の沢にも人が見えたけど、なんだか厳しそうに見えた。

錫杖沢に入ってすぐ、右のブッシュに入る手前に岩小屋がちょうどいい具合にあるので、そこにテントを張る。

また雨が降り始めた。

本格的な降りで止みそうにない。

のんびりと薪を拾って雨の当たらない所に集めておき、とりあえず取付まで行ってみようということで出発する。

以前来た時は沢伝いに登っていったのだが、沢の左岸についた道に沿っていくと、そのまま左方カンテの取付まで行けた。

雨が降り続いているので、気が滅入る。

あれと思うと、ANNIVERSARYの1P目終了点に人が見える。

人気ルートなのだなぁ。

うちら遅いし、絶対追いつくことないから大丈夫だよ、先に取付かなくてよかったな、迷惑になるからななんて情けないことを言いあいながら、ゆっくり準備して取付く。

ちょうど雨も止んできた。

1P目 20m(朱宮)、リスに気持ちいいくらいにピトンやエイリアンが効く。

脆い箇所の多かった丸東とは大違いだーと言いながら登って行く。

10mくらいの垂直のフェースからテラスまで。

結局ピトンはロストアロー3、ナイフブレード1で、あとはエイリアンで。

2P目 20m(三好)、アンダーフレークの左にナイフブレードのタイオフをしただけで、あとはカム、ナッツ。

途中、残置もあるが使わず。

岩も硬くて、ナッツが決まると気持ちいいーと感動し、楽しみながら登る。

途中にもボルトがあるが、さらに進んで、終了点はリング2で、キャメを2つ使って補強した。

猿の腰掛けテラスはちょっと小さめ。

時々ガスがきれた時の紅葉がきれいだ。

ここで、いい時間になって終了。

ザイルをFIXして懸垂する。

今日は焚き火だーとやる気になっていたが、木も濡れてなかなか火もつかず、それよりも眠くて眠くて断念し、夕食を食べて早々に眠ってしまった。

夕食はジフィーズの牛飯。

久しぶりに食べるとうんまい。

 

10月14日(日)

BC発(5:00)~取付(6:00)~3P終了(8:00)~4P終了点(9:45―10:45)~6P登り始め(12:00)~大テラス(14:30-15:00)~取付(16:00-16:30)~BC(17:00-17:30)~槍見温泉(18:20)

朝は快晴。

暗いうちから出発する。

ユマールに慣れていないので、疲れる。

先々週に小指の皮をべろんと剥いてしまったのは、鋭いフィフィのせいと判明。

ついでに、Tシャツも穴を開けまくってしまう。

アメリカンエイドの時は取り替えてこよう。

3P目 40m(朱宮)、直上してからブッシュを左上してゆくピッチ。

エイドからブッシュ手前のフリーの部分が少し悪い。

ロストアロー1とナイフブレード1で、後はカムとナッツ。

回収は大変。

パワーがないのか、コツがわからないのか。

時間が掛かってしまった。

でも、もう少し早かったら、こぶし大の落石に当たっていたかもしれない。

ブッシュの左端を辿って藪漕ぎはそれほどきつくなかった。

先行パーティは5ピッチ目を登っているので、のんびり行こうやとなる。

4P目 20m(三好)、フリーのピッチ。

最初はキャメとエイリアンを効かせるも、あとはピトンも打つところがない。

なんだかびびってプロテクションを決めようとウロウロして、余計疲れる。

難しくもないので、覚悟を決めて落ちないように進めばいいのに。

こんなところが悪い所に弱いと言われる所以なのだろう。

左方カンテのチムニー下で切る。

先行がいるので、のんびり待ち。

左方カンテはどんどん人が来て、上に進んでいる人達も合せると6パーティも取付いていた。

登る人と懸垂する人と落石が入り乱れて怖かった。

5P目 15m(朱宮)、右側のハングを超えて行くピッチ。

キャメを決めてトラバース、ナイフブレード、キャメ、バガブー、エイリアンと決めて行く。

ハングの出っ張りは割れた後があって、決めにくいらしく、一応エイリアンを二つ付けてさて次へと行こうとしたところ、最初に決めたエイリアンが外れた。

二つ決めておいてよかった。

クリーニングはしんどかった。

カムはいいけど、ナイフもバガブーもなかなか外れず、外れたのを見てみたら、先がぐにっと曲がっていた。

決めすぎってのもあるんだろうか。

6P目 30m(三好)、左上してフリーに移るようだが、びびり屋な私は、使える限りアブミを使って、所々フリーという感じになって、ものすごく時間がかかってしまった。

アングル1、ロストアロー1、ナイフブレード1、あとはカムで進む。

先行パーティは真上に見えるジェードルルートを進んでいる。

いつか行ってみたいと思う。

7P目 15m(朱宮)、北沢フェースの大テラスにあるビレイ点まで。

草付きが非常に滑りやすかった。

時間が迫っているのはわかっていたが、大テラスは広々として景色もよくて、ゆっくり行動食を食べ、紅葉を楽しんでから懸垂にかかる。

上のルートにつなげられないのは残念だったけど、ANNIVERSARYを登れてよかった。

また来よう。

北沢フェースを懸垂し、シングル1回、ダブル2回、シングル1回で取付に降り立つ。

テントを撤収、槍見温泉に着いたときにはどっぷりと夜になっていた。

「ビックウォールやろうぜ」を何回も読んで、頭の中でシミュレーションして、先々週初めてアメリカンエイドに行った。

誰が教えてくれるわけでもなく、要領もわからずに試行錯誤、カタツムリのように進む。

でも、そんなのが楽しくて、たっぷりの充実感を与えてくれる。

 

黒部別山谷左俣 大スラブ~R3~南峰右ルンゼ

2001年10月6日から3日間
朱宮(JAC青年部)、三好(記)


元々文章書くのが苦手というのがあって、思い入れが深いほど、その思いは文章で現した途端に違ったものになってしまう気がして、結局、記録も何も残していないことが多い。

でも、時間がたてば、その時の思いはどこか変化してしまうし、忘れっぽい私は思い出すことも出来なくなってきてしまうようだ。

一つ一つの山に大きな感動と色々な思いがつまっていた筈なのに。

どんな文章であっても、やっぱり書いて残しておこうと思う。

別山谷左俣については、”御伽の国と表現したパーティがあるほどに明るく美しい”との記述がある。

「御伽の国」、「御伽の国」、本当だろうか。

5月に黒部に入った時に、スラブを流れ落ちて行く雪を見ながら、秋になったら、確かめに別山谷に入ろうと思い始めていた。

でも、無雪期の始まりに脳挫傷という大怪我をしてしまう。

退院後、体調を確認しながら、少しずつ少しずつ、走る距離を伸ばし、ゲレンデにも行き始めた。

しかし、怖くて怖くて登れない。

そして、追い討ちをかけるように、絶対一緒に行こうと誘おうと、いいですね、行きたいですねと言ってくれるだろうと、思っていた人が沢で亡くなってしまった。

春の黒部に一緒に行った人だった。

私が退院した日にも電話をくれて、励ましてくれた人だった。

山の中に居るだけで楽しいんだよねーと、一緒に言い合っていた人だった。

きっと、ばあちゃんになってもじいちゃんになっても、一緒に山に行けるんじゃないかと思っていた人だった。

全てのことが崩壊し、全てのことが色あせた。

無意味に思えた。

ただ、誘われるままに、山にだけは行き続けた。

山に行っている時だけ、自分に戻る気がした。

昨年から、もう山は止めようと何度も思ったかわからない。

でも、やっぱり止められないのだ。

山に向かい会おう。

きっと、また、「まーったくこの人はぁ、しょうがないですねー」といつもの通り、大きな口を開けて笑ってくれることだろう。

秋になってからは、沢へ、アルパインへと行き始めることにする。

しかし、一手、一足に異常に時間がかかる。

自信がない。

それなのに、黒部別山に触りたい気持ちを抑えられない。

駄目もとと、集会でおずおずと皆に声を掛けるが、さすがに行きたいと言ってくれる人は誰もいない。

来年に向けてがんばるかと思った時に、腐れ縁の朱宮が「別山谷なら」と付き合ってくれることになった。

朱宮が、なぜ別山谷なのかというと、学生の時に別山左俣間違えR4を登っているのでもう一度行ってみたいということと、別山谷から見える壁尾根側壁の初登が千葉大山岳部だということが理由であるらしい(朱宮は山岳部を異常に愛している人なのだ)。

朱宮は主将の時に、部員減少にも負けず、周囲の反対を無視して強引に、夏は黒部の大岩壁めぐり(この年は雨続きで別山谷R4と大タテガビン南東壁スラブ状ルンゼのみ成功)、春は利尻を目指している(一応登頂)。

朱宮自身は元々多くを語らないのでよくわからないが、朱宮以外の山岳部の人達は何かと言えば、大タテガビン、利尻の話をしていた。

よくよく考えれば、ほとんど縦走しかしていなかった時期に繰り返し繰り返し聞かされ続けていたので、私の中の厳しい山とは、「オオタテガビン」や「リシリ」となり、今でも影響されていることは否定できないのだ。

つまるところ、朱宮自身が、私にとっての黒部への憧れの原点とも言えるわけで、一緒に黒部に向かえるだけで嬉しかった。

本当に感謝。

 

10月6日(土)

晴れ

黒四ダム(9:00)~内蔵助谷出合(9:50)~別山谷出合(11:30)~偵察(13:00-15:00)~
別山谷出合(16:30)

連日の残業疲れで眠気に勝てず、明るくなったなぁと起きてみたら、なぜかまだ双葉のサービスエリアにいた。

カフェイン入りドリンクを飲んで車を走らせ、なんとか8:30のトロリーに乗り込む。

今日は一応偵察の予定なので、ゆっくり出発でも大丈夫か。

内蔵助谷出合では、通行止の看板を撤去している。

今日から下の廊下開通とのことで、結構、人が入っていた。

11:30頃、別山谷に到着すると、すごい人数だ。

20~30人くらいか。

こんな怖いルートなのに、よく来るなぁ。

話し掛けてきたおばさんが、ここにいる人達は全部同じグループで、阿曽原からダムまで行く途中という。

この後、このうちの一人がここから数百メートルも進んでいないところで滑落するとは…。

一旦偵察で側壁に取付いていたのを降りて、全装備を持って事故現場まで行くが、もう何も手伝うことがないとのことで、別山谷に戻る。

滅入った気分だが、気を取り直し、13:00頃再び偵察に出ることにした。

雪渓が今にも落ちそうで危険だったので、出だしは右岸の側壁を高巻くことにして、ルンゼ状の所を登って行く。

歩いてる途中も雪渓が崩壊する音が響いている。

ロープをつけず2P分くらい登ったところで、右へトラバースする。

ハンノキ等の低木が無いので悪い。

イタドリの群落を掻き分けてさらに右にトラバース。

急傾斜地の草本群落と、やや緩傾斜地のハンノキ等の低木群落の境目に沿って右上して行く感じだ。

少し尾根状になって見通しのいい箇所から見える下の雪渓は、側壁までくっついて取付けそうなポイントとなっていた。

途中にはよいテン場が得られるようには見えなかったので、やはり今日は偵察だけとし、さらに進む。

ちょうど左俣に入るところからF2の手前まではしっかりとした雪渓がついており、雪渓から側壁へ降りられそうな所も一箇所見えたので引き返すことにする。

明日は早朝に出ることとし、取付きの側壁に50mロープを2本固定し、別山谷出合にツエルトを張った。

暗くなるまで、赤ムケの壁が見える場所で長い間佇んでいると、ヘリが来て、上空でUターンし、そして、飛び去って行った。

 

10月7日(日)

晴れ

出発(5:00)~雪渓(7:45-8:20)~大スラブ取付(10:00)~R3(19:00)

まだ薄暗い中を出発。

昨日ある程度偵察してあったのでスムーズに懸垂一回で雪渓に降り立つことが出来た。

軽アイゼンをつけて、雪渓に乗る。

雪渓は固くしまっており、軽アイゼンがよく効く。

降り口はF2手前の右岸側に雪渓が繋がっている場所で、バイルを刺しながらクライムダウンすることが出来た。

雪渓の状態はすこぶるいいと言ってよく、運がよい。

F2はチョックストーンの滝で、直登出来ないので右岸の凹角を登る。

1P(朱宮)30m。

5.8くらいの簡単な登りだが、プロテクションが取りにくいのと浮石が多いので注意。

30mばかり登ると残置のペツルが1つありここで切る。

2P(三好)30m。

さらに右に回りこむが適当な低木もクラックも無く、ランナーが取りにくい。

しばらくトラバース気味に進むと残置の懸垂支点がある。

が、気が付かずそこからあまりよくない急峻な草付きを直上して、残置のシュリンゲとビナのかかった低木でビレー。

ここから懸垂してF2のすぐ上へ降り立つ。

右岸には雪渓が残り、側壁も上部からの浮石が多く悪そうだったので、左岸のガレ場を直上して行き、テラスまで登り詰める。

テラスにはボルトとハーケンの懸垂支点があり、これを利用して再び、沢に降り立つ。

大スラブの取付きは懸垂して降りたすぐ反対側に取った。

うおー、ようやく大スラブだ。

でも、思ったより怖そうだ。

R3よりなんて行けそうに見えない。

緊張してきた。

3P(朱宮)50m。

階段状を右上し、その後直上、所々エイリアンがつかえるリスがある。

潅木で1Pを終了。

エイリアン黒&青。

4P(三好)50m。

凹角を直上。

ミズナラの群落まで。

フリクションがよく気持ちいいのだが、エイリアン黒&青を効かせた後はランニングが取れないため、びびって時間がかかる。

5P(朱宮)50m。

群落の左側に沿って直上。

快適なフェース。

潅木でランニングが取れる。

6P(三好)50m。

摂理面に沿って左上。

クラック沿いに大ハング下の潅木にて終了。

振り返ると、壁尾根側壁、紅葉、抜群のロケーションだ。

左俣F2の上に見える壁は、岩がジグソーパズル状にはまっているだけでいつでも落ちて崩れそうで、見ているだけで背筋がびりびりする。

7P(朱宮)50m。

細かいクラックを拾って直上。

フェースの傾斜が増してくると潅木もなくなり、草付き手前の小クラックにエイリアン3つかませて支点とした。

8P(三好)25m。

大ハング(実際見ると垂直以下)の下の草付きにそって右にトラバース。

潅木帯に入ったら直上。

凹角や、右のリッジにルートを取ろうと右往左往したあげく、動いてはがれそうなスタンスにどうしても乗り込めず、時間も費やして、交代することにする。

9P(朱宮)25m。

顕著な凹角を直上。

右側の壁はややぼろい。

5.9程度。

潅木2本、エイリアン2つでランニングを取った。

スラブに出たところのミズナラで終了。

10P(三好)50m。

クラックに沿って直上。

傾斜はないとは言え、びびり屋の私には手ごわい。

途中ハーケン1、細い潅木などでランニングをとって、あとはひたすらランナウトし、ロープ一杯まで伸ばす。

ビレイ点はエイリアン1、ハーケン2で取った。

11P(朱宮)50m。

潅木でランニング1、特に問題無し。

ひたすら直上する。

12P(三好)50m。

そろそろR3の方に近づきたいと思いやや左上後、直上。

ブッシュ3つでランニング。

暗くなるまで時間もなく、傾斜もますます緩くなり、よいしょ、よいしょと走るように登る。

体育会系のノリになってきた。

13P(朱宮)50m。

凹角を直上、潅木をのっこした後、右の凹角に移り潅木でビレイ。

14P(三好)50m。

顕著な凹角を直上、途中で右手のカンテに移りスラブの尾根上を再び直上。

上に針葉樹が見え、右側は大スラブ右ルンゼで、大きく切れていた。

15P(朱宮)30m。

左へトラバース。

R3の方がよく見えるところで潅木ビレイ。

このまま潅木づたいに直上してから左側にトラバースするか、左下に見える潅木の小群落から懸垂して下の草付きバンドから左にトラバースし潅木からR3に下降するという2つのルートが考えられたが、かなり暗くなり早急な決断を迫られた結果、後者を取ることにした。

17:30。

50mぎりぎりの懸垂で、草付きバンドまで届いた。

16P。

そのまま、バンドを歩いてトラバース。

17P(朱宮)40m。

かなり暗くなりヘッデン行動となり、勘もにぶく、遅いのを自認している三好は、朱宮にリードを交代。

凹角を直上して潅木群落の中を左にトラバース。

18P(朱宮)20m。

さらに左へ藪をこぐとR3に自然に出ることが出来た。

なんでこんな近くで切るのかなと思いつつ、三好もフォローで行ってびっくり。

そこは、適当な砂場からなるすばらしいテン場だった。

本当は、ここで焚き火をしようと計画していたのにな。

自分の遅さが情けない。

 

10月8日(月)

晴れ

出発(6:40)~コル(11:00-30)~登山道(16:30)~内蔵助谷出合(17:15)~ダム(18:10)

あまりにも快適な場所で寝過ごしてしまった。

今日も天気がいい。

上を見上げると大ヘツリ尾根の3つの針峰が見え、振り返れば中尾根ドーム、中尾根支稜、その後ろには後立山の稜線が続いている。

明るい沢。

この標高まで来ると紅葉もますます美しい。

春とは全く違う風景だ。

いくつもの顔が思い出され、悔しくて涙が出そうになるのを堪える。

ここからしばらくは簡単な滝をいくつか越えて行く。

スラブでホールドがあまり無いため、フリクションを効かせて登って行く。

三好は少しでも濡れていると怖くなってしまい、途中2回ほど、ザックを引き上げてもらった。

情けない。

8:00ごろ大へつりの最後の針峰の直下に40mほどの滝に遭遇。

左のブッシュ帯を巻けるが、行けそうだった左の凹角に沿ってフリーで直上する。

フェース部が悪そうだったので、右にバンドに沿ってトラバース。

しかし、この右側の壁は摂理に沿って板状にはがれる最悪の壁だった。

ここにエイリアン2つと細い潅木でビレイを取ってザイルを出すことにする。

朱宮リード。

傾斜はそんなにきつくないが、とにかくぼろいらしく、落石がばんばん落ちてくる。

10mばかり右壁に沿って直上し、この右壁にナイフブレード3枚を重ね打ち、あまりにも悪いのでザックを残置して登って行く。

ぼろいギャップを慎重にのっこすと薄くはがれるフェースになる。

さらに10mばかり右壁に沿って直上後ハンノキでビレイ。

ロープを固定してもらい登る。

この後は尾根上をひたすら直上して行く。

潅木が出てきたら左へトラバースして沢芯へ降りる。

前方に大きなダケカンバが見えるのでそれを目指してひたすら登る。

尾根は見えてからがむちゃくちゃ遠い。

朱宮に追い立てられ、ばてそうになりながらコルまで着いたところで、すでに11:00だ。

朱宮がめざとく取ったクロウスゴの実がとてもうまい。

計画通り、南峰右ルンゼを下ることにする。

真正面にダムが見えるがどれくらい時間がかかるだろうか。

直線距離ならすぐなんだけどな。

コルから木を使って2P(40m、40m)懸垂し、しばし沢沿いに歩く。

やがて滝が現れるので右岸のヒノキを使って懸垂する(40m)。

比較的新しい残置のシュリンゲもあった。

続いてかなり大きな滝があるので、そのまま右岸のヒノキから懸垂。

右からルンゼが合流している。

50mぎりぎりで沢芯に降りることが出来た。

ここは浮石が多いので注意。

それからしばらくはなだらかなゴーロが続く。

段々、沢幅が狭くなり、滝が連続してくる。

しばらくはクライムダウン。

朱宮はすたすた行くが、三好は2回くらいザックをスリングで下ろして受け取ってもらう。

20m滝は沢の中に残置のハーケン2本とボルト1本があったが、離れているし、古そうなので、ナイフブレードを一本打ちたした。

次の20m滝は左岸にハーケン3本と赤いシュリンゲがかかっており、それを利用する。

ボルトもハーケンもほとんど雪崩で飛ばされてしまう印象があったが、こっちはきちんと残っている。

滝自体は表面がぬめぬめで懸垂してもつるつる滑って降りにくい。

別山東面の沢は次の滝は40mと10mの2段の滝。

右岸の潅木を使って懸垂。

最後の20m滝はハーケン5本の残置支点がしっかりしていたので、これを利用して安心して下る。

新しめのスリングもかかっている。

後は内蔵助谷の出合まで30分ぐらい。

出合から左に少し行ったところで、飛石伝いに沢を渡ることが出来た。

そこから笹を少し藪をこいで、登山道まで出る。

トロリーの最終は諦めモードだったが、夕暮れが迫っていたのでダムまで休まずに飛ばす。

着いたのは、ちょうど真っ暗になった18時過ぎ。

ヘッデンは出さずに済んだ。

トロリーバスは17:35までなので、あとはトンネルをひたすら歩くことになる。

朱宮は初めてだったので、なかなかきつかったが、破砕帯の通過の緊張感などバスに乗っているだけではわからないことを体験できて感動した、とのこと。

でも、もういいかなとも言っていた。

大町側に出たときの開放感はこの上ないんだけどね。

見渡せば、次から次へと、行きたい壁が、ルンゼが、目に飛び込んでくる。

どこでも登れそうで登れない壁、草付き、雪渓、脆さ、ルート図では読めない未知が黒部にはつまっている。

体全体、自分の能力全てを注ぎこむような山登りがここにある。

だから、行きたくて行きたくてたまらないのかもしれない。

黒部に惹かれてしまうのかもしれない。

結局のところ、「御伽の国」は、実力不足の私にとってはまだまだ「御伽の国」でなかった。

最初から最後まで朱宮に頼りっぱなしだった。

天気もよく、雪渓の状態もよく、運がよかった。

もっともっと修行をつんで、自分の力で、また黒部に向かって行きたいと思う。

 

甲斐駒ケ岳 Aフランケ~Bフランケ(Bフランケ3P目で敗退)

2001年9月15日~17日
浅野、柴田(記)


3日間でA/Bフランケから奥壁に3つの壁を継続だァ、と意気込んで入山したが結果的にBフランケ3P目で敗退となった。

Bフランケの状態と天気もイマイチだったが主には実力不足と準備不足でした。

 

9月15日

は3時起き4時発で霧雨の中ヘッデンで黒戸尾根を登り始める。

睡眠不足と視界不足で体調は最悪。

休憩時には少しでも睡眠をとり返そうとザックの上に横になり雨に打たれるまま目をつむる。

粥餅石経由の登山道は先日の15号台風のせいか荒れていた。

刃渡り、刃利天狗、5合目と登るにつれて柴田の体調は徐々に回復。

8合目に11時40分に着き、シャリバテの体に燃料補給の後八丈バンドを右ルンゼまで水汲みに行く。

入山前は涸れていることを心配していたがこの日は大滝状態だった。

各自Aフランケの頭のデポ分も含め4リットルの水を汲みAフランケ目指し下降開始。

途中ちょっと迷ったりと何のかんので午後2時前にAフランケ赤蜘蛛に取付き登り始める。

ビバーク予定の大テラスまでは4Pあるが何とか暗くなる前に着けるだろうと思っていた。

1P目 (浅野) A1。

2つめのピンが確かに遠い。

2P目(柴田) フリーでテラスからカンテを回り込むと有名なジェードルが一直線に天に伸びていて思わず歓声あげる。

途中のビレーポイント以降は徐々に難しくなり結局A0してしまう。

3P目(浅野) クラックから離れて左壁をA1。

比較的短い。

4P目(柴田) V字ハングを左から越えその上の被った四角フェースをボルトに沿ってアブミで登りハングを越えたらフリー。

自分では気がつかなかったがロープをZクリップにしていた為にムチャクチャ重くなっていた。

本来はこのピッチで大テラスに辿り着けるはずが短く切ってしまったために浅野さんにヘッデンで大テラスまで登ってもらう。(浅野さん、ゴメンね。)

大テラスにヘッデンで辿り着き恐竜カンテに近い壁ぎわにツェルトを張るが風がゴーゴーいっている。

V字ハングを越えたあたりで先行パーティのコールを聞いた気がしたが、彼らは何処にいることやら。

水を入れるだけで食べられる山菜おこわと海草サラダを食べ、長い1日を終える。

 

9月16日

5P目(柴田) クラックからフリーで上部レッジまで。

Ⅳくらいで容易。

6P目(浅野) 恐竜カンテ横のクラックを辿る有名なピッチ。

クラックの中には初登の際のアルミハーケンや残置フレンズが残っていて歴史を偲ばせる。

途中から残置がなくなりキャメ・エイリアンのAA1に。

リードは虚空でアブミビレー。

7P目(柴田) 恐竜カンテをクロスしボルトラダーを上部レッジまで。

2本目のボルトが確かに遠く、最上段に乗っても届かず、シュリンゲで短い足輪を作りそれに左足を入れたらようやく届いた。

やれやれ。

8P目(浅野) レッジよりワンポイント人工の後フリー。

その後5.10aくらいのフェースを人工で越えてブッシュでピッチ切る。

9P目(柴田) ブッシュの中を木の根や枝を使いながら登る。

ロープの流れを考え25mくらいでピッチを切る。

10P目(浅野)9P目と似たようなブッシュの中をしばらく進むとポンッ、という感じで岩小屋の前に出た。

時間的にこれからBフランケの第2バンドまでと言うのは少々きつそうなので今晩はここで泊り、翌日Bフランケを登って下山することとしてデポした水の回収とアプローチの偵察に向かう。

Aフランケ頭の岩小屋から少し戻って左へ降りる踏み跡でBバンドに降りられることを確認。

 

9月17日

4時起き5時発でヘッデンでBバンドを下り途中1回のラッペルをまじえ赤石沢本谷に慎重に降りる。

明けゆく空に赤石沢奥壁がひときわ美しかった。

本流でBフランケを観察。

2P目のアンカーポイントも確認し、身繕いの後出発。

1P目(柴田) 濡れた草付・泥付なのでクライミングシューズでなく運動靴でロープを引いたがランナーは取れず、Ⅲくらいだが30mほどランナウト、とっても緊張した。

2P目(浅野) 最初は古い残置ピンがあるが数手後は草取りでクラックにキャメをかませて前進となる。

暫くすると残置ボルトは現れるがおしなべて古くリングが伸びているものも多い。

ハング越えの所など間隔も遠くAフランケ赤蜘蛛よりはこっちの方が難しかった。

最後は傾斜の緩いフェースをフリーで登り、ビレーポイントへ。

赤石沢本谷では晴れていたのにいつのまにか霧ション状態で気分も暗い。

3P目(柴田) フェースをフリーで左上しその上の草付と泥まじりのフェースをだましながら登る。

V+とのことだが、濡れているので悪く感じ、下部はA0で逃れたが泥まじりのフェースをやっとの思いで登るとカムロックは使えず残置は5mほど上のフェースに古いボルトが1本見えるのみだった。

まあ行くしかないな、と思い浅野さんに声を掛けて登ろうとしたら左足がズルっと滑り危うく落ちそうになりモチが急低下、結局ここを最終到達点にロワーダウンをお願いする。

柴田敗退後浅野さんもトライするが結局同様に最終到達点から「降りましょう」

ということでランナーを回収しながらクライムダウンしてくれた。

2P目、1P目を慎重にラッペルで下り赤石沢出合いでギア整理をしながら壁を見上げるが既に霧の中で良く見えない。

天候や状態も今一つではあったがやはり実力不足と戦略不足だったなー、と食い残しのレーションを口にしながらうなだれる。

Bバンドから8合目まで登り返し、長い黒戸尾根をチンタラと下り明るいうちに竹宇の駐車場にたどりついた。

悪くても2勝1敗としたかったが結局3日間でAフランケとBの3ピッチ目までしか登れなかった。

後から考えるに2日目にAフランケを登った後ぼんやりのんびりと過ごしてしまったことが悔やまれる。

今度はBフランケから奥壁への継続でもやりますか、浅野さん。

以上

 

【コースタイム】

9月15日
竹宇(4:00) → 8合目 (10:40) → Aフランケ赤蜘蛛取付(13:30 /14:00) → 大テラス(19:20)

9月16日
大テラス(8:10) → Aフランケの頭 (13:20)

9月17日
Aフランケ岩小屋(5:00) → 赤石沢本谷(7:00) → Bフランケ3P目(10:40) → 赤石沢本谷(12:00)
→ 8合目(13:40) → 竹宇(17:35)

 

ヨセミテ エルキャピタン南東壁・ゾディアック

2001年9月1日から16日間
向畑、倉田(記)


エルキャプ南東壁登りたい。

その思いに共感してくれた向畑さんに感謝。

向畑さんは、今はそんなに登れない体なのにヨセミテまでわざわざ付き合ってくれました。

出発前まで二人で行きたい所の意見が合わずそのままヨセミテに突入したのですが、結局、私のわがままを通していただき、ゾディアックに。

今回、壁で5泊もすることになり登ること以上に生活面、精神面で勉強してきた感じでした。

クリーンクライミングなので、アメリカンエイド独特なギアをヨセミテで買い足しました。

必要なガチャとして、(ピトンスカーにセットする為のもの)オフセットナッツを2セット、あとボールナッツなど買い足しました。

本当はハイブリットエイリアンも欲しかったのだけど(小さい方から4つを1セットしか持って来てなかった。)

マウンテンショップでは売れ切れで買い足す事が出来なかった。

 

9月1日(土)

成田発、サンフランシスコ経由でフレズノへ。

レンタカーで買い物後、ヨセミテを目指す。

途中のモーテルは休日前でいっぱい。

もちろんヨセミテ内の宿泊施設もいっぱいだと国立公園のゲートのおじさんに言われ、どこでもいいから泊まりたいんだー!と主張すると、駐車場付き無料のキャンプ場を教えてもらえた。

 

9月2日(日)

朝8時だと思っていたキャンプ4の受付は8時半だった。

取り合えず最後尾に並んでいると、信州大学の中村君という好青年(去年会った事が会ったのか?声を掛けてきた。)や、わらじの村山さん・小田さんが居た(新婚旅行だそうで、私も新婚旅行はヨセミテがいいなあと羨望の眼差しで見てしまう)。

その後、向畑さんを案内がてら買い物。

 

9月3日(月)

ルートの取り付きを下見に行く。

まず、シールドとサラテの下見で、Heart Ledgeに垂れていると言うフィックスロープを見に行くがボロボロで使い物になりそうも無かった。

途中、YCCの道家さん・船山さんにあう。

日本人が居るとなんとなくほっとする。

そのままゾディアックの下見に行っても大丈夫?と向畑さんに聞かれて大丈夫だよーと言ったのだが、サンダルで食料も持たないで歩いていくとかなり遠く、帰りに使ったゾディアックガリーでは向畑さんの冷たい視線が痛かった。

すみませんでした。

この日の夜、どこのルートにするかでもめたが、私の意見が通り、ゾディアックに決定。

 

9月4日(火)

昨日の下見で疲れてしまい、この日のFIXの予定は止めて、休養。

準備をもくもくとする。

チェコスロバキアの男性が、袋に入った新品のフレンズを売りに来た。

 

9月5日(水)

重いガチャが入ったホールバックを私が担いで、少し軽めのを向畑さんに持っていただく。

体力不足の私は非常に疲れ、向畑さんにこの日はすべてリードしてもらう。

1ピッチ目は左側ラインがC3Fのオリジナル。

右側のラインはダイレクトに2ピッチ目に届く単なる、ボルトやコパーヘッドなどのラダー。

と言うことで左のラインを登ることに。

1ピッチ目でピトンを打つかどうかで、ゾディアックが登れるか登れないかが判る。と言われていたせいか、向畑さんは少し意識していた様だ。

結局、かなり久しぶりの本ちゃんで、しかも勝手の違う場所、腰痛持ちの向畑さんはフォール1回、ピトン2本打ちこんだ。

30m。

2ピッチ目。

右にトラバースして、直上後フリー5.7かC2。

エキスパンドフレークをC2+で。

27m。

時間が無常にも過ぎ、日が隠れる頃から風が強くなりビレーしている私はずーと鳥肌。

3ピッチ目。

C2+。

42m。

ユマールでの回収は暗闇の中。

向畑さんお疲れ様でした。

登り始め8時。

終了後、懸垂して取り付きに21時45分頃。

 

9月6日(木)

前日の長時間ビレーで風邪をひき、喉・頭が痛くしばらく臥せっていたが改善し無そうなので公園内の診療所へ。

140ドル取られ、タイレノールという薬をもらう。

 

9月7日(金)

この日のGo upの予定は取りやめ。

私は臥せっていたが、午後から気分が良くなり、明日の準備。

勝手のわからない所に行くからと水20リットル(一人一日2リットルで5日分)に缶詰8個・パン4袋・行動食にはチョコレートバー・飴(日本から持ってきた)など詰めこんだ。

夕食はカリービレッジの食べ放題に行く。

近くの屋外舞台でなんか放映されていたのを少し見た。

 

9月8日(土)

ホールバックを担いで取りつきにつく7時頃。

ゾディアックの周辺に人がわらわら。

何本かFIXもある。

聞くと当パーティが張ったFIXをユマーリングして上に行ってしまった人も居るらしい。

ゾディアックは南東壁では一番の人気ルートらしく、結構渋滞していることが多い様だ。

結局、先頭に3人パーティ(外人)、2番目にブライアン(ソロの外人クライマー)、3番目が雲表クラブの2人で、当パーティは4番目になってしまった。

本来ならこの段階で中止にすべきであったと向畑さんは思っていたようだ。

5日分の水も有るし、日程的にも余裕あるし大丈夫だろうと思っていたら予想どうりなかなか進めずこの日から壁中で5泊、おまけに下降中に暗くなってしまってルートがよくわからず、さらにもう1泊してしまうことになる。(通常は3泊4日のルートだそう。)

取り合えずユマールして3ピッチ目終了点で先行が進むのをまつ。

この日4・5・6ピッチを倉田が登ることにしていたが結局4ピッチ目しか登れなかった。

4ピッチ目は5.6のフリーで左上してC1直上、42m。

先行が7ピッチ目終了点、2番目ソロクライマーは6ピッチ目終了点、雲表さんが5ピッチ目終了点、私達は4ピッチ目終了点で泊まることになる。

始めてのポーターレッジは、なかなか怖かった。

軽量化のため2人で1人用のポーターレッジで泊まる。

夜は毎日お星様が綺麗だった。

 

9月9日(日)

朝起きると北極星とオリオン座が見える。

今日も登るのは倉田が担当。

5ピッチ目、ボルトラダ-から5.8のフリーまじえてC1、27m。

6ピッチ目、5.6のフリーで右上後ボルトラダー直上して5.8フリーまじえてC1。24m。

7ピッチ目、思っていたより小さいBlack Towerに向かって5.8フリーにC1を交えて、C3Fの核心へ。

ハイブリットエイリアン、オフセットが良く効く。45m。

登っていると、終了点近くで、雲表さんにここで泊まるので下で泊まって下さいと言われ、FIXだけして6ピッチ目終了点で泊まることになる。

数パーティ繋がって登っている為に起きた怖いできこととして、2番手ブライアン(ソロ外人)の荷揚げの最中、風が強く、ポーターレッジも畳んでいなかった為、羽の生えた荷物がヒュンヒュンいって雲表さんの居るレッジ周辺で右往左往。

登っている私も非常に怖かった。

 

9月10日(月)

この日は向畑さんが担当。

この日も待つ時間が多く、いつ頂上につくのかと勘定ばかりしてしまう。

8ピッチ目、C2。33m。

9ピッチ目、真っ直ぐに同じ幅のクラックが伸びている。

カムフックを多用する所らしい。C3からC2F。43.5m。

途中、2回目のフォール。

そのあと、3回目のフォール。

1箇所ピトンを打っていたが、打ったあとテストして、あまり効いていないエイリアン青に体重を戻した所3回目のフォールしたらしい。

ちなみに、2番手ブライアン(ソロ外人)もここでフォールしたらしい。

9ピッチ目終了点でこの日は泊まる。

向畑さんはかなり疲れたらしく可愛くなっている。

私がもっとしっかりしてくれと怒るとムッとしてしまった。

お疲れ様でした。

 

9月11日(火)

この日は倉田の担当。

下見していた時から気になっていたNipple。

遠めでも良くわかり自分が登ることが出来て嬉しかった。

その後のMark of Zoro も。

10ピッチ目、C3F。45m。

Nipple(乳首)に辿りつくまでボロい残置、残置ハーケンをつないで行く。

幅が広くなる前にバックロープでキャメの4番・4.5番を引き上げる。

かつてここを初登した人はレイバックで越えたらしいが確かに掴みやすい。

ちょっと試してみたがすぐに止め、エイド。

終了点で雲表さんとこんにちは。

11ピッチ目、C2+からC3F。36m。

Z型になっているハング下を登り真っ直ぐに伸びるクラックへ。途中フック使用。

ビレー点で荷揚げをしていると、雲表さんに僕達は次で泊まりますのでそこで泊まってくださ‐い。

と言われ、フィックスだけしてもいいですか?とすかさず聞いて了承してもらう。

結局、どうせ頑張っても繋がっているから待つだけだから、、、とFIXは止めて泊まる準備をして早めに休む。

 

9月12日(水)

本来なら今日頂上につくのが標準。

でもまだあと、5ピッチある。

あともう一泊だなあ。

と思いつつ今日が始まった。

今日は向畑さんの番。

だけど二人ともだんだん疲れてきているので、結局つるべになった。

12ピッチ目、向畑さん。

C3Fで、途中フックトラバースが入る。42m。

初めてC3で落ちなかったと言って喜んでいた。

13ピッチ目、倉田。

岩壁上部になってくると風が強くなり怖かった。48m。

最初ボルトラダ‐のあと、5.9かC2だがフリーでは行けませんでした。

途中、フリーからボルトラダーに移る所でレッジに立ち込めなく、初めてチョンボ棒を使ってみる。

紐の結び目の穴が小さすぎてフィフィが入らず、結局ごぼうで握ってボルトにエイダ‐を掛けた。

最後の真っ直ぐなクラックはハンドがかなり決まったけどやっぱり人工C1。

最初の所でかなり屈曲する所が有り、ユマールの人には怖い思いをさせてしまった。

途中のボルト数個ある所から戻って回収した方が親切だった。

14ピッチ目、向畑さん。

風が強く滅入ってしまった倉田は向畑さんにバトンタッチ。C1、33m。

かなり広いクラックの横に数カ所ボルトが打ってある。

クラックは広くキャメ4番・4.5番を使用。

この日はここで泊まる。

後で聞いた話では、雲表さんはこの日に頂上に抜け、下へ下ったそうだ。

 

9月13日(木)

帰る飛行機は15日土曜。

あと残すは今日と明日。

でも残すはあと2ピッチ。

でも下降路も心配だしギリギリだなあと思いながらこの日は始まる。

14ピッチ目、向畑。

傾斜のない所をジグザク縫って登る。

15ピッチ目、倉田。C3の27m。

すぐ上が見えている。

最後のピッチ。

これで終わってしまう。

どっちが登っても良かったのだが、私になった。

待ってばっかりの今回は岩を堪能するより、精神的にストレスがたまり、楽しむことがあんまり出来なかったような気がする。

仕方ない。

最後のピッチだけでも楽しもう。

1箇所遠いのと、ボールナッツしか決まらない所があった。

上につくと何にもない。

あとは、ただひたすら、荷揚げが死ぬほど辛く(レッジでロープが擦れる為)、向畑さんに変わってもらった。

ありがとうございました。

でも、最後も撮っていたというカメラを向畑さんはユマール中に落としたらしい。

ああ残念。

上についてガチャを片付け、パッキング。

ホールバックの肩紐・腰紐のつけ方を忘れてしまって試行錯誤。

早速下りにかかる。

しかし、ヒジョーに重いホールバックに私はヨロヨロして向畑さんに追いつくのがやっと。

取り合えずトレース沿いに下りていくと木からラッペルできる所につく。

ホールバックをかついでのラッペルは非常に心配だったが傾斜が無かったので大丈夫だった。

次のピッチで空中になり、二人ともホールバックはハーネスにぶらさげる。

途中レッジで一回切って、3回目のラッペル。

わりとしっかりした足場の所につく。

薄暗い中、4回目のラッペル場所を探し、向畑さんが偵察兼ねて約50mほど下ってユマールして登ってきてくれた。

こうゆう時本当に頼ってしまって、申し訳無く思う。

4回目のラッペルした所で広い広場になっていたのでそこで泊まる。

夜中、「ウキキー・ウキキー…フギャーフギャー」と声がする。

向畑さんの足に飛び乗った小動物は一体なんだったんだろう。

 

9月14日(木)

ホールバック担いで下るには足場が悪いので2回ほど木を使ってラッペル。

だいぶ歩きやすくなったので、後はひたすら歩いて下る。

お昼頃マニュアルパイルバットレスの駐車場につく。

向畑さんに待ってもらって、車を取りに行く。

その場で、ガチャわけをして、帰り際、今登ってきた所を遠目で確認して、やっと満足。

途中、アメリカ国旗を掲げている車と擦れ違う。

なんかの記念日だっけなあ?といいつつ、そのあしで、ビレッジストアーで買い物後ハウスキーピングでシャワーを浴びカリービレッジのマウンテンショップへ。

お土産を買ってゆったりしていると、雲表さんに会う。

明日帰ります。

と告げると、今、飛行機止まってますよ。

テロで…。

ホントかいなあ。。

と夢見ごこち。

カリービレッジのバーカウンター近くのTVを見に行くとCNNにブッシュさんがでて、戦争がどうのと言っている。

マジダ、、。

取り合えず、今日はお土産買って、食い放題してフレズノ空港に行くことに。

少し時間があったのでアワニーホテルに行ったりしてほとんどしていない、観光を少しする。

夕方頃日本に電話してみると私達が乗るユナイテッドは全部止まっているらしいと言われる。

だんだんサンフランシスコ見物か、ヨセミテに戻る感じになってきた。

向畑さんはなる様にしかならないから、と言ってサンフランシスコは中華街だ。と言っている。

私は私の語学能力で帰れるかが不安でたまらなかった。

真夜中にフレズノ空港に車を横付けするとすぐに警察官が寄ってきてここには止めては行けないと追い払われる。

しょうがないので、空港の目と鼻の先のHoliday Innにチェックインして、寝床を確保。

空港でいろいろと聞いてみるが「明日の朝また来い。」と言われるだけで事情は全くわからない。

仕方なくホテルに戻ってCNNを見ているとビルに飛行機が突っ込む映像が何度も流れる。

実際テロは11日。

3日間も何も知らないで岩にしがみ付いていたのだなあとしみじみとしてしまった。

CMとCNN番組の間に「ビンラディンの顔が出て、ビルが激突される映像、「New War」とでっかく字幕が流れる。

これが繰り返されていた。

 

9月15日(土)

朝、空港に予定通り向かう。

手荷物検査では私達は丸腰なのでさっさとあっちへと言われるが、他の一般人は体中、調べられていたようだ。

出発時間は荷物検査の為かなり遅れたが、早いジェット機でサンフランシスコに定時ちょい過ぎぐらいに着いた。

(来る時はプロペラ機だったので時間がかかった。)

国際線もほとんど定時運行していた。

乱れたのは昨日までだった様だ。

 

9月16日(日)

日本に夕方着く。

重いホールバックを配達やさんに頼んで帰る。

ドルがテロのせいで安くなっていた。

(1$=120円→119円)。

以上

 

甲斐駒ケ岳 黄蓮谷右俣

2001年9月15日~16日
赤井、櫻井(記)


40歳を過ぎて肩が一年ほど痛く、治ったあともスムーズに回らず油が切れたままになっている。

この夏の滝谷の帰りではつまらない所で足を挫き、剱岳でも同じところをもう1回やってしまった。

ランアウトで頑張りすぎたせいか指の筋が痛いのが続いているし、ラットプルダウンという懸垂のようなトレーニングのせいかひじがいつも疼いている。

おまけにここ数日は時々腰に電気が走る
痛みもあって、とにかく応対に非常に忙しい。

仕事は忙しくないのに...
そんな体を試してみる、ハードな刺激を与えてみるつもりで今回は一泊二日の黄蓮谷にトライしてみた。

9月15日

7時過ぎ竹宇神社を出発。

A、Bフランケの柴田、浅野パーティーはもうとっくに出発してしまったようだ。

12時半 五合目の小屋。

心配していた腰は今のところ文句を言わないでくれている。

小屋の裏手の水場からトラバースの道に入る。

10分もすると道が判然としなくなる。

左に五丈の沢が見えているので方向は悪くないのだが踏みあとはほとんどない。

赤や黄色のテープがときどきついている。

沢に沿って30分以上よくわからない下降(懸垂は不要)を続けると急にきれいな道に出る。

その道をたどって10分程度で岩小屋につく。

13時半 岩小屋。

先客が1パーティー3人。

水量が多いのと天気がはっきりしないので今日はここで泊り明日天気が良かったら一気に抜けて帰るとのこと。

一応、谷の様子を見に行ったが、暗くで水量も多くガスで見通しも悪いので岩小屋泊まりとする。

ガスと小雨が続いてうっとおしい。

酒は豊富だったので早くから飲み始め、さっさと寝た。

9月16日

5時 岩小屋発。

昨日ほどガスは濃くない。

晴れ間も出るという天気予報を信じて黄蓮谷に入る。

すぐに左岸の高巻き。

しばらくすると坊主の滝が出てきてこれも左岸の高巻き。

沢に降りるのを嫌っていたら二俣に出てしまった。

二俣からは流水に沿って快適に登る。

しかしほとんどがシャワー気味で体がとても冷えてくる。

櫻井は雨具を着る。

長いナメが見えてきた。

これが奥千丈だ。

200mというが上部は左に折れていて見えない。

1ピッチ目、赤井さんが流水沿いに25mほど登って肩がらみ確保。

アンカーは流れのなかにある。

やはり増水しているということだろう。

2ピッチ目同じように流水沿いに登り、途中から右に水流から離れテラス状のところで潅木にアンカーを取る。

3ピッチ目テラスのバンドを登って草付きの流水溝を右上し潅木でアンカー。

ここからブッシュを登って左に下降気味に滝の中段に出る。

さらにスラブを左上するバンドを伝っていけるところまで行きスリングを頼りに滝上に立つ。

これが4ピッチ目。

結局連続した3ピッチとロープなしの2ピッチ分、最後に滝上に降り立つところで1ピッチ(15mほど)の4ピッチになった。

天気が良ければ爽快な景色だろうと、晴れないガスがうらめしい。

9時、奥千丈滝上。

インゼルを超えて、30mの滝を右から巻くと黒い3段60mの奥の滝だ。

左岸を高巻くが、トラックぐらいの大きさの岩が崩壊し10mくらいずれていた。

新しい断面が見えていたが、今年の台風のせいだろうか?
3段の滝の2段目を巻いたところでポッと水流に戻る。

見ると右岸のコーナーが登れそうなので取りつく。

取りついて見るときびしくて、ロープを出して真面目なA0を5mほどやってしまった。

これが今回一番の登攀だった。

普通は左岸を巻きつづけて上に出るのだろう。

12時半 3段の滝上。

あとはスケールの落ちた谷を少し登って源頭の雰囲気になる。

小さなスラブなどを適当に巻いていくとうんざりする前に頂上から50mほど下の縦走路に出た。

13時半から14時頂上。

少し青空も見える。

16時 五合目

19時半 竹宇神社

奥の3段の滝で登攀をやることになって予想外に時間を使った以外は、順調だった。

安定した登りの赤井さんと降らずにがまんした天気に感謝。

街では出ていた腰痛も出ず、降りて来れた。

いろんな意味で気を良くしている櫻井だった。

 

北岳バットレス ピラミッドフェース~中央稜

2001年9月15日
柴田、浅野(記)


天 候 :晴れ

形 態 :岩登り(夜行日帰り)

メンバー:柴田、浅野

行 動  :広河原発(3:30)~大樺沢二股(6:00)~下部岩壁着(6:50)、登攀開始(7:15)

十字クラック~ピラミッドフェース(横断バンド)~4尾根~中央稜(ノーマルルート)~終了点(16:30)

北岳山頂(16:50-17:15)~八本歯のコル~大樺沢経由広河原着(20:15)

装 備 :個人用登攀用具一式(ライト、フラットソール等)、カム(エイリアン1セット+#1~#3?各1)、ピトン(厚×2、アングル×2)

ボルトキット、ロープ9ミリ×2、ツェルト

1.カムは下から4つあれば十分かな(エイリアン)。

2.同ルートの場合フリーで5・7?程度をこなせる人ならアブミはいらないと思う(無雪期、ライン取りによる)。

3.ボルト、ネイリングは使用しなかった。

BPにおいても補強等行わなかった。

十字クラック及びピラミッドフェース、四尾根はランニング、ビレイ点共にピンの状態は比較的良好。ただし中央稜は今後補強する等が必要になってくるかもしれない。

食 料 :行動食のみ(非常食含む)

その他 :

1.横断バンドは大変脆い為、バンド上に人がいる場合に下部の登攀は特に注意。

2.4尾根の懸垂ポイント(Dガリー奥壁側に下降する場合)は50mシングルで下降可能。

枯れ木テラスから中央稜取付までは50mダブル1回で下降可能。

但し途中に懸垂ポイントが有り、2回に分けることも可能。

行動概要:

北岳バットレスに柴田さんと行くことになった。

その何週か前にやはり柴田さんと甲斐駒の継続に行き敗退をしていたので今度はスッキリ繋げたいと思っていた。

金曜日の夜、八王子駅に集合する。

21時位に出発したので広河原につくのは、0時頃と読んでいたのだが、甲府昭和ICを降りてから道に迷ってしまい中々夜叉神峠に行く道が見つからない。

どっちに進んでも鰍沢の文字が出てくるのだ。

「んだよいったい・・・」とひょっとして甲府敗退かなどと本気で思えた頃ようやく道を発見。無事広河原に向かうことが出来た。

それにしてもICを降りてから、道は暗く誰もいないのに開いているコンビニが結構あるのには驚いた。

助かるけど。

1時過ぎに広河原に着く。

駐車場は結構空いていて問題なく駐車できた。

早々に就寝。

15日、朝3時に起床。

朝飯にサツマ芋を食べ用意をすませ出発する。

テケテケ歩く。

眠い他は特にどうとゆうことない道なので報告はここで一気に二股に飛んでしまうのです。

二股に着く頃にはライトがいらなくなって来た。

ここまで来ると紅葉が綺麗だ。

天気は快晴でバットレスに朝日があたると紅葉とあいまってなんだかすごい景色になる。

こんな瞬間には滅多に会えるものではない。

バットレス沢を詰めて下部取付に向かう。

飛び石を飛ぶ時、やけに滑るなと思ったら凍っていた。

ここはもうすぐ冬がくるんだね。

4尾根と言う超人気ルートを抱えているだけあってアプローチは登山道のように踏まれている。

十字クラック取付を確認し登攀用意をする。

この取付はガイド図によれば「顕著な・・・」

と表記されているがまさしくその通りである。

それにしても何でルート図というのは、この「顕著な・・」

を多用するのか? 顕著な凹角、顕著なカンテ、顕著なハング等など・・・。

自分はこの「顕著な・・」

と言う表現があまり好きではない。

例えば「顕著なハング」

を期待して上を見上げると、至る所が顕著、顕著、顕著、顕著、顕著、顕著、顕著、顕著・・・でえらい目にあったことは一度や二度ではない。

単にルートを見る目が無いとは思うのだが、どうしても「顕著な・・」

と書かれていると身構えてしまうのだ。

はたして十字クラックは顕著であった。

だがしかしもっと右上の方にチムニーサイズ?とおぼしきやはり十字の形状が見える。

そこが取付ではないことは位置的から言ってもすぐに解るのだが「顕著って言うならあっちの方が顕著だよな・・・」

と一人で文句を言いながら登攀を開始する。

おそるべし・・・顕著!

1P:浅野が受け持つことになる。

見上げる十字クラックに向かって浅い凹角~クラックが伸びており残置も確認出来る。

出だしは若干傾斜が強い。

計画段階では今回はオールフリーの予定であった。

(生意気にも柴田さんに力強く宣言した浅野でした)だが5~6mで「A0入りま~す。」

この部分、雪に磨かれているのか?ツルツルであまりフリクションはよろしくない。

御岳のボルダーを連想してしまう。

まあいつものことだが、家で考える行動は得てして壮大である。

(今の時代バットレスのオールフリーくらいなら壮大とは言えないけど)そして自分の実力と現実の厳しさを思い知らされた時いつも出てくる言い訳がある。

「まっ!今回は安全第一と言うことで・・・」

しかしこの日安全第一は随所に出てくることになるのであった・・・。

所々にカムを決めて十字クラック1ピッチ目終了点に着く。

十字の向かって左端になるのかな・・20M位か?狭いながらもスタンスがあるので安定している。

ビレイピンはベタ打ちである。

2P:柴田さんリード。

頭上のガリー状に入り直上。

ハング下でピッチを切る。

ちなみにフォローピッチはどうしても印象が薄くなってしまう。

(すみません柴田さん)だから文章が短くなってしまうが決して手抜きではないことを明示しておくこととする。(本当か?)

3P:出だしの小ハングを超える。

このハング見た目程ではないと思う。

ハングを越すとすぐに傾斜が無くなりルンゼ上のスラブとなる。

スラブ途中の残置を使ってビレイ。

頭の上はやはり大きめなハング形状になっている。

はっきりしていると思うハングだがやっぱり「顕著」

は使わないのである。

ピレイはここで良かったと思うのは、4ピッチ目を柴田さんが登り始めてからだった。

4P:ハングを避ける為に2~3m左にトラバースして傾斜がない所を直上。

柴田さんの姿がハングの上に出た為見えなくなる。

しばらくして音が聞こえてくる。

「落石だな・・」と思っていると後から後から落ちてくる。

しかしハング下の為、石は全て自分の背中のずっと後ろを落下するだけだった。

良かった。

自分も登ってみるとハング上から横断バンド入り口までガレ状の箇所が多い。

今後登る人はご注意下さい。

横断バンドを左にトラバース。

ここはコンテで進むことが可能。

踏み跡も明瞭。

継続ということでピラミッドフェースは5P目からということにさせて頂きます。

5P:ピラミッドフェース横断バンドからを柴田さんがリードする。

出だしブッシュで登り15m位上のテラスでビレイ。

6P:スラブ状のフェースを直上。

逆層気味で岩の構成が見た目ゴチャゴチャしておりラインは不明確に見えるが、実際登るとスッキリしていて中々楽しめる。

要所要所でランニングも取れるし結構いい感じ。

7P:柴田さんリード。

6P目とよく似たピッチ。

8P:スラブ状にクラックが走っている。

カムが良く決まるので#2~#3があれば心強い。

クラック出口がこのピッチの核心かな。

大変安定したテラスでビレイ。

9P:柴田さんリード。

やはり6、7Pと似た感じ。

途中一箇所フリクションが良くないスラブから一段上がったところが「ムム!なんの、なんの・・」と感じさせる。

この表記で「ぜんぜん解んないよ」と言う方は是非バットレスに行ってみて下さい。

10P:ピラミッドフェース核心の一つ手前。

9Pより10mも進んでいないが、そのまま伸ばすとロープが屈曲するのでめんどくさいけどピッチを切る。

ビレイにはハイ松が使える。

すぐ右上が4尾根のようで登っている人がいる。

11P:柴田さんリード。

ピラミッドフェースの核心ピッチ。

すっきりした白いスラブ状フェースが5m程の短いジェードルに続いている。

ジェードル終了地点がビレイ点のようだ。

左上して柴田さんが登りだす。

グレードからみれば残地の数もこんなもんかな。

ここを登らずに右に行けば4尾根に出ることも可能と思われる。

でも見れば登りたくなるよ。きっと。

12P:右にトラバース約10mで4尾根に合流。

自分は合流後も直上してビレイしたが、トラバースが終わった所でビレイをした方が良い(ハイ松が使える)。

その後の直上距離にもよるが残地(リングボルト)までロープを伸ばすと風もないのにコールが全然聞こえなくなる。

13P~15P:言わずと知れた4尾根の為、記載省略。

Dガリー側への懸垂ポイントまで。

(マッチ箱のコルって言うのかな?)

16P:ここで4尾根の先行パーティー含め、フランケからDガリー奥壁からとわらわらと人が集中した。

人気あるね。バットレスって。

17P:浅野リード。

やさしいスラブを枯れ木テラスまで。

中央稜に行く懸垂ポイントにロープをセットして下降。

二回に分けて懸垂出来るが、途中で区切ると上に人がいた場合、落石が危険。

ロープが濡れている等回収が困難な場合で無い限り一回でおりた方が良いと思う。

見た目「本当に一回で降りられるの?」と思う高さだが、50mロープなら問題無い。

18P:ノーマルルート取付を確認。

浅野リードで中央稜1Pを登攀開始。

ルート数が少ないから取付はすぐに確認出来た。

(残置有り)中央稜はそれまでのルートと比較すると脆そうだし、なにより谷底の為、暗い感じがする。

初対面の印象は良くないって感じだ。

ルートは傾斜の強いフェースを強引に5~6m直上。

トラバースしてリンネに入る。

このトラバース、ハング状箇所をのけぞるように足を送る箇所がある。

ここはしゃがみこんで姿勢を低くして超えることをお勧めする。

少し下を探せばその為のスタンスはいっぱいある。

残置でビレイ。

19P:柴田さんリード。

ルート図によればリンネを抜けて1P。

右にトラバース1Pで中央稜3P目終了点になるようだが、リンネを抜けた箇所よりフェイスを右上。

1P終了点より直接3P目終了点に抜けられた。

この間残置も取れるのでその方が時間が短縮出来る。

最近は皆そうしているのかもしれない。

20P:浅野リード。

フェースを右上しハング帯に突き当たる。

そこかしこに残置があるがどれも続いていない(ように見えた)。

「さてさてどちらに行こう」と考えた挙句、ハングの切れ目を右上するラインを辿った。

少し被っていてしかも高度感があり、大変気分の良いフリーピッチ。

2~3個ランニングも取れた。

ハングを抜けるとガクンと傾斜が落ち、広々として視界が広がった。

北岳の頂上がもう少しだ。

残置まで直上してロープを伸ばし柴田さんをビレイする。

しかしここで失敗が発覚。フォローで上がってきた柴田さんによるとノーマルルートのラインはもっと右じゃないかとのことだ。

3P終了点より思っていた程右に登っておらず直上気味だったのが原因らしい。

残置がある所を見ると何がしかのラインだとは思うのだが、たまたまそこが現状で登れるラインだから良かったのであって予定していたラインを外したのは大変危険だと思う。

大失敗だ。

21P:柴田さんリード。

Ⅱ~Ⅲ級の露岩を登る。

ここに来て明るい内に壁を抜けることが出来ることを確信し少し嬉しい。

22P:ガレた狭いルンゼ状を直上。

ロープは要らないかもしれないが念の為、スタカットで登る。

約30m程で終了。

残置で柴田さんを迎え入れルートを抜けた。

ここでロープを外し頂上へ向かう。

頂上までは15分位。ルート図通りだ。

北岳頂上の風はもう冷たかった。

日が暮れ始めていてなんだか朝同様すごい風景が広がっていた。

一日に2回もこんな風景を経験できたのは大変幸運だったと思う。

中央稜は直接頂上に抜けられると聞いていたがまさしくそんな感じだ。

下部の暗いイメージからは全然想像出来ないルートだった。

甲斐駒で天気に泣いた分今回は天気に恵まれたとも思った。

柴田さんと握手を交わして記念写真をとる。

ガチャを整理、行動食を食べて明るいうちに下山を開始する。

しかしまー八本歯のコルより大樺沢までよくこんだけ梯子を作ったものだ。

大変だったろうなと思いながらスタコラ下山。

夜20時過ぎに無事駐車場に戻りました。

柴田さん有難うございました。

次は下部~上部フランケ~Dガリー奥壁、んでもってもう一回中央稜ですね。