剱岳 池ノ谷右俣ドーム稜

2001年5月3日から4日間
向畑、倉田、浅野(記)


装備:登ハン用具各自一式/ピッケル、バイル、アイゼン、カラビナ(1人/10~15)、スリング(1人/長短約15位)、ハーケン(ブレード゙厚刃×6、アングル×3)、アブミ(2)、確保器、カム(エイリアン#1~#4×2、キャメロット#1~#2×1、キャメロットJr各1)、ユマール(使用せず)、ロープ(50m×2)

※ 1)人工のピッチがあるのでアブミは必須(フラットソールの場合でもあった方が良いと思われる)

※ 2)ハーケンは薄刃も3つ位あった方が良い(ビレイポイント作成に使用。ランニングでは使用せず)

※ 3)カムは積、無雪期問わず上記数量で対応可能と思われる

※ 4)ユマール必須のピッチは無かったので省略可能(状況判断による)

行動:

5/3 夕刻高麗川駅発(向畑さん車使用)~馬場島着

5/4 馬場島発6時~池ノ谷二股正午着

5/5 池ノ谷二股~ドーム稜取付き~10ピッチ目にてB/V

5/6 B/V地~長次郎の頭~剣岳本峰~早月尾根下山~馬場島着18:00

概容:

1. 今回、池ノ谷は雪で全てつながっており徒歩にて通過可能だった。

2. 右又上部は傾斜がキツく、又ドーム稜取付き下部は上部に比較的広めの雪面を持つ狭いルンゼ状を通過する箇所があるので条件に注意。

3. ドーム稜下部は、比較的岩が硬いが中間部草付き帯より上部は脆いピッチが多い。

4. ルート上にB/Vポイントは、随所可能。

5. 残置ビレイ点は比較的しっかりしている方だと思う。

又、ハイ松も多いので利用出来ることが多い。

ただしピッチの切り方によっては自分で設置しなけれならないこともある。(当たり前か?)

6.人工及びフリーの全ピッチにおいて残置は比較的多い。

ただし、所々カムを使える箇所も多いため、不安を感じた場合の利用は可能。

記録

5月3日

秀峰に入会して初めてのアルパイン的山行だ。

「今年のゴールデンウィークは、R4に行こう!」と考えていた。

怪我をしてから丸4年近くが過ぎ、なんとかアルパインルートに向かってもこなせるかもしれないと思ったからだ。

R4ならアックスの使用が多いからへたれ状態でも何とかなるかなしれないとも思った。

でもそれ以上にR4は登りたいルートだったから。

秀峰の方々も剣周辺の計画が多いと聞き「良し、良し…」とほくそえむ自分は不気味だ。

自分は向畑、倉田パーティーに混ぜてもらうことが決まった。

しばらくして向畑さんが「R4だけじゃ日にちがもったいないからドーム稜も登りましょう」ということになった。

「ドーム稜???」

いろいろ記録を探したが、見つからない。

池ノ谷の中ではメジャーなのかもしれないが、池ノ谷自体そんなに人が多くないと聞く。

いろいろ探した結果、やっと昔の本を1つ見つけた。

「岩稜づたいに所々フェイスが出てくるみたいだな…。」

第一印象はそんな感じだった。

「ともかく出発までに仕事を片付けておかなきゃ」

といつになく真剣に労働する日々が続いた。

んがしかし!!!そんな努力の甲斐もなく5/2出張が決定。

今回の出張は、帰りが遅くなることが確実で2日夜出発は絶望的になった。

毎度のことだが「…またか。」

とあきらめてごめんなさいの電話を向畑さんにかけると出発を一日伸ばし、5/3日にしてくれると言うではないか!!!でもそうするとR4かドーム稜のどちらかになってしまう。

申し訳ないと思いつつも甘えてしまうことにした。

向畑さん、倉田さんどうもありがとさんです。

日程を変えさせてしまった上に30分遅刻して、高麗川に6:30到着。

「すまん、すまん」と思いながら、関越道を新潟へ。

荷物を満載した向畑さんのスーパーカーのエンジンが、うなりをあげる。(悲鳴か?)

知りませんでしたが、倉田さん。

結構踏むのね…。

馬場島に着いたのは0時を回った位だ。

GWだけあって駐車場はいっぱいだ。

駐車場の端にテントを建てて明日はどうしようかと作戦会議を行う。

R4かドーム稜か…。

しかし会議の結果は「詳細は明るくなってから決めましょう」だった。

ハハハ…。

5月4日

夜が明けて警備隊に登山計画書を提出に行く。

小窓尾根は満員御礼の状態だ。

「っで、R4はと…何々…。」

氷は無く夏と同じ状態だと言う。

水流があるのかな?「俺、わらじなんて持ってきてないぞ」

心の中でつぶやく。

と言う訳でドーム稜に決定。

装備を選択し二股に向かって6時頃(だったと思う)出発。

天気は良くて暑い位だ。

ゴルジュの上部にはまだブロックが多数引っかかっていて、ちょっとやだ。

デブリも落ちきっているようだけどやっぱりちょっとやだ。

やだ、やだ言ってもしょうがないのでとぼとぼ歩くとお昼頃二股に到着する。

ここまで雪渓はつながっており、なんなく登ることができたのはラッキーだったと思う。

剣尾根末端付近に先客のテントが2張り。

「ここにしましょう」と整地してツェルトを張る。

あとは3人外でゴロゴロ。

天気が良くて非常に気持ちが良い。

しばらくすると何パーティーか下山して来た。

聞くと剣尾根を登ったらしい。

そのパーティーに聞くとやはりR4は雪が無いようだ。

自分の目で確認に行けば良かったのだが、ドーム稜モードだったのと眠かったのとでそのままダベッってしまった。

明日は早いので夜7時頃には寝ることになる。

他のパーティーは明日下山なのかえらくウルサイ。

楽しいのは解るけど少しは考えるべきだと思った。

夜、寝る前に外に出ていると剣尾根の上にでっけー月が出てた。

寒気がする程の光景だった。

しばらくアルパイン的なことが出来なかったのでこれから又こういう世界に身を置けると思うととても嬉しかった。

でもシュラフカバーだけは結構寒く、よく眠れなかった。

これから又こういう世界に身を置くのかと思うととても馬鹿だなと思った。

5月5日

今日は子供の日、ドーム稜クライミングの日だ。

まだ暗い2時頃起きる。

食事をすませて撤収。

出発の準備を整える。

昨夜の騒ぎを思い出し、撤収時ガッチャン、ガッチャンわざと大きな音をたてた自分は結構嫌われるタイプかもしれない。

右俣を詰める。

雪は表面がクラストしているだけで、結構歩きづらい。

雪渓が切れていないか不安だったが、ずっと繋がっていて助かった。

2時間程歩くと傾斜がキツクなり幅の狭いルンゼ状になってくる。

条件が悪いともろに食らう地形だ。

ただの歩きからいつのまにかダガーポジションになっている。

ヘルメットは早めにつけておいて良かったと思った。

途中、2人パーティーにぬかされ、順番は2番目になる。

彼らの装備から判断すると今日中にドーム稜を抜けるつもり?らしい。

ドーム稜は何とかルンゼ(すみません名前忘れました)F4直下を横切り、右上する形で始まった。

1P

F4直下やや左のフェイスで足場を切ってカムでビレイポイント作成。

無雪期ならどこかに残置があったのかもしれないがこの時期は埋まっている?F4の下部をトラバースして草付き緩傾斜帯を登る。

残置は少ないが気をつければ落ちるようなとこではない。

草付きを上がりきった所で約15mほどトラバース。

残置のビレイポイントでピッチを切る。

2P

ビレイポイントからスラブ状のフェイスを直上。

2P目終了点まで右か左を選択できるらしいがアイゼン、手袋で右に行く気はしない。

フリーで左側を登る。

途中から岩稜側面づたいに登る形になる。

この辺はF4の上部にあたるみたいだ。

約40メートルで右に一段上がった所でビレイ。

3P

右に約5~6メートル程、トラバース後、正面のフェイスを直上。

この箇所は人口のピッチらしい。

残置も間隔、利き共に比較的良好。

フェイスにそって右側面にコーナークラックが走っている。

カムがばっちり決まる。

また、手袋を取っても冷たさは感じなかったので「何の、何の…」とフリーにこだわる。

しかし上部で結局人工。

面白かったんだけど時間をかけ過ぎた。

向畑さん、倉田さんごめんなさい。

ビレイポイントはフェイス終了点の残置でビレイ。

4P~

フェイスが終了したところで、容易な雪の段傾斜帯となる。

ここからは先頭向畑、セカンド浅野、サード倉田の順に、時間短縮の為ロープいっぱいに伸ばしながらの同時登攀となる。

念の為トップはブッシュにランニングを取り、セカンドが架け替え、サードが回収だ。

状態によるだろうが今回はさほど困難な箇所ではない。

約200m位か?上部の傾斜が急になる(ハイ松)帯でピッチを区切り最初のオーダーに戻る。

5P

ハイ松帯から急傾斜の凹状部を登る。

やさしそうなら同時登攀としたかったが難しくは無いが、今思えばきっちりビレーして良かったピッチだった。

草付き帯のダブルアックスで同じくハイ松にてビレイ。

6P

少し解りにくいピッチだった。

雪積期と無雪積期の時とラインが違うのかもしれない。

自分はブッシュ沿いに左上、Z状になる為ローブの流れに注意しながら右へ。

雪面を直上しフェイスに突き当たるのでカムとハーケンでピッチを区切る。

7P

「どっちだろう…。右?左?」少し迷う。

アルパインルートでの事故の多くはルートファインディング゙のミスにより発生することが多いので慎重に考える。

最初左へ行くと急な岩稜。

戻って右を見ると6P目と同じような草付き斜面。

フラットソールなら左の方が面白いと思う。

でも今は右でしょう。

んで右をアックスでガシガシ…。

20m程登ると雪混じりのリッジになりリッジを越えた反対側でビレイ。

8P

リッジを右から回り込むようにも見えるが、B・Pより直接リッジ通しに登る。

なぜかここから急に岩が脆くなる。

ランニングも取れないので慎重に登る。

ここも難しくはないが、脆い為、気を使うピッチだ。

リッジが終了すると緩傾斜帯になりハイ松でピッチを切る。

ハイ松にはずいぶん御世話になっている。

しかし情けないことに浅野はここで集中力が切れて音を上げ、向畑さんにトップを交代。

代わってくれる人がいると言うのは大変有りがたいと思った。

9P

出だしでスラブを2~3メートル左上。

このピッチの核心はこのスラブだと思う。

後は容易な岩稜通しに登る。

10P

目の前にフェイスがある。

左が浅い凹状のため、ひょっとしてルート図にある上部核心?と思われたが、イマイチはっきりしない。

向畑さんのリードだが、自分はこのピッチが一番難しいと思った。

このピッチで暗くなる。

当たり前だがアイゼンでフリクションが効く訳もなく暗がりでエッジが見えにくい中、ここを登りきった向畑さんはすごいと思う。

かっくい~!拍手、拍手!!!

11P

11P目は、丁度10P凹状部の上からスタートする。

夜になってしまった。

傾斜が無い為、易しいリッジ状を登るというより移動すると上部核心の凹角につきあたる。

凹角は12P目に相当するのだろう。

ルート図通りで多分「ああこのことか…」と迷うことは無いと思う。

今日はここでビバークとなる。

ビバーク地は、11P終了点。

丁度上部核心のビレイポイントにあたる。

残置、カム等でこれでもか!とばかりに支点を設置しロープをFIX。

3人が座れるだけのテラスを削ってツェルトを被る。

傾斜しているので居心地が良いとは言えない。

ビバークするなら8~9ピッチ目の方が横になれるから良いと思う。

風は無く、天気も良いので悲壮感は全く感じない。

やっぱり5月なんだね。

向畑さんがストーブを抱え、倉田さんが水を作る。

雪を取る為、頻繁に出入りする倉田さんはすごいと思う。

ありがとう~!拍手、拍手!!!特に作業をしていない自分は、「ありがとうね」と思うものの、たいしたことをする訳でもなく今日のことを考える。

自分と向畑さんのスピードの差はなんだろうって。

間違い無くプロテクションの数だと思う。

踏んでいる場数が違うからかなとも思う。

時間があったら、リードしたいと言っていた倉田さんに悪いことしちゃったな…。

いろいろ勉強になった一日でした。

5月6日

12P

今日も快晴。

今回はついてる。

昨夜は流石に寒かったが、結構寝ることが出来た。

簡単に食事を取って、出発の準備をする。

ノッケから上部核心だ。

出だしはビレイポイントより一段上がった箇所より左にトラバースする形でルンゼに入る。

岩は積み木状で脆い為、少し気を使う。

フラットソールなら直接、硬い箇所を選択して直上した方が良いかもしれない。(セカンド、サードはどうやったのかな…?)

ルンゼ内はまだ氷雪壁状でダブルアックスで登るも、厚みがなくなりすぐにフリーとA0になる。

ランニングは結構取れる。

一部傾斜が立った箇所があり、2~3度フリーを試みるが、昨日のことを思い出し2回程、アブミを使用。

後はフリーでルンゼ突き当りでビレイ(岩を使用)フリー有り、人工有り、ダブルアックス有り。

このピッチとても楽しい。

13P

ルンゼのすぐ右上がリッジになっており、そこを直上するようだ。

このピッチは登る前にルンゼからリッジ上にあがってビレイしてもらった方が良いと思う。

実際自分らもそうした。

リッジ自体、傾斜も緩く岩も硬い為、さほど難しくは無い。

ルート図では残りは1ピッチなので、あせることはないと思いきや最後に脆い部分を越すと、稜線に出てしまった。

ハイ松でビレイしながら考える「???。」

最後は快適な3級フェイスを越えるはずなのだが目の前のそれはどうみてもただの雪の斜面だ。(長次郎の頭だったらしい?)

よくわからん!!!結局、そのまま本峰頂上に立つ。

快適な3級フェイス、フェイスよフェイス、フェイスちゃんあなたはどこへ行ってしまったの?向畑さん、倉田さんと握手を交わす。

天気も良くて大変気分が良い。

足の状態を懸念していたので、早月尾根はゆっくり下ることにする。

でも心配なさそうだ。

午後6:00馬場島に到着。

家に帰る。

明日から仕事だ。

嫌だな・・。

今回の山行でこれからも又、登ることが出来ると思えるようになった。

秀峰の皆さんに御世話になることになり初めてのアルパインはとても楽しかった。

これからどこまで行けるかは自分次第だね。

向畑さん、倉田さんには自分の都合や技術不足で大変、大変申し訳なかったです。

次回はもう少しレベルアップするよう努力するのでこれからもお願い致します。

おしまい

 

剱岳 小窓尾根~剱尾根R4~早月尾根

2001年5月3日から4日間
森広、大滝(記)


R4に昔から憧れていた。

ガイドブックで見るその姿は、急峻で陰惨な印象だ。

幾ら「実際に取り付いてみると見た目ほどの傾斜はなく、、、、」

と書かれていても怖い写真を見せられては、恐怖心は拭えない。

去年、登ったことのある人から話を聞く機会があり、技術的には難しい所はないとの事。

これでR4が一気に射程距離に入った。

2日 23:54 急行能登

3日 上市駅よりタクシー(6,790円) 7:40 馬場島 曇り 9:30小窓尾根取り付き 尾根に上がる最後の草付が怖かった。

のそのそ歩いて11:45 1614m台地 昼前からテントを張っているパーティがいた。

ここからは池ノ谷と剱尾根方面が一望の元に見渡す事が出来る。

初めてなので興奮する。

12時のトランシ-バ-交信で、櫻井、柴田組が1日、2日で八峰を登って、今日は天気が悪い為、雪洞の中で休養するとの事。

登り続けていたら、雨が降り出し、身体を濡らし始めた。

暫く我慢していたが、1900m辺りの台地に他のパ-ティが幾つもテントを張っていたので、ここに泊まることにした。

13:40 台地の奥に窪みがあったので、そこに張ったら風も当たらず快適だった。

水も雪の雫で取れた。

小雨降り続く。

4日 6:05出発 無風 快晴

森広さんはここが二度目なので、「アイゼンは必要ですか。」

と聞くと「要りません。直ぐに雪が腐るでしょう。」

トレースもしっかりしているし、そのまま登って行く。

高度が上がるに従い、赤谷尾根の向こうから猫又山がその威容を現して来る。

どっしり落ち着いた大いなる山塊だ。

やがて岩場になって先行パーティがロープを出しているが、森広さんが「ロープを出した覚えはない。」

と言うので、隙間を行かせてもらう。

岩の痩せ尾根だが落ちる気はしない。

渡り終えると7、8m懸垂し、一旦コルに降りる。

正面の雪の無いブッシュ壁を何人もロープを使って登っているが、前のパーティが左の雪壁を巻いて行った。

のこのこついて行ったら、問題なく尾根に出られた。

ラッキー。

暫くすると、また、雪なし壁に何人も張り付いている。

しかも動きが遅い。

右を観察すると雪線どうしで行ける気がしてきた。

前のパーティも同じ事を考え、右から行ったのでついていく。

急なブッシュ壁を15m程ぐいぐい登ると雪上に出た。

後は容易な露岩とハイマツ帯を行く。

他のパーティはロープを使っている。

マッチ箱と言う所に来たらしい。

らしい、と言うのは、今山行はR4の事ばかり調べていて、小窓尾根については、森広さんが経験者なのでほとんど調べていない。

多くの人がロープとアイゼンで越えていくが、我々は何も無し。問題もない。

マッチ箱を終えた地点で12時の交信。

櫻井PはR4に行くべく谷を降りたが、その谷は池ノ谷ではなく、行きづまってしまって、下山することにし、早月尾根にいるそうだ。

向畑、倉田、浅野Pは4日入山し池ノ谷の二俣まで行くそうだ。

三好、木下、榎並Pは黒部横断、八峰、そして、今、早月を下山中。

一緒になった人から、「R4はびしょびしょと水が流れていると馬場島の掲示板に書かれていました。」と聞かされた。

そうだろうか、そうだとしても高い所だから、冷え込めばまた氷が出来るのじゃないか。

駄目でも取り付きまで行ってみよう、と考えた。

疲れた体に鞭打って歩き、R4と正対する所でじっくり観察する。

確かに薄いが氷は着いているように見える。

取り付きにロープを巻いている人が見える。

三人位だ。

と言う事は途中まで行けると言うことだ。

少し、希望が出てきた。

小窓ノ王の岩場の下から、雫が沢山落ちていた。

4リッターも汲んでしまった。

長い時間、順番待ちをしたので、三ノ窓には、15:15着 テントは10張位。

5日 4:17 起床 薄曇り いよいよ本番だ。

アイゼンを着け5:30出発 良く締まった池ノ谷をとことこ降る。

5:45取り付き 上がハングでバンド状になっているので直ぐ判る。

天気は快晴になった。

取り付きにハーケンが一本だけだったので、森広さんが一本打ち足し、 6:00登攀開始。

大滝が行く。

森広さんが調子悪かったので、結果的には、大滝が殆どリード。

右にトラバースして行くと、ボルト、すぐ近くにハーケンがある。

4級位のせり出した岩を、よいしょっと乗り越し更にトラバース、ベルグラが張り、バンド幅が狭くなり微妙な動きを強いられる。

ハーケン2本にランニングを採り、氷壁に突入。

最中氷と言う感じで表面は堅いが中は雪だ。

ピッケルのピックが岩に当たらないか気になる。

1P目終了点に3人Pがいた。

信州大の人達。

ボルト一本で確保。

先行はがんがん行く。

2P目 氷をトラバースし狭まった滝の下の残置ハーケンで採る。

シュリンゲが束になっているので、下降点になっているらしい。

1P目をここまで伸ばしてもいい。

もう一回残置ハーケンから出ているシュリンゲで採る。

入口は容易だが5mほど立っている氷が出てくる。

でも、でこぼこしているし、両側の岩に足を突っ張れば、疲れずに登れる。

傾斜が落ちどんどん登る。

ロープが一杯になったので、少しでも厚い場所を探してスクリュー2本とピッケルでビレー点を作る。

心許ないが森広さんなら落ちないだろう。

3P目 森広さんがハング下まで伸ばす。

傾斜は緩い。

4P目 右開きのチムニー。

氷は薄いが、有る。

先行はスクリュー2本で「楽しい、面白い」と叫びながら登っている。

傾斜が緩いので、落ちる感じがしない。

先行が穿った窪みに弱い力でアックスを打ち込み、幸せに登っていく。

チムニーを抜けると広くなる。

途中、左にあるボルトで採り、ロープ一杯でボルトとスクリューで切る。

5P目 広く、浅いルンゼを行く。

氷と言うより堅雪。

陽光を浴びて幸せだ。

また右開きチムニーがある。

スクリュー2本で楽しく登る。

このチムニーもさっきのチムニーも3級程度に感じる。

楽しいだけだ。

雪面に出てぐいぐい歩いて、スタンディングアックスビレーで切る。

6P目 森広さんが行くが、先行Pが草付壁で難渋している。

時間が掛かりそうだ。

昨日、小窓尾根から観察していたら、右巻きの雪ラインで行ける気がした。

トップ交替し大滝が行く。

ドーム裏を回り込んで適度な間隔のブッシュでランニングを採りながら、6P、7P、8Pで終了。

11:30先行と一緒になる。

コルB 12:00 一回懸垂した後、壁向きで歩いて降りる。

池ノ谷を気だるく登り返して、2時前、三ノ窓。

時間があるので早月尾根の途中まで行くことにした。

16:40 誰も居ない夕前の剱岳山頂。

何と贅沢な時間。

荒井さんの冥福を祈った。

2800m辺りで泊まり、6日 無事に下山。

(装備)

スクリューハーケンを5本持参したが、3本しか使用しなかった。

5本以上は要らない気がした。

(今回のポイント)

ルートを直ぐに諦めない。

最後の泊まり場で、テント設営の為に繋いだポールを不用意に雪面に置いたら、急な斜面を滑って行った。

運良く5 – 6m下で見つかった。

気をつけましょう。

R4 長く夢見てやって来た 此処には氷が有ーる ほう

越後 荒沢岳から丹後山、中の岳縦走

2001年5月3日から3日間
高橋、一之瀬、瀧島(記)


復活へ向かって

そもそも復活という言葉はもともとが活発だった場合に使うべきだろう。

だから俺の場合は、復活なんてほど立派なものではないけれど、自分を奮い立たせる意味も含んだ上で、あえて復活を使いたいと思う。

思えば去年の夏の大墜落によって被った損害は精神的にも肉体的にもけっして小さくはなかった。

2000年8月6日40歳を目前にして20メートル以上のグランドフォールだった。

原因は恥ずかしくて言えません。

悪運が強いのか足首を剥離骨折しただけで済んだ。

だけどこの剥離骨折が曲者だった。

すぐに治ることを期待したが、神様はそんなに優しくはなかった。

3週間のギブス固定のあと、すぐに歩けると思ったが松葉杖はなかなか手放せなかった。

ほぼ2ヵ月後の10月8日には富士山麓の紅葉台から足和田山に行ったが下りは悲惨だった。

その後11月4日の荒船不動尊からローソク岩の基部往復では4時間の軽い歩行が限界だった。

正月には足和田山や樹海で2回のハイクをした。

その他には高尾山や沼津の香貫山で歩行訓練した。

そして2001年からは西国分寺の地下のクライミングジムへ週2回位づつ通いだしたのだ。

クライミングに関しては全く登れない状態からの復活はめざましかった。

そして3月20日のつづら岩登攀へ。

ジムでのトレーニング成果が存分に発揮されると思ったが太陽の下でのクライミングは地下室のマットの上とは違っていた。

俺の高度感はゼロになっていたのだ。

ビビりにビビってなんと4級プラスでも紐をつかんでしまった。

ショックは大きかった。

でも青空の下、ぽかぽかの景色の良いテラスでビレーしていると、クライミングしているなーと実感できる。

ちっぽけな岩場でもそんな気持ちよさがあるのだ。

4月7日には1泊2日で奥利根の刃物ヶ崎山を目指した。

事故後初めての雪山だ。

雪にさわる前に2時間弱の舗装道路歩きがあった。

俺の足首は、この時点でかなり炎症をおこしていた。

だからその後半日の矢木沢ダムから家の串山までの雪の登りがこの山行の限界だった。

だから翌日のアタックは諦めざるをえなかった。

雪の歩行では思いの外、足首は微妙な動きをすることがわかった。

もちろんテーピングやサポーターなどいろいろ試している。

その後高尾山、金毘羅岩でのフリー、それから多摩源流の一之瀬高原から唐松尾山、笠取山の縦走をした。

歩いた後はアイシングをすることで炎症はかなり治まることがわかった。

それから歩きに欠かせないのが両手ストックだ。

足への負担をかなり軽減できる。

しばらく2本のストックは手放せそうにない。

刃物ヶ崎山での状態を考えると春の連休の剱はすこし無謀なようだ。

三ノ窓でみんなと集中ができればと思っていたがここで無理するのはやめよう。

スケールを少し小さくして、越後の荒沢岳から中の岳を目指すことにした。

越後荒沢岳から丹後山、中の岳縦走
L瀧島、高橋、一之瀬

なぜか山に行く当日はやたらと仕事が忙しい。

久しぶりの山なのに今回もそれは変わっていない。

今回は車ではなく新幹線とタクシーのアプローチだ。

是非とも計画どおりにこなして十字峡へ下山したいものだ。

そんな強い希望をもって出かけた。

ギンギンの気合だ。

5月3日

晴れときどき曇り

越後湯沢で始発の鈍行に乗り換えて小出へ。

車窓から眺める越後の山々の雪はずいぶん少ないようだ。

でも列車の窓から興味をそそる山なみがこんなに良く見えるとは。

新たな発見だ。

たまには列車で山に行くべきだ。

タクシーでシルバーラインの長いトンネルを抜けると一面銀世界だった。

銀山平の積雪は2メートルくらいか。

石抱橋でタクシーを降りた。

荒沢岳への登路は第一候補が坪倉沢の右の尾根、第二候補が坪倉沢と蛇子沢の間の尾根。

もしこの2本の尾根が雪が少なくって大変そうなときは登山道がある前クラ尾根を登ろうと決めていた。

石抱橋から見上げる第2候補の蛇子沢の右の尾根はまあまあ雪がつながっているように見える。

第一候補は坪倉沢を越えるのが大変そうだ。

だから第2候補を登ることに決めた。

取り付きやすいところから尾根に上がると、銀山平のまだ新しいログハウスがマッチ箱ののように並んで立っているのが見える。

ここから見える第1候補の尾根には行かないで正解だった。

尾根上はブッシュだらけだ。

それに比べてこの尾根は一部を除けば快適に登れそうだ。

1256mの少し先までは快適だった。

両手ストックで二人に遅れながらも順調に高度を上げていった。

1256mの先からは尾根が痩せて尾根上はブッシュがすさまじい。

左のルンゼにトラバースしてルンゼを詰めることにする。

ここで初めてアイゼンをつけてストックからピッケルに持ち替えた。

傾斜は急だけど締まった雪をルンゼまでトラバースする。

ルンゼは雪崩の通り道で引っかかっている不安定なブロックに注意しながら全速力で登る。

地形図で見ると標高差は200m以上あるようだ。

ルンゼのどんずまりで3ピッチほどロープを結んで尾根上に抜けた。

1649mで整地してテントを張った。

テントに入るのとほとんど同時に雨が降り始めて結局出発の直前まで降り続いた。

今回は足首がなんとか持ちこたえている。

計画どおり行けるような気がしていた。

石抱橋発 8:05  1649m着 16:00

5月4日

晴れ

1649m発 7:30 荒沢岳 9:35 兎岳 15:30

最近は夜、うなされて寝ながら叫ぶようだ。

定番は蛇に襲われ夢だ。

昨夜も寝ながら叫んだようだ。

パートナーの皆さんごめんなさい。

今回は足を気遣いテントに入ってからテーピングを外すて朝までシップして朝またテーピングで固めるという作業を入念に繰り返した。

春山だとこんな作業も余裕でできる。

雨が上がって元気に出発した。

猿ヶ城からの尾根を合わせる手前で急な斜面にでたがロープを結び合うほどでもない。

この急登を過ぎると荒沢岳の頂上が見えてきた。

いつのまにか快晴になっていた。

兎岳へと続く主稜線に出たところにザックを置いて空身で荒沢岳を目指した。

ここで初めて人のトレースに出会った。

頂上でゆっくりした。

うれしかった。

後は遠くに見える兎岳を目指して稜線を春うららの中散歩すればよかった。

周りにはスキーで滑ったら気持ちよさそうな斜面ばかりだ。

散歩のはずだけどなまりきった体には本当にきつかった。

兎岳の頂上直下でテントを張った。

5月5日

晴れ

兎岳発 6:30 中の岳 9:15 十字峡 13:15

天気は上々、それで気持ちが緩んだのか二つ折りにしたテントフレームを無意識に雪の上に置いて、気づいたら斜面を滑り落ちてしまった。

1本は回収できたが、1本は北ノ又源流へと落ちていってしまった。

要反省。

中の岳はでかい。

コルから快調に高度を稼ぎ頂上では存分に展望を楽しんだ。

後は十字峡へ下るだけだ。

日向山への下りは大斜面をぐんぐん高度をさげる。

日向山で大休止。

下界はもうすぐ下に見える。

だけど一番つらかったのは十字峡がすぐ下に見えて雪が消えてからだった。

雪がない急傾斜の下りは不完全な足首にはつらすぎる。

スピードがいきなり4分の1くらいに落ちた。

二人には先行してもらった。

十字峡の小屋前では二人が待ちくたびれていて、ビールをスタンバッテいてくれた。

足首はまだ不完全だけれど2泊3日、フル稼働になんとか耐えることができた。

半分は嬉しい、あと半分は完全に直るかという不安がある。

足はなんとかするとして、今回の山はなぜか新鮮で、すばらしい時間を過ごすことができた。

高橋君、一之瀬さん本当に楽しい山でした。

ありがとう。

 

黒四ダムから八ツ峰~早月尾根

2001年5月1日から4日間
櫻井、柴田(記)


腰を痛めてパッとしなかった今年の冬だったが雪山シーズン最後のGWくらいはひと花咲かせたいと以前から行きたかった剣の八ツ峰にR4とチンネを加えた欲張り山行を計画、櫻井さんと共に勇んで黒四を出発した。

結果的にはR4とチンネが登れずで八ツ峰~本峰~早月尾根になってしまったが、でもまあ本峰から見る八ツ峰はいい感じだったし早月尾根も初めてトレースできたのでそれなりに満足しています。

4月30日

横浜線で八王子に着くと駅の売店がすべて閉っていてビールが買えない。

急行アルプス号発車までの10分くらいで改札を飛び出し外のコンビニまで走って調達。

まわりは大学のサークルの合宿行だかで若者が大騒ぎ。

とってもうるさい。

5月1日

晴れ

黒四(8:15) → ハシゴ谷乗越(12:00) → 真砂(13:00) → Ⅰ・Ⅱ間ルンゼ出合(15:00) →
Ⅰ・Ⅱコル(17:45)

大町から扇沢までタクシー。

運転手のオバサンは「私が乗せた人で遭難した人はまだいないので頑張ってくださいねー。」と励ましてくれる。

始発のトロリーバスを黒四ダムで下り黒部川から丸東の脇を通り内蔵助平に向かう。

黒部川の水量はそれほど多くなく所々スノーブリッジがかかり歩いて渡れる状態になっている。

雪原に疎林の内蔵助平を横切りハシゴ谷乗越を越えるとその向こうには八ツ峰Ⅰ峰がジャーンと大きな姿で立っていた。

グサグサ雪の斜面を時折膝くらいまで潜りながら下り剣沢に降り立つ。

真砂小屋は雪の下で屋根も見えずテントが数張適当に張られているばかりである。

ちょうど12時。

本日の予定ではここまでだが天気もいいし時間もあるので櫻井さんと相談の結果Ⅰ・Ⅱのコルまで上がってしまうことにした。

真砂沢を分けて長次郎谷に入りⅠ・Ⅱ間ルンゼを目指すが、暑くてペースが上がらない。

Ⅰ・Ⅱ間ルンゼに入ると傾斜は大体40°前後と大したことないが平坦部がなく休めない斜面が標高差約400メートル続き、大いに疲れる。

雪面は所々切れていて要注意だが一ヵ所だけ大きく切れている所で雪の下の岩盤を流れる水で喉を潤すことが出来一息つく。

櫻井さんも結構ヨレていたみたいで「あの岳樺に固定してツェルト張れないかなー」などとぼやいてる。

ヒーヒー言いながらようやくコルに上がると既にたそがれ時で、急いで雪面にL字を切ってツェルトを張る。

櫻井さんが担ぎ上げたウィスキーを少々楽しみ、ジフィーズドライカレー味でこの日は終わる。

この日は800m登って300m下りまた800m登った勘定になる。

黒部横断中の三好Pに交信を試みるが応答無し。

この日は、本当に疲れました。

久しぶりの夜行列車に睡眠不足で、Ⅰ・Ⅱ間ルンゼの登りでは眠くて意識が薄れた時が何度もあった。

最後の1時間は”高速道路の運転中に居眠りと闘っている状態”が続いていました。(この行 櫻井 記)

5月2日

曇り時々晴れのち小雪とガス

Ⅰ・Ⅱ峰コル(6:30) → Ⅴ・Ⅵ峰コル(9:30) → 長次郎のコル(13:30)

朝方の天気は高曇りで後立山方面ははっきりしないが源治郎尾根や三ノ窓尾根は見えていた。

Ⅱ峰の登りはすぐ終わり懸垂で下りるとまた雪壁登りになり以後八ツ峰の頭を越えるまでひたすら雪稜や雪壁を登り稼いだ高度を懸垂で払い戻す事を繰り返す。

途中晴れ間がのぞき源治郎尾根を登るパーティが見えた。

Ⅴ峰からは懸垂2回だが最後はロープが少々足りなくなり雪壁を左に逃げてⅤ・Ⅵのコルに降り立つ。

Ⅵ峰への登り返しはわりと急な雪壁だがトレースも残っていてどうということはない。

右手にはチンネやニードルがガスの合間に姿を見せてくれる。

チンネは鏡に写したように三ノ窓側からの姿にそっくりだ。

うねうねとしたリッジの隆起を忠実に追いⅦ峰の下りにかかる。

さて、この懸垂の為に娘に案内させて彼女の通う幼稚園の近所の竹薮に行ってまで用意した竹ペグを持参したが、支点はピンでしっかりしたものが残置されている。

岩混じりのルンゼを右下にトラバース気味に懸垂、岩に擦れていたので少々気がかりだったがロープを無事回収。

いつのまにか小雪がちらつきガスがまわりをおおい始めている。

Ⅶ峰から八ツ峰の頭までは近いようで遠いと聞いていたのでのんびり登る事につとめ相変わらずの雪稜の上り下りを繰り返す。

途中広い平坦地を過ぎて更に途中まで柴田が登った所で下の櫻井さんから「オーイ、ここが池ノ谷乗越だろー」と声がかかる。

言われてみるとそんな気がしてきたし反対方向から降りてきたクライマー2人に確認すると肯定的な返事だったので池ノ谷乗越であることを確信、本日の予定は三ノ窓までだったが雪も大分勢いを増してきたし「ここまでにすっか」と言うことでここに雪洞を掘ることに決定。

約2時間かけて雪洞を作製し即入居した。

実は柴田は雪洞で寝るのは初めてだがテントと違って広いのが良い。

スープやら紅茶やらで一息つき夕飯は櫻井さん持参のポークチャーハンを作って食べる。

天気予報では明日はあんまり良くないようなのでとりあえず午前中は停滞と決める。

寝る前に息苦しく感じたので頭を出口に近い方に変えて寝る。

三好パーティとは相変わらず交信出来ず。

5月3日

小雪及びガス

朝起きると入り口に数十cmの雪が積もり埋まりかけている。

柴田がウトウトしているうちに小キジに起きた櫻井さんが除雪してくれた。

天候は予想通り小雪・ガスなので朝食の後昼まで寝て午後はついつい酒盛りになってしまった。

12時の交信で小窓尾根を登る大滝パーティと交信が出来たが彼らは小雨の中頑張って登っているようだ。

夕方の天気予報では翌日以降の天気の好転を告げており、「よーし、これでR4は登れる」

と櫻井さんと二人して気勢を上げる。

5月4日

快晴 のちガス

天場(5:30) → 池の谷右俣経由で天場(7:30/8:30) → 剣本峰(9:15/9:30) → 伝蔵小屋(12:40)→馬場島(14:50)

3時に起き予定通り準備を済ませ、アイスの登攀具とビバーク用具を持って5時30分過ぎに西側に急なルンゼを下る。

北方稜線の山々は朝日に染められ色づき、ルンゼの下から上に凍るような風が吹き渡り気分が盛り上がる。

「この感じ、これこそアルパインだぜ。」

と思いつつ下降を続ける。

ところでこのルンゼを我々は池ノ谷ガリーと信じて下降を続けたが相当下っても一向に右手にはトラバースできるような場所が出てこない。

なおも下降を続けるとルンゼは狭まり急に傾斜を増し立ってきた。

いくらなんでもこれは違うだろう。

という事は上部でトラバースする部分を見過ごしたか、と左側を注意しながら今度は登り返すが左手には大きな岩尾根が続くばかりで一向に解決策を見出せないまま天場のあるコルまで戻ってしまった。

櫻井さんと「いやー、どーなってんですかね」

と話すが「うーん、よくわからない、やっぱりさっきのルンゼの下降をもう少し続けるんだろうか」

と結論は出ない。

いずれにしても三ノ窓に行けないなら本峰経由で早月を降りるしかない。

「じゃ、天気も良いし良い写真でも取りながら降りますか」

と変わり身の早い二人はあっさりR4もチンネも諦め本峰に向かう事になった。

全装備をパッキングし直し本峰を目指す。

昨日おとといの雪でトレースは消えて新鮮な気分で歩くことが出来る。

しばらく登って後ろを振り返ると剣尾根と長次郎の頭が我々の後ろに見え、ようやく全てが理解できた。

つまり我々が池ノ谷ガリーと思って下っていたのは池ノ谷右俣で我々が池ノ谷乗越と考えていた天場は長次郎のコルだったのだ。

2日目に小雪とガスの中八ツ峰を詰めた際に自分たちで考えるよりも進みすぎていたのだ。

情けないが仕方ないのでそのまま本峰に向かう。

新雪にトレースを刻むこと少々ですぐに本峰に着いた。

快晴。

ここに来るのは15年ぶりで4回目だな、とぼんやり思いながらレーションを食し、写真を撮る。

源治郎も八ツ峰も別山尾根も大賑わいだ。

15分ほどで頂上に別れを告げ早月尾根を下り始める。

カニのハサミも獅子頭も別にどうと言うことはないが、むしろその下の急な雪面はスリップしたらヤバイなと思った。

結局ロープは出さなかったが出すか出さないかと言うところが数箇所有りこういうところで事故は起きているようである。

伝蔵小屋の手前で12時の定時交信をすると大滝パーティ以外にも向畑パーティ、三好パーティとも入感が有り各パーティの状況を確認することが出来た。

残雪期の下りは早い。

滑るようにしてスタコラと早月尾根を下り松尾平からは右手の湿地帯を経由し3時前に警備隊詰所に下山報告をした。

R4には来年また登りに来よう、と思った。

泊った場所の特定を間違えたのは、残念でした。

結局、残雪の稜だけに終わりましたが、それはそれで楽しかった。

それにしても頂上で塩をつけて食った柴田さんの生キュウリは美味かった!(この行、櫻井 記)

 

 

八ヶ岳 無名峰南稜、大同心雲稜ルート

2001年3月24日から2日間
赤井、三好、柴田(記)


昨年末の岳沢アイスアプローチ敗退以来痛めていた腰がやっと回復し、まる3ヶ月ぶりの山行。

当初は谷川の1・2の沢中間稜と中央稜を計画していたが谷川が例年より早く3月24日から入山禁止になってしまい、がっくりしながら八ヶ岳に転戦。

赤井さんと三好さんの希望を聞きながら登山体系を眺め、無名峰南稜と大同心雲稜の組み合わせに決めて計画を提出。

3月24日

(晴れ)

小淵沢駅で仮眠の後美濃戸口経由で美濃戸に向かうが林道は氷化した路面に轍が出来て車で進むのが困難になり途中で車を道路脇に止めて歩く事に。

こんなの初めてだ。(でも駐車場代が浮いた。)

赤岳鉱泉までの道はいつも通りだが雪が例年よりは多いような気がした。

天気が良くて暑い。

赤岳鉱泉までの道のりで腰が痛みだす事をひそかに恐れていたがいまのところ何ともないようだ。

三好テントを設営後無名峰南稜に向かう。

三又峰ルンゼに入る手前で北側の尾根に上がるがこれが無名峰南稜。

しばらく進むと大きな岩壁が正面を塞ぐような形になりここでアンザイレン。

1P目(三好):リッジをしばらく登った後右の草付き混じりの凹角を登りピッチをきる。

2P目(三好):正面右の岩が露出したもろいスラブを登る。

古い残置が1つあっただけでスラブにアイゼンが決まらず微妙だった。

アンカーポイントではみっちょんがハーケンを打ち足す。

3P目(柴田):カンテ状を右に回りこみ潅木でランナーを取りながらロープを伸ばす。

岩は脆くボロボロで頼りにならないが、潅木が豊富。

4P目(柴田):木登りを交え雪の斜面を上部のリッジまで。

容易。

ここで下部岩壁が終了し、いったんロープをたたむ。

雪稜を道なりに詰めるとやがてチムニー状の上部岩壁が現れる。

だいたい横岳西壁はどこもこういうパターンですな。

5P目(赤井):チムニーは途中で屈曲しているように思われたので「ロープの流れが悪くなるようなら途中でピッチを切ってね」

と赤井さんに声をかけるがあっさりと登り切ってビレー解除のコール。

フォローしてみると上部はかぶっているがチョックストーンが人工壁の終了点のような大ガバになっている。

これをつかんでチムニーを抜けると夕日を浴びた主稜線がすぐそこに見えていた。

見覚えある中山尾根の終了点もすぐ横にあった。

地蔵尾根、行者小屋経由で帰幕。

鉱泉でビールを買い、ジフィーズ2連チャンであっさり眠りに落ちる。

美濃戸(7:30)→赤岳鉱泉(10:00/10:50)→無名峰南稜取付(12:00ころ)→終了点(17:15)→
行者小屋(19:00)→赤岳鉱泉(20:00)

3月25日

(曇り)

のびたサッポロ一番を食べて大同心稜を大同心に向かう。

先行は1Pのみですいている。

暖かな割には支点は比較的効いていた。

1P(三好)取付きからしばらくフリーでハングの手前からA1。

柴田は利尻のバットレス以来のアブミでもたつく。

2P(三好)ビレー点左のフェースからずっとアブミの掛け替え。

支点の間隔が短く容易。

3P(柴田)右のカンテを越えてから浅い凹角を登る。

出だしのカンテ越えはいったん右に向かうが悪そうなので戻って直上してから越える。

4P(柴田)頭上の顕著な鞍部までのフリー。

Ⅲ級とは思えなかった。

途中浮いたハーケンをピッケルで打ち直し。

5P(柴田)ジェードルからバンドまで。

簡単そうに見えたA0部分で左足が上手く決められず力尽き、一度降ろしてもらいA1で越える。

バンドに出てヤレヤレと言う気分。

バンドからは一応ロープをつないだままで赤井さん、三好さん、柴田の順番で右にトラバースし最終ピッチの取付きに着くが既に午後3時と制限時間を過ぎておりここでtime’s up。

ドームを登る先行パーティのコールを聞きつつレーションを食べて一路鉱泉へ。

タイム:
赤岳鉱泉(7:10)→雲稜ルート取付(9:00ころ)→5P目終了点(15:00)→赤岳鉱泉(16:00/16:30)→
美濃戸(17:30)

心配していた腰の方は何とかもってくれて一安心。

しかししばらく登っていないと体力もクライミング技術も全て低下している。

またやり直しですな。

 

谷川岳 一ノ倉沢 一・二ノ沢中間稜

2001年3月20日
三好(記)、他1名


3/18の戸隠敗退で、いつもの通り悔しくて悔しくて無言になったまま懸垂を終えた私に向かって、森広さんとK君が「みよしさんが喜ぶようなことを思いついたよ」とにやにや笑っています。

ずっとにやにやしてなかなか教えてくれないのですが、なんとか聞き出すと、20日は以前から行きたかった谷川の一ノ沢・二ノ沢中間稜にK君が付き合ってくれるとのこと(森広さんは元々20日は仕事だったので駄目)。

そりゃ素敵なプランです。

3月20日(火)

快晴

指導センター3:50~一ノ倉出合5:00~取付5:20~ピナクル上8:10~オキノ耳9:10~
指導センター10:55

出発前にK君が散歩に行って来るとメールで流していたのを読んで、ほんまかいなと思っていましたが、急雪壁にも、泣きそうになるという噂のナイフリッジにもトレースばっちりで、天気もよく、本当に快適でした。

ロープはピナクルで1P出しただけで済みました。

でも、日の出直後からシャツ1枚でも暑いくらい気温が高くて、第一岩峰が見えてくるあたりで、足もとの雪面にぴしーっと亀裂が走ったりしてかなりびびって、第一岩峰も素直に巻いて、すたこら逃げる感じでした。

烏帽子スラブの雪は見ている間にほとんど雪崩れて、幽ノ沢でもどでかい雪崩が見られました。

どどーん、どどーんと景気よかったです。

湯テルメで風呂して、水上の道の駅で昼飯していたら、ヘリは飛ぶし、救急車は来るし、彼氏殿から携帯が入るしで、事故の発生を知りました。

事故は滝沢リッジとのことでしたが、あんなに気温高いとほんと怖いです。

戸隠を敗退する時も天気がよくて、隣の尾根でばっかんばっかんキノコが落ちるのが見えたので、あのまま進めば、キノコと一緒にダイブだったかもしれません。

戸隠は戻ってきてよかったということでしょうか。

 

谷川岳 一ノ倉沢 三ルンゼ

2001年3月17日
向畑(記)


三ルンゼは昨年、一昨年とやはり3月に計画したが、アプローチで雪の状態に不安を感じ、2回とも本谷の途中から引き返した。

今回で3度目のトライになるが、過去2回と比べて雪も締まっていて状態はかなり良かったように感じた。

しかし、それでもルンゼ内に入ると、明るくなると同時に上部のあちこちから小規模な雪崩が落ちてくる。

また、技術的にはそれほど難しくないが、ほとんどが岩の上に乗った氷や雪を使いながら、だましながら登るような不安定なクライミングを強いられる。

特に、安定した厚みのある氷はあまり得られず、今回登った感じではどちらかというと雪の要素が強く、仮にロープを使ったとしても、おそらく満足な支点は得られないような気がする。

また、最大のポイントは、やはり、天候や雪の状態を読んで好条件をつかむことと、取り付くにあたっての的確な判断だと思う。

午前1時に土合を出発する予定だったが、もたもたしていたら1時15分発になってしまった。

天候は、星が出ているので晴れているようだが、残念ながら月明かりは期待できない。

おそらく、14日の移動高による雪崩で落ちた後は、それほどの降雪量はなかったはずだ。

また、16日も1日晴れていたはずで、予報では、17日の午前中くらいまではお天気も持ちそうだ。

2時45分一ノ倉沢出合着、ハーネスを付けてアイゼンをはいていると、後ろから後続の2人パーティが来て、やはり3ルンゼに行くと言って追い抜いていった。

「みんな考えることは同じなのかな。」

と思って後続したが、2人はすばらしいスピードで本谷を詰めていく。

腰痛持ちの40代にはとても追いつけない。

そして、予想どおり、本谷の傾斜が上がってきたあたりから腰が痛くなってきたが、今回を逃したら、次の好機はいつ来るかわからない。

途中のクレバスは、確か過去2回は左から回りこんで越えたが、今回は先行パーティのトレースに従って右から越えた。

4時50分、三ルンゼの出合から登攀開始、先行パーティは雪の状態が良いと判断したのか、中央奥壁に変更するという。

お互いに「気を付けて。」と言って別れた。

同行者がいなくなりちょっとだけ残念な気もしたが、ここまでもトレースでずいぶんと楽をさせてもらったし、わずかでも弱気になりかけたことに対しても、「こんなことではいかん。」

と思いなおしてルンゼに入った。

雪のルンゼを50mほど登るとチムニー状のF2になる。

トポには60~70度と書いてあるが、登って見ると結構立っている。

また、下部は比較的氷が安定しているが、上部に行くほど雪混じりとなり、抜け口は完全な雪壁になっている。

上部に行くにつれてアックスが決まらなくなってきて、じたばたともがいていると、最近あまりアルパインクライミングをやっていなかったせいか、まず右足がつってきた。

「まずい。」

と思いながら右足をかばって登っていると、今度は左足がつってきた。

足が思うように動かないが、登らない訳にはいかない。

強引にF2を乗っこし、F3下の雪壁に立った時、F3上部で雪煙が上がった。

少し遅れて、F3落ち口から小雪崩が落ちてきたが、足が痛くて身動きができない。

ピッケルとバイルを打ちなおして耐えていたが、早く終わることと、これ以上規模が大きくならないことを祈るしか、他にどうすることもできない。

雪崩をやり過ごし、真っ白になったまま動こうとするが、まだ足が痛くて動けない。

こんなところに止まっているのは危険この上ないことはよくわかっているがどうしょうもない。

夜明け前の薄明かりの中、F3の状態を観察しながら、足の感覚が戻るまでしばらくじっと待っていた。

F3には氷は付いておらず、直登はちょっと無理そうなので、右のルンゼから高巻くことにした。

こちらも上部に行くにしたがい傾斜がきつくなってくる。

浅い凹角に詰まった氷や雪をめがけてアックスを振るうが、2回に1回くらいは決まらないので、ここもだましながら強引に越えていく。

足をあまり高く上げすぎると、また、足がつりそうになるので思いきったムーブができず、ペースは全く上がらない。

しかし、「ここまできてしまった以上、もう登るしかない。」

と思いこんでしまうと、さっきまで猛烈に感じていたプレッシャーもなくなり、かえって気合が入ってきた。

でも、気合は入っても体が思うように動かないことには変わりはなく、自分の体のふがいなさが結構なさけなかった。

トポでは、F3を巻いた場合は上部の雪壁を左にトラバースし、ルンゼ中央部の小氷瀑を越えるとある。

見ると、ルンゼの中央部にはきれいにラビーネンツークが走り、小氷瀑はその途中にある。

しかし、そのラビーネンツークから小氷瀑に沿って何回も雪崩が滑り落ちており、とてもそこを登る気にはなれない。

右側の雪壁をひたすらラッセルするが、その雪壁の上部岩壁帯からも、しょっちゅうスノーシャワーが落ちてくるので全く気が抜けない。

ルンゼが狭まり右側の雪壁が登れなくなったので、ラビーネンツークを渡り、今度は左側の雪壁を登る。

登っているすぐ横を、またまた小規模な雪崩が滑り落ちていく。

左に見えている雪稜に這い上がりたい誘惑に駆られるが、早くリッジに出すぎるとはまってしまうのは夏に登った時に経験済みだ。

ルンゼをほぼどん詰まりまで詰めたあたりから左の雪稜へと出て、雪稜から上部草付きへ。

この草付きも結構傾斜があって以外と悪い。

草付きから最後の雪壁を登り、雪庇のもっとも傾斜の緩そうなところを選んで切り崩しにかかるが、不安定な体制での雪庇の切り崩しには20~30分かかった。

ここからでもスリップすると、一気に取り付きまで落ちていってしまいそうな傾斜だ。

全く最後まで楽をさせてもらえない。

安定して乗っこせるような傾斜になるまで、徹底的に切り崩した。

取り付いてからはずっと上ばかり見上げていたが、ピッケルのブレードで雪庇最上部を掻き落とすと、急に前方に視界が広がった。

ピッケルとバイルのシャフトを根元までねじ込み、倒れこむようにして国境稜線に這い上がった。

国境稜線着8時10分。

雪庇の上にいるのはわかっていたけど、しばらくはそこでごろごろしていた。

何気なくバイルを見ると、かなり岩を叩きまくったみたいでピックの先端が見事に欠けていた。

高いバイルでなくて、カジタで良かったと思った。

休憩後、立ち上がって歩き始めたが、3ルンゼ上部ではほとんど感じなくなっていた足の痛みが、緊張感が切れたためか再び復活してきた。

国境稜線が右傾斜のためか、山足側になる左足が特に痛くて、足を引きずりながらトマの耳に向かった。

トマの耳着9時10分。

まだ時間が早いためか、あるいは午後からは天候が崩れる予報になっていたからか、トマの耳には誰も登ってきていなかったが、そのうちに、天神尾根から山スキーヤーが上がってきた。

降りようと思って西黒尾根に行ってみたら、土曜日の朝なのでまだトレースが付いていない。

でも、まだ時間が早いため雪は結構締まっていて、気持ち良く降りることができた。

途中、西黒尾根を上がってきた、境町山の会の大山さんという方にお会いした。

何でも、日山協かなんかの講習会に講師として呼ばれていて、昼間は暇だったから登ってきたそうだ。

この人、結構なご年配のようにお見受けしたけど、三スラをソロで登ったり(私と1日違いで登っている)、遭難が続出した今年の正月に八ツ峰を完登したりしたすごい人で、足腰が痛いのも忘れて、結構長い時間その場で立ち話をしてしまった。

土合着11時30分。

10時ごろまでは晴れていたが、予報どおり、その頃には曇り空に変わっていた。

 

荒沢山東面 風穴沢マイナーリッジ(3Pまで)

2001年3月12日
三好、他1名(記)


ある人が言った。

「マイナーリッジには行ってみたい」。

マイナーリッジ、マイナーリッジ、その言葉は何故か私の頭の中に刻みこまれ、そして、いつしか、行かなくてはならないと思うようになっていた。

その後、年報わらじにマイナーリッジが載った。

やはり、マイナーリッジは、グレードがどうのこうの言って取付くルートではなく、思い入れを持って挑むところなのだと再認識した。

思い入れがある分、一緒に行くのは誰でもいいというものではない。

やはり、行きたいと思っている人と行くのがいい。

実は、NくんとYさんはマイナーリッジ経由で知り合ったと言っても過言ではなく、なんとか運良く?強引に?知り合うことも出来たので、NくんかYさんとマイナーリッジに向かおうと、私の頭の中では固まり始めていた。

3月第一週。

とりあえず、マイナーリッジを見てこようとクロガネノ頭北尾根を計画する。

Nくんに来週はクロガネノ頭に行く予定とメールを出したら、返信が着ていた。

「ラッセル頑張って下さい。僕は、トレースをあてに平日にマイナーリッジに向かいます。」

そりゃまずい。

「ちょっと待った。」

と即刻メールを返すと、「実はまだ誰も誘っていないんです。」との返答。

決まった。

後日、Yさんと電話していたら、「マイナーリッジに行くそうですね。いいなぁ。僕も休みとろうかな…」ラッセルには3人居た方がいいが、マイナーリッジのビレイ点は狭くて貧弱そうなので、2人がいい。

思わず、聞こえなかったフリをしてしまう。

Yさん、ごめんなさい。

3月11日(日)

土日の行きも帰りもラッセルの充実した刃物ヶ崎山のあと、上毛高原駅にたどりついたのはすでに登りの電車がなくなった時間だったが、ここでIさんとYさんを捨て、Nくんを拾う。

少ない時間でもぐっすり眠ろうと、K大ワンゲルの山荘に移動し、眠ったのは0:00近くになっていた。

3月12日(月)

快晴

4:00 旭原 ~ 7:30 林道終点 7:45 ~ 9:30 風穴沢出合 ~ 11:00 マイナーリッジ取付 ~
14:20 3P終了点 ~ 15:15 風穴沢出合 ~ 17:30 旭原

朝2:00過ぎに起床。

天気の読みは当たって快晴だが、土日にこんなに積もるとは…先週のトレースはものの見事に消えており、股下ラッセルがいきなり始まる。

林道終点まで2km、そこから取付まで1.5km。

土日の積雪を考えれば、取付まで行くのも、かなり非現実的に思えた。

しかし、先週は先行のトレースに甘え、満足行くラッセルが出来なかったのは確かだ。

せめて、危険のない林道終点までは行きたい。

歩き始めて30分、Nくんが「どこまで行って判断するんですか?」と聞く。

もちろん、「林道終点まで」と答える。

呆れた顔をしながらも、やめようとは言わないNくんが有り難い。

でも、自分では根性なしでと冗談ぽく言うが、本当にやばい時には突っ走った私を止めてくれるだろう。

8:00に林道終点だったら、マイナーリッジは諦めようと言っていたので、頑張って頑張ってラッセルしていたら7:30に林道終点に到着できた。

40kg近い体重差があるので、私のラッセルはあまり役立たないのに、Nくんはまだ元気だ。

そして9:30にマイナーリッジのある風穴沢出合。

沢の上部に不安定な雪がひっかかっているのが見えたので、急ごうと言いながら急傾斜の谷を詰めるが、雪が腐っているので、ずっと胸ラッセルなってしまい、スピードが全く上がらない。

その間にも小さい雪崩は頻発している。

目と鼻の先の取付まで1時間半もかかってしまった。

結局、取付まで7時間もかかってしまったのだ。

N君が前回敗退したときは5時間、昨年成功したわらじの仲間パーティーは4時間ちょっとなので、私たちはかなり馬鹿すぎる。

1P 三好 15m
取り付こうとして、いきなりシュルントに落ちてあせる。

リスの少ないカンテ40mのはずが雪壁となり、下部は雪で埋まって20mほどもない。

左足は不安定そうな雪に足を乗せて雪が崩れないようにと祈り、右足は蹴り込むとすぐ岩に当たるので雪を掻きスタンスを探して足を置く。

ランナーは、小指ほどのブッシュ2本を精神安定剤として取るだけ。

ビレイ点となる潅木にたどり着いたらぐったりしてしまうくらい、しびれるピッチだった。

取付でビレイしている間に、Nくんは上からのチリ雪崩でどんどん埋まり、体の半分が埋まってしまったそうだ。

2P N 40m
出だしの小ハング左側の垂直に近い雪壁を越える。

が、ちょっと削り取ると、そこはステキなスラブ。

頼りなさ過ぎの雪壁に自分の体重が支えられるかなぁと思いながら、冷や汗カキカキ。

支えるのがやっとという感じ。

7m登って、掘り返して出てきたやっと小指以下のブッシュ1本。

その後、大雪庇のくっついた急傾斜のリッジを登る。

結局、取った支点はブッシュ1本、決まってるのか?かなり怪しいスノーバー1本のみ。

2P目ビレイ点に達しようかというときに、左側の沢から強烈な爆風雪崩。

空気が揺れた。

目が点になる。

ここも中指ほどの太さのブッシュ3本で支点を造るが、ユマーリングすると、ビレイ点がぎしぎしきしむ。

超おっかない。

(N(記))

3P 三好 20m
目の前に広がるのは、カーテンのようなひだのある雪の壁。

直上はハング気味で掻いても掻いてもどんどん雪が落ちてゆく。

どうにか不安定な雪を削りながら、トラバースするが、7~8mに40分かかった。

その後数m直上し、あと10mほど左上すれば太めの木があるのは見えるのだが、その下の雪はさらにグサグサで、その上に硬い雪が前傾してキノコ状に付いているので、とても怖くて左上できずに右上してしまった。

ここも中指ほどのブッシュ3本で切る。

さらにしびれまくりのピッチであった。

ここまでで時間は14:20になっていた。

あと10ピッチもあるのだから絶対上まで抜けられないし、例えもう一日あったとしても、この雪の悪さではP4もきっと下れないだろう。

また、ここを越えると、次は6P目まで支点がなく戻ることもできなくなる。

Nくんが登ってきたので、「もう帰ろう。」と声をかける。

ほっとしたような顔で、Nくんも頷く。

懸垂50mで右側の急傾斜のルンゼに降り立つ。

Nくんはビレイ点でシュルントに落ちそうになり、実はビレイ点の足場に使っていたのが単なる雪塊(高さ10m・幅3m)だとわかって、やばいやばいと叫んでいる。

ついでに私が懸垂した時に根元に大きなひびが入ったそうだ。

安全地帯まで尻セード&走って逃げる。

こんなの直撃されたら、本当にやばい。

帰りも帰りで行きのトレースが腐って、足が前に進まなくて、非常に苦しい思いをする。

もう、私はへにょへにょだ。

もっと持久力をつけんとなぁと思いながら、それでも、ほとんど休みをとらずに歩いて、旭原に17:30に到着した。

その後、定食屋でご飯を食べて、仮眠してから帰ろうと、ワンゲルの山荘に酒とつまみを持ち込んで、帰ってこれてよかったと祝杯をあげる。

日本酒にも手をつけて、久しぶりに全く記憶がなくなるほど飲んだ。

火曜は仕事で、朝4時にこっちを出なくてはいけないのに、案の定寝すごし、吹雪の中、車を飛ばして帰る。

相模原についた時には、まだ車の上に雪がのっている状態だった。

この後、Yさんはこれに触発されて、3月26日にマイナーリッジを登ったが、雪がほとんど落ちていて、不完全燃焼となってしまったそうだ。

雪は本当に難しいなぁ。

来年の雪はどんなかなぁ。

 

 

刃物ヶ崎山 東南稜

2001年3月10日から2日間
三好、他2名(記)


今回一緒に行ったのは、日大山岳部OBのIさんと慶応山岳部OBのYさん。

1月に一緒にJ-WALLに行ったことはあるが、山に行くのは初めてだ。

でも、IさんやYさんがどんな山に行っていたかある程度知っていたので不安はあまりなくて、逆に私の方がついて行けるだろうかという不安の方が大きい。

元々、このハモンの話が出る前に月曜にマイナーリッジに行く計画は立っていたので、土日は楽な所に行こうかと考えていた。

しかし、刃物ヶ崎山には前から惹かれていたし、ハモンの水先案内人ことIさんとヤブ漕ぎ界のユージことYさんが行くというのだから、みよし号出せませんか?という誘いに心は揺らいだ(いわゆるアッシー)。

メールで送られてきたハモンの写真を見ていたら、そして、なんと言っても未踏の稜に取り付くというので、俄然行く気になってしまった。

長期山に入っていると考えれば、連日でもどってことないし、越後湯沢で眠って待っていればいいのだからこっちの方が楽かもしれないと思いつつ。。。

3月9日(金)

練馬高野台駅に集合、車を走らせる。

私はとにかく車に乗るとすぐ眠くなってしまうので、長時間の運転が出来ない。

しかし、二人とも運転が出来ないことが判明。

私にとって、全部運転するということは、かなりハイグレードな課題だ。

眠れなくなるドリンクを飲んで頑張って運転していると、関越の途中で重大な、かなり重大なことに気付く。

そう、酒を忘れてしまったのだ。

水上で降りても店がない。

思わず、酒を探すためだけに渋川で高速を降りてしまった。

我ながら偉い。

夜は、寝酒(浦◎浪漫では装備表に寝酒と入っているらしい)を飲みながらの語りが楽しくて、遅くまで聞き入ってしまった。

IさんもYさんも無人島に何を持ってゆくかと問われたら、地形図と答えるに違いない。

二人とも山と地形と愛を語らう人なのだ。

3月10日(土)

雪のち晴れのち雪

7:40電力館出発~9:20ダムの建物~10:10尾根取付~12:00, 1200m付近~
15:30, 1400m付近

雪の降る中、出発。

デンコちゃんが居なくて記念写真を取れなくてちょっと寂しい。

頑丈すぎるくらいのゲートをくぐってさらに進む。

除雪の跡があり楽だ。

しかし、平坦な道だと、チビな私は時々走らないことには他の人達から遅れてしまう。

8:50、除雪車が私達を追い抜いて行き、さらに歩くのは楽になり、さらに私は時々走らなくてはいけなくなる。

ダムの建物のすぐ横で水を汲み、さらに進んで、やっと尾根の取り付き。

嘘のように天気がよくなった。

晴天の中、時々地図を見ながらニヤニヤしてはいるが、Iさんも、Yさんもガンガンラッセルして、なかなか交代しない。

私が一番へたれで、すぐラッセルを交代していた。

睡眠不足のため、トップを代わると歩きながら眠ってしまうような感じだ。

眠いし、風も強く、雪も降ってきたので、今日は、急な登りの手前の1400mくらいの所でテントを張る。

夕飯はフランスパンやらトマトやらチーズやらが出てきて、さすが、沢屋さんは持ってくるものが豪華だと感動した。

酒は結構あったのに、すぐ眠くなってしまって飲み切れなかった。

さて、結構手前にテントを張ってしまったのもあり、明日はどうするかなぁと思うが、Yさんが「明日の朝早く出ればいいですよね!」

と素直に言うので、そうだねと頷く。

やる気がある人と山に行くと話は簡単で、なんだか心地よい。

3月11日(日)

雪のち曇り

5:20出発~9:00頃ロープ出す~10:50頂上~12:50ロープ外す~15:40テント撤収後出発~16:30, 1250m付近~18:00ダム~20:50電力館

朝から雪が降っている。

必要な物だけ持って出発。

ラッセル、ラッセルの登り。

第一尾根の下降点に到着するが、視界もなく雪も降り続いているので、東南稜に変更することにした。

しばらく経つと、傾斜も強くなり、雪が割れているので、ロープを出す。

計6ピッチほどだったか。

ブッシュでビレイ、または、スタンディングアックスでビレイ。

雪庇がぱっくりわれた跡をルートを選びながら進む。

とても楽しい。

途中、Iさんの姿がぱっと消え、声も聞こえなかったりして結構びびるが、のそっと這い出してきた。

山頂直下は急な斜面で、雪庇も見える。

順番から私になるが、Yさんがキャビアのようなつぶらな瞳で「行っていいですか」と言うので、姐さんたる私は「どうぞ」と譲る。

下からでも目立つ露岩の所からだと、50mロープでは足りず、途中で、少し上にあがって、アックスビレイ。

山頂に到着。

雪庇も大きくなく、Yさんも少し拍子抜けしたみたいだ。

東南稜が傾斜が強いのに比べて、のっぺりした山頂。

写真を取ってから下り始める。

下りは、ロープを出したままクライムダウン。

傾斜がゆるくなるところでロープを解く。

下る途中、これまで全く展望がなかったのに、ぱーっと雲が晴れ、東壁の全貌があらわになる。

写真で見たのと大違いで、雪がべっとりと付き、シュルントが所々に開いているのも見える。

「ハモンには神様がいるんだなぁ」

「そうですねぇ」。

ハモンの神様の粋なはからい。

「今年は駄目だよ、またおいで」

と言っているような気がした。

テントまで到着、撤収してから下りはじめると、昨日までのトレースはほぼ完璧に消えており、ラッセルし直しとなる。

もう、充実しすぎな山だ。

ハモンの神様に会いにまた行かないと。。。

ちなみに、Yさんは女性と山に行くのは初めてだったらしい。

それが、こんな変な奴でごめんなさい。

でも、慶応大山岳部の行動食がギンビス一袋というのはなかなか渋いです。

上毛高原駅で、IさんとYさんを捨て、待ち合わせたNくんとあのマイナーリッジに向かう。

さてさてどうなるか。。。

 

甲斐駒ケ岳 尾白川下流ガンマルンゼ、鞍掛沢橋横の氷柱

2001年3月7日~8日
大滝、森広、櫻井(記)


休みを取って狙っていた谷川岳のノコ沢は、新雪の量と天気予報を見て中止にした。

谷川岳特有のプレッシャーをモチベーションに代えてきたところでの変更は、気持ちの切り替えが難しい。

仕方ない、ビーコンやトランシーバを置いて、より安全なところで純粋に氷を楽しもうっと。

3月7日

意外とゲートが奥にあってアプローチは水平になってからの林道を錦の滝まで30分程度歩く。

錦の滝はハングした中間部の氷が完全に落ちてつながってないのであきらめる。

テントを張ってさらに10分程度林道をラッセルしガンマルンゼに入る。

林道のすぐ上に立派な15mの氷瀑がある。

大きいがIII+程度で快適に越す。

その上は雪面が続き2ピッチ分ほどひざまでのラッセル。

続いて10mほどのベルグラの滝。

ここは左のコンタクトラインに沿って登るが岩を避けながらバイルを振る。

さらにやはり2ピッチ分程度急なラッセルを続けると直径10mほどもあるような大岩が何個もルンゼにかぶさって洞穴状になっていた。

とりあえずその中に入っていくと正面と左奥に出口が見えた。

ここは左奥の上部に雪面の見えるところをコーナームーブで越えるがアルパインチックで面白かった。

この先二俣状のところまでラッセルを続ける。

時々踏みぬく雪の下には氷が立って見えていて雪が連瀑の地形を滑らかにしていることがわかる。

二俣を左奥に進むとこのルンゼで一番すっきりとした氷が出てきた。

15mほどある堅くて透明なもので本流の左に立っている。

ここで私のカジタで手足を固めたクラシックな装備を見ていた大滝さんが「使ってみませんか」とナジャと北辰を貸してくれる。

この滝は中間部が80度ほどあってIV+だったと思うが、いいアックスは体力的にも楽で足にも負担がかからないことが良くわかった。

上部では高度感も出て爽快。

不評な緑のカジタで登ってくれた大滝さんはあとで、けっこう怖かったと言っていた。

正月の正股沢でもそうだったが、このパーティーではいつもIV程度ではよほどスケールが無い限りロープを出さない。

結局ガンマルンゼもラッペル以外ロープを出さなかった。

で、大滝さんはIV+を緑のカジタでフリーで登って怖かったと言ったのだった。(良い子の皆さん、真似はしないこと!)

ルンゼはこの上で小さな登れない氷柱を掛けて終わり。

10:00に取り付いて12:00ちょうど終了。

同ルートを途中3回ほど懸垂下降して林道に14:00着。

時間が余ったので林道を奥までラッセルし刃渡り沢をチェック。

この時間になるとかなりあられ雪が降っていて見通しは良くなかったが、両翼の滝とその前後の滝を広くて急な雪面がつないでいるのが良くわかった。

アプローチのラッセルと雪崩の危険を感じたので、翌日の刃渡り沢は中止にして林道途中の鞍掛沢橋の下に見つけた氷柱で遊ぶことにする。

テントに帰り、具の相談をしないで持ち寄ったおでんと日本酒で恒例の大宴会。

3月8日

前日見つけた鞍掛沢橋の氷柱に行く。

橋のすぐ脇にあって高さ5m幅1m程度の氷柱1本とつららの帯状で幅3mのものなどがある。

ここで岩とのコンタクトラインを登ったり、レイバック、フッキング、シングルアックス、ノーアックスなどいろいろな登り方にトップロープでトライ。

わいわいと昼まで遊んで終了。

けっこう前腕がパンプしていたのは私だけだろうか?

(おまけ)

幸福温泉が閉鎖になったらしい。

そこで新しくできた武川の湯に行って見た。

デイケアセンターも兼ねた村営の施設で、平日でもけっこう賑わっていた。

露天、サウナ、休憩の広間もあって500円。

新しくてきれいでおすすめです。